ep.13 不審な客人
亮真と夏海は再び株式会社GCを訪ねた。
昨日専務の山内から話を訊いたばかりだったが、ふたりに下された指示は会社の人間を全員徹底的に調べろとのことだった。
山内が言った通り、彼は毎朝通勤途中のコンビニに立ち寄り、コーヒーを買っていることが店員の証言から確認できた。
昨日も午前七時にコンビニに立ち寄っていたことが防犯カメラの映像から確認が取れた。
つまり、少なくとも死亡指定時刻前後に彼はコンビニ付近にいたことになる。
殺害現場となった金城の自宅付近で目撃情報を求めて聞き込みを行っている班もそれらしい情報は掴めていない。
亮真と夏海がここに来た理由は、この会社の東京本社で働く社員全員から話を訊くためだ。
捜査は常に地道な作業で、あらゆる人間から得た情報を複合的に組み合わせ、その中に見つけた矛盾点から誰が嘘をついているかを炙り出すことが求められる。
ふたりはエレベーターで目的の階に向かう。
昨日と同じ女性に声をかけたが、現在来客があり応接室を使用中とのことで、それまで椅子に腰かけて待っていることにした。
社長が亡くなっても営業をやめるわけにはいかない。会社には得意先があり、社員には生活がある。
「次は山内さんが社長になるんですかね」
「どうだろうな。一般企業のことはよくわからないけど、通常なら二番目だった人間がトップに立つんだろ」
「そうですよね。来客は取引先の人ですかね」
「このタイミングで営業に来るとは思えんが、かといって業務を停止するわけにもいかないか」
亮真と夏海は先客の対応が終わるまで歩き回って疲弊した足の回復に努めた。この仕事をしていると、脚が張り、革靴は営業職に従事する人よりすり減る。
女性の夏海は脚が筋肉質になることを気にしているようだが、空手で全国二位にまでなった彼女の脚はすでに立派なものだ。
これを口にしたらセクハラだと問題にされる世の中で、男は生きづらい。
それから十分ほど経って、疲れて眠りに落ちかけていた夏海の肩を亮真が叩いて起こした。
「工藤」
「はい!」
廊下を歩いて来たのは若い男だったが、商談に訪ねたというにはカジュアルな服装で、まだ顔に幼さの残る印象を受けた。
「ちょっとよろしいですか?」
亮真が立ち上がって警察手帳を示すと、若い男は「刑事さんですか」と微笑んだ。
亮真は彼の反応が気になった。普段、警察手帳を見せると大抵の人間は驚くか、顔を強張らせる。
それがたとえ、やましい気持ちがない人間でも、だ。だが、彼は微笑んだ。
何を考えているのか。もしくは、何も考えていないのか。
「事件の捜査ですか? 金城さんが殺害された事件の」
「ええまあ。失礼ですが、金城さんとお知り合いで?」
「少しだけ。うちの会社と取引がありまして。それで、弔問に」
「ほう、お若いのに会社の経営を?」
「いいえ、母が社長で、僕はまだ学生です」
夏海は青年の言葉に違和感を覚えたが、表情には出さずに亮真の次の言葉を待った。
刑事としての経験も人を見る力も、悔しいが亮真には敵わない。彼に考えがあるのなら、それがわかるまで下手なことはしない。
「お名前伺えます?」
「九十九朔那です」
「九十九? あの大企業の九十九さん、ですか?」
「はい。母は九十九椿、九十九グループの社長です」
朔那の話から、どうやら彼は個人としてこの会社を訪問したらしい。金城と彼は歳が離れているが、どういった知り合いだったのか、その答えを探ってみることにした。
「金城さんとはどういった知り合いで?」
「何度か顔を合わせたことがあります。・・・会社のパーティーで」
「それだけ?」
「ええ、そこまで親しくはないですよ。歳も離れていますし」
弔問に来たという割に金城との関係は深くなく、取引先だといっても彼はまだ学生であり社員ではない。本来ならば重役、小さな取引先だとしてもある程度の役職にいる人間が訪問するのではないだろうか。
違和感は考えるほどにその大きさを増していくが、彼の正体がわかっているため、これ以上深く追及することは避けておいた。
「最後にひとつ。先ほどまでどなたと話されていましたか?」
「山内さんという方でしたね」
「そうですか。ありがとうございました」
朔那は頭を下げてから会社を出て行った。
それと同時に女性が顔を出し、応接スペースに案内された。そこには昨日と同じく山内が座っており、「大変お待たせしました」と優しい笑顔で迎える。
亮真と夏海は向かいのソファに腰かける。
「証言通り山内さんがコンビニの防犯カメラに映っていることが確認できました」
「そうですか。では、私の疑いは晴れたということですね」
山内の笑顔はとても優しいものだが、なぜかそれは先ほど会った青年を思い出させる。決して似ているわけではないのだが、不思議な感覚だ。
「先ほど来ていた青年ですが」
「九十九さんですね。話していてとても印象のいい方でした」
「取引先だと言っていましたが、九十九グループと取引があるんですね」
「ええ、とはいえ、うちなんて小さい会社ですよ。あれだけの大企業の社長のご子息がわざわざ足を運んでくださるとは思っていませんでした」
「九十九さんと金城さんが面識があったことはご存知でしたか?」
「いいえ。知りませんでした」
やはりあの青年、何か知っているのかもしれない。漠然とした違和感の正体を突き止めることで、この捜査が先に進む。なぜかそんな気がする。
ただ、それは上からの命令に従ったあとの話だ。亮真はこの場所を訪ねた本当の目的を果たす必要がある。
「昨日仰っていた金城さんをよく思っていない社員のこと、詳しく教えてもらえませんか? 可能であれば、全員と話をさせていただきたいのですが」
「もちろん、山内さんから聞いた話は誰にも伝えませんし、全員と話すことで特定の誰かが疑われているとは思われないように気をつけます」
黙っていた夏海が亮真の提案を補足したことで、山内は重い腰を上げた。
「わかりました。細心の注意を払っていただければ」
社長が亡くなって社員の感情が不安定な中、誰かが疑われているという噂が出ると業務に支障をきたすかもしれない。もし、その人物が無実だった場合、無関係な人間に迷惑をかけることになる。
捜査をする上で、悪影響は与えないようにしなければならない。
山内から渡された社員名簿に目を通す。この事務所にいる社員は二十名。これならそこまで時間はかからないだろう。
「山内さんがふたりいらっしゃるんですね」
「ええ、山口もふたりいます。名前を呼ぶとややこしくて」
自虐的に笑う山内に「確かに」と無難な返事をして、社員をひとりずつ応接スペースに呼んでもらうことになった。
だが、亮真の関心はすでに目の前の社員にはなく、先ほど会った青年だけが脳内に巣を張っていた。
九十九朔那。彼は何を知っているんだ?
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