ep.18 血の手術台

 「待たせて申し訳ない」



 カフェでガラス窓そばのカウンターで待っている朔那に声をかけたのは亮真だった。隣には夏海がおり、ふたりは朔那の隣の席に座る。


 亮真から話がしたいと電話がありこのカフェで待ち合わせをすることにしたが、約束の時間になってもふたりは現れなかった。刑事であれば、不測の事態が起こることは珍しくない。


 コーヒーが好きな朔那は、すでに二杯目を購入して気長に待っていたというわけだ。



 「萩野幸一郎さんの件ですか」


 「ええ、何も確証はないけれど、朔那くんのリストにあったHKとイニシャルが一致する人物が殺害された」



 萩野幸一郎は『ボーノピザ』というピザチェーンを全国展開する企業の取締役だった。金城と同じく富と地位を持った人物であり、さらに共通点が発覚した。



 「被害者は、テーブルに仰向けで発見された。金城と同じく一般に流通している包丁のような刃物で胸を縦に裂かれていた」


 「相楽さん、その情報は・・・」


 「構わない」



 その情報は外部に出回っていない捜査機密なのだろう。夏海は亮真が無茶をしないように止めるつもりだったらしいが、彼は意に介さなかった。


 この二件の殺人に関連性があることを説明する上では、欠かせない情報だからだ。話を聞くに、この殺害方法は一般的なものでなく、何かしらの意図が隠れていることが伺える。


 同一犯による犯行である可能性が極めて高いと言える。また、このような凄惨な殺害方法は、衝動的な犯行ではありえない。


 勢いに任せて殺人を犯しても、普通ならば正気に戻って考えることは逃げることだ。ここまで時間のかかる、残虐な殺害方法を選択する余裕はない。


 つまり、犯人は確固たる意思をもって殺人を犯したと言える。


 しかし、捜査は思わぬ方向に進んだ。



 「犯人は、萩野さんの奥さんだったと報道されましたね」


 「ああ、指紋がついた刃物が現場で発見された。彼女は殺害を自供している。証拠も揃っている状況で、彼女が犯人であることは間違いない」


 「動機は、萩野幸一郎による長年のモラハラ。いや、DVというほうが正しいかしら。もうこれ以上、耐えられなかったって」



 殺意を覚えるほどのDVだ。よほどの環境で長年耐えてきたのだろう。金城とは違い、殺害される側にも大きな問題があった。



 「もうひとつ、殺害された金城と萩野は過去に外科手術を受けている。臓器移植らしい」


 「臓器移植、ですか・・・」



 亮真から聞いた殺害方法は、まるでテーブルを手術台に見立てて、被疑者を外科手術するような構図に見えなくもない。


 朔那は大切にしまっていた例のメモを取り出した。



 「そのメモは、臓器移植を受けた人物のリスト? だとしたら、この年月日は手術を受けた日で、うしろの数字は、支払った報酬、とか?」



 夏海と同じことを朔那も考えた。


 不正に受けた臓器移植で、法外な金額を支払った。殺害された被害者は共通して富と地位を持っている。


 可能性は十分に考えられる。


 臓器移植は多数の順番待ちがあり、適合する臓器を見つけるだけでも途方もない時間を要することがある。心待ちにしていても、間に合わずに命を落とす人たちもいる。


 大金であっても支払えるのであれば、命より大切なものなどない。



 「ありえますね。だけど、萩野さんを殺害したのが彼の妻ならば、金城さんを殺害したのも、彼女ですか?」


 「そこなんだよ。厄介なのが」



 亮真が大きなため息をついた。朔那の疑問は、すでに捜査本部でも問題になっており、仮に二件が同一犯によるものだとして、萩野の妻が金城を殺害する動機がない。


 ふたりの関係性を洗ってみたものの、接点は一切なく、金城を殺害したときと違い、なぜ萩野を殺害したときにまるで自首するかのように証拠を現場に残したのか。


 あらゆる情報を精査しても、たどり着く答えは金城を殺害した犯人が別にいる、というものだった。



 「萩野幸一郎は、個人的な恨みで殺害された。だが、金城には、その個人的な恨みというものがまるで見えない。慕われた社長ではなかったが、殺されるほどの決定的な出来事が何もない」


 「なら、二件の殺害方法が共通しているのは、偶然?」


 「いや、あんな特殊な現場は今まで見たことがない。あまりにも状況が似すぎている」



 朔那はカウンターテーブルに置いたリストを見つめた。


 この推理が仮に正しいものとして、どうして父はこれを俺に遺したんだろう。この事件を追った先に、彼が託したい何かがあるというのか。


 その答えは、たどり着いてみるまでわからない。



 「いずれにせよ、時間は残されていない。そのリストに関係する人間が殺害されているなら、少なくともあと二名被害者が出るということだ」


 「とはいえ、イニシャルだけで個人を特定することはできませんよ」



 夏海が言う通り、今までの共通点である富と地位がある人間に絞ったとしても、イニシャルだけで次の被害者を特定することは困難であり、臓器移植を過去に受けた人物など捜しようがない。


 それも、違法な手段で手術を受けたのであれば、記録が残っているかも怪しい。


 唯一残された道は、金城と萩野が臓器移植を受けた病院を特定し、他に移植手術を受けた人物を、事情を知る人間から聞き出すことだけだ。



 「工藤、違法に移植手術をしている病院がないか調べるぞ」


 「はい、途方もない作業になりそうですね」



 亮真と夏海はカウンター席を立って、「また連絡する」と言い残してカフェを去って行った。


 ふたりの背中を見送った朔那は、半分残っていたすでに冷め切ったコーヒーを飲み、ガラス窓から外を眺める。


 これらの臓器移植を受けた人たちと、父には何か関係があったのだろうか。


 朔那はメモをガラス窓に押し当てて、外の光で透ける用紙を見た。


 こんな風に、真相が透けて見えると楽なのに、とありもしない期待を抱いた愚かな考えに笑った。

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