ep.12 捜査開始

 株式会社GCの本社オフィスは都内のあるオフィスビルの中にあり、ひとつの事務所を借りて経営している。


 亮真と夏海は被害者である金城源治の自宅を出て、この場所にやってきた。昼食をとってから訪れたため、時間はすでに午後二時になっていた。腹が減っては戦ができぬのは、刑事だって同じだ。


 警察手帳を見せると、すぐに応接スペースに通され、担当者が来るまで待つことになった。


 気になることがひとつある。社長が出社しなくても、誰も連絡を取ることはなかったことだ。


 立場が社長だということで日頃から重役出勤だった可能性は高いが、そのあたりの事情も訊きたいところだ。



 「大変お待たせしました」



 現れたのは五十歳ほどの男で、首から社員証の入ったネームプレートを下げている。


 亮真と夏海は立ち上がって警察手帳を見せ、捜査協力に感謝する旨を伝えると、男は名刺を差し出し、亮真はそれを受け取って机の隅に置く。


 名前は山内やまうち啓太けいた。株式会社GC取締役専務の文字が記載されていた。



 「突然のことで大変な状況でしょうが、少しだけお話を訊かせてください」


 「社員も驚いていますが、社長を殺害した犯人は許せません。なんでも聞いてください。協力は惜しみません」



 これは本心なのか、はたまた作った表情なのか。これまでたくさんの人間を観察してきた亮真でも、その判断はつかない。



 「まず、山内さんは金城さんと交友が深かったほうでしょうか? 仕事だけでなく、プライベートでの関係もありましたか?」


 「交友が深かったとは言えませんね。一緒に飲みに行くことはありましたが、それもそこまで頻繁には行っていませんし。ただ、社長も私もひとりで暮らしているので、それもあって社長の家で飲むこともたまにありましたね」


 「失礼ですが、ご結婚は?」


 「独身です。一度も女性とそういう縁がなくて。お恥ずかしいです」



 現代ではあえて結婚をせずにひとりを選択する人も珍しくない。特に彼のように、仕事に打ち込んで重役になるような人は、こだわりが強かったり、ひとりの時間を大切にしたいタイプの人がいる。


 だが、一度結婚して離婚した人とは違い、一度も結婚せずというのは、まだ世間的に見れば少数派であることは否めない。


 山内と金城は結婚経験の有無に違いがあるにしろ、ふたりは同じ境遇だということだ。


 仮に山内の指紋が検出されたところで、それはなんの証拠能力も持たない。



 「では、金城さんと親しかった方、社内外問わずに誰か思い当たる人はいますか?」



 山内は視線を上に泳がせて、脳内の情報を探っているようだ。数秒の間を開けて、彼は亮真の目を見た。



 「心当たりはありませんね。プライベートの交友関係まではわかりませんし、社員で私以外に社長と仕事以外の付き合いがある人間はいないと思います。ただ・・・」


 「ただ?」



 山内の含みのある言い方に、夏海が反応した。少しでも情報が得られるのであれば、それが事件に関係なくとも拾い上げるのが刑事の仕事だ。



 「社員の中に社長に恨みを持ってる人間は少なからずいるかと思います。どの会社でもある話ですが、うちは成果主義ですから、仕事ができる人間は出世することができます。しかし、それを決定するのは社長ですから、やはり扱いづらい優秀な人間より、社長の意のままに動く人間を無意識に優遇することはありました」



 なるほど、確かにどこにでもある話だ。


 どんな組織でも、上に立つ人間は部下の不始末に対して責任を持つ必要がある。つまり、命令を聞かずに自己判断で動く人間より、なんでも指示通りに動く人間のほうが扱いやすく、目の届かないところで失敗を犯すことは少ない。


 そして、優秀な人間を出世させると、次に危うくなるのは自らの立場なのだ。いつ自分の椅子を奪われるかわからない状況は作りたくないはず。



 「では、今朝七時頃、どこにいらっしゃいました?」


 「その時間なら、コンビニに寄っていましたね。毎朝通勤途中にあるコンビニでコーヒーを買うんですよ。目覚ましのための一杯というのでしょうかね。もう日課になっていまして」



 山内がスマホで表示した地図のアプリで、赤いピンを立てているコンビニを夏海はメモに取った。


 このコンビニを訪ねれば、山内が毎朝来店していることは確認がとれるだろう。今朝の防犯カメラを見れば金城の死亡推定時刻のアリバイは立証される。


 そうすれば、まずは山内を容疑者から除外することができる。


 他の容疑者を探すことになるが、金城の側近とも呼べる人物が白であることを知れることは、大きな一歩だ。



 「わかりました。今回はこれで一旦失礼します。またお話を伺うこともあると思いますが、そのときはよろしくお願いします」


 「社長の無念、必ず晴らしてください。お願いします」



 山内は深く頭を下げた。生前お世話になった人物であり、プライベートでも多少の交流があった金城のことを想っているのだろう。


 その姿からは、嘘の匂いを嗅ぎとることができなかった。


 亮真と夏海はお辞儀をして応接スペースを出ると、エレベーターに乗り込んだ。



 「これからコンビニに行きますよね?」


 「ああ、まずは山内さんが犯人でないことを確認しよう。彼が白だとわかれば話を訊きやすくなる」



 山内が犯人でないと確定すれば、少しばかり捜査情報を伝えてでも有力な情報を引き出せるかもしれない。


 犯人の可能性が残されていれば、その方法は不可能だ。


 明日また山内を尋ねよう。まずはこの会社の人間を総当たりにして、ひとつずつ可能性を消していくしかない。


 エレベーターが開き、ふたりは山内の通勤経路を辿ってコンビニに向かった。

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