ep.15 ある可能性
金城殺害から四日後、捜査は暗礁に乗り上げ、警察は新たな手掛かりを何も発見できないでいた。
亮真と夏海は捜査本部で頭を抱えながら机に置いた資料を眺める。
株式会社GCの東京本社に勤務する全社員から話を聞くことができ、山内の言う通り社長をよく思っていない社員は数名いた。
はじめは話すことを躊躇っていたようだが、決して聞いた情報は他言しないこと、金城をよく思っていなかったことで、疑いをかけられることがないことを伝えると、まるで抱え込んでいたストレスを発散するように情報が得られた。
山内が名前を挙げた以上に金城をよく思っていない人物は多かった。
具体的な話を聞いたが、金城の経営者としての考え方はまさに古い、いわゆる昭和の考えと言うべきだろうか。
令和の時代にはパワハラと認定されるほどの出来事もいくつかあった。
だが、生活や家族、周囲の社員への負担を考えると、簡単に仕事を辞めるわけにもいかず、悩みを抱える日々を送っていたのだろう。
会社の始業時間は午前九時で、死亡指定時刻である午前七時前後のアリバイがない社員は数名いた。
既婚の社員はその時間まだ自宅で支度をしており、家族からの証言は得られるものの、それは証拠にならない。中でも独身で一人暮らしの社員は完全に彼らの自己申告で判断せざるを得ない状況だった。
これらの情報からは、容疑者を絞り込む作業すら困難だった。
それぞれの社員から通勤経路を聞き、防犯カメラを確認して彼らの自己申告と行動が合っているかひとりずつ調べるしかないだろう。気の遠くなるような捜査になるかもしれない。
「九十九朔那ね」
しかし、亮真の興味は金城の会社に勤務する社員とは違う方向を向いていた。
件の会社を訪ねたときに出会った青年の素性を調べると、彼は九十九グループ社長の次男だった。しかし、長男と彼はふたりとも母である椿と養子の関係であり、椿は結婚していない。
あれだけの大企業だと、跡取り問題は発生するのだろうが、小さな一族経営の企業とは違い、必ずしも血縁者が社長になるわけではない。
ただ、ここまで成長させた企業を託すには、少なくとも信頼がおける者である必要があることは理解できる。
言い方を変えれば、第一線を退陣したあとも経営方針に口出しがしやすい状況を作っておきたいのだ。
「相楽さん、今日九十九朔那あたってみます?」
隣で別の別の資料に目を通していた夏海が声をかけた。
「ああ、そうだな。なんとなくだが、彼は何かを知っている」
前回彼と話したときの違和感、きっと何かあるはずだ。刑事の勘というほど大したものではないが、長年の経験が突き進めと青信号を発していた。
「相楽、何か掴んだのか?」
背後から話しかけられて振り返ると、警視庁捜査第一課長の一ノ
彼は亮真と夏海の上司であり、この精鋭集団を束ねる長。突出したリーダーシップを持ち、またいかなる状況でも常に冷静でいられることから、上層部からの信頼が厚い。
よく人間を観察し、有力な情報を得たときには、なぜかいつも声をかけてくる。その嗅覚が彼をここまで押し上げたことは言うまでもない。
「いや、事件と直接関わりがあるかわからないですけど、気になる人物がいましてね」
「ほう、それは興味があるな」
一ノ瀬は顎を摩って亮真の資料を覗き込む。念のため、報告はしておいたほうがいいだろう。
「九十九朔那、二十歳。あの九十九グループ社長の次男。血の繋がりはなく、養子です。現在は城帝大学二年生、金城の会社に聞き込みに行ったときに偶然会いました。そのときの彼の説明が腑に落ちないというか、正体のわからない違和感があったので調べています」
亮真が資料を一ノ瀬に手渡すと、彼は上から目を通しはじめた。
しばらく無言が続いたあと、「こんなことあるんだな」と驚いた表情で亮真にそれを返す。
「どうかしました?」
「彼は
「桐生実誠? 誰ですか?」
夏海が横から一ノ瀬に訊ねた。亮真もまた、その名前は聞いたことがなかった。
「元警視庁捜査一課桐生実誠さん。かつて、俺の先輩だった人だ。もう、十三年前になるか、桐生さんはある事件の捜査で殉職した。その頃はまだ相楽と工藤は警視庁にいなかったから知らなくて当然だ」
「そんな偶然あるんですか?」
「ああ、だから俺も驚いてるんだよ。直接会ったことは一度しかないから、向こうは俺のことを覚えてないだろうな」
亮真と夏海が偶然出会った青年が課長の一ノ瀬の先輩だった刑事の息子で、今は九十九の次男。
関連性がなくただの偶然という可能性はもちろん否定できないが、その逆である可能性のほうが遥かに高い上、調べないことには気が済まない。
捜査とはあらゆる可能性を検証して否定することで真実への選択肢を減らすことだ。
「桐生さんはどういう状況で亡くなられたんですか?」
「海沿いの小屋に犯人が潜伏してるという情報があってな。俺はそのとき一緒にいたんだが、桐生さんがひとりで小屋の様子を見に行って、そこに爆弾が仕掛けられてた。その爆発で桐生さんは小屋ごと海に沈んで、遺体も見つかってない」
一ノ瀬が話す様子を見ていると、彼はその当時のことを後悔しているのかもしれない。どうしてひとりで行かせたのか、詳しい状況は把握できないが、目の前で先輩を失ったショックは大きかっただろう。
そして、刑事として有能な一ノ瀬がここまで引きずるほどの出来事であったことから、桐生実誠は刑事として優秀で、一ノ瀬が慕っていたことが伺える。
「今日、九十九朔那の自宅に行ってみます。何か情報が得られるかもしれません」
「そうだな、頼む。俺も息子さんが元気にしてるのか会ってみたいが、捜査に私情を入れるわけにはいかないから、やめておこう」
信頼していた先輩刑事の息子が、殺人事件の関係者として候補にあがる。一ノ瀬の気持ちは複雑だろう。
「行きましょう、相楽さん」
「ああ、行こう。それでは」
相楽と夏海は一ノ瀬に一礼して警視庁を出た。
桐生実誠が調べていたのはどんな事件だったんだろうか。また、それが今回の事件と関わっているから、息子である朔那が動いているのだろうか。
わからないことだらけだが、彼に会うことで捜査を前進させるための燃料となることを願い、亮真と夏海は目的のマンションに向かった。
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