ep.11 受け継ぐ遺志

 城帝大学のカフェに見慣れない光景があるせいか、周囲の学生だけでなく、コーヒーを買いにやってきた教員までもが不思議な視線をこちらに向ける。


 その理由は、このカフェに似つかわしくない人物がいるからだ。彼の名前は白幡虎徹、着物姿でカフェラテを飲んでいるその光景は和洋折衷、いや、和洋紛争と言ったところだろうか。


 さらに、彼は身体が大きく、欧米系の目立つ顔立ちをしている。


 この大学の学生でない虎徹がなぜこの場所にいるかと言うと、紗理奈が先日助けてもらったお礼を伝えたいと言うので、朔那が呼んだのだ。


 大きい大学なだけあって、外部からの人間が入ることは簡単で、おそらく関係者でない人間も毎日学内に足を踏み入れているのだろうが、服装が目立つ虎徹は正門で然るべき手続きを行なってこの場所にいる。


 さらに、同じテーブルに九十九グループの御曹司、注目を浴びるイケメンと、虎徹の妹である美女がいることで、余計に目立ってしまうのだ。


 四天王ともいえる豪華なメンバーの中に、ポツリと座っている紗理奈は肩身が狭い思いをしていた。



 「あの、虎さん。あのときは、本当にありがとうございました」


 「虎さんって。なんかそんなドラマあったよね」


 「笑うな」



 朔那が虎と呼ぶ虎徹を虎さんと呼んでみたが、確かに下町を舞台にしたそんなドラマがあった。世代ではないので、詳しくは知らない。


 それを聞いた真綾がつぼに入ったようで、腹を抱えて笑っている隣で、兄の虎徹が呆れていた。



 「俺はちょっとばかり顔が広いんでな。実際調べたのは俺じゃないんだ。感謝されるほどのことはしてない」


 「それでも、危険な事務所に入って、私を救ってくれましたから」


 「虎も最近暴れることなかったから、ストレス発散にはよかったんじゃない? ちょっと相手弱すぎたけどさ」



 高校時代喧嘩で負けたことがない虎徹は、あまりの強さに相手が戦意喪失することも多々経験したらしい。


 確かに、事務所で男たちに向かってゆっくり歩くあの姿は、まるで怪物が弱い人間を襲っているように見えた。



 「で、朔那さんと紗理奈さんは、まだ一緒に暮らしてるんですよね?」


 「ああ、恩返しをしてもらってる」


 「恩返し? なんか、夜な夜なあんなことやこんなことをしてる感じですか?」


 「おいしいご飯を作ってもらってるんだよ。変な想像するな。なんか紗理奈さんの手料理、すごく落ち着くんだよ。母の味ってやつを、俺は知らないから」



 朔那の母、といっても生みの親ではなく、養子に引き取ってくれた九十九椿は、仕事一筋の人間で昔から手料理を作ったことなど一度もない。


 自宅には常に家政婦がいて、栄養管理などもすべてその人たちに任されていた。


 母と一緒に自宅で食事をすることもほとんどなく、たまに食事を共にしたのは外食に行ったときくらいだ。


 紗理奈にその話をすると、住む世界が違う、と驚かれた。



 「なんならもうそのまま付き合っちゃえばいいのに。ふたりお似合いだと思うんだけどな」


 「それいいな。朔も彼女ができたら、毎日楽しくなるんじゃないか?」



 白幡兄妹の攻撃を受け、紗理奈は恥ずかしそうに俯いているが、朔那は華麗にかわした。



 「俺たちは友達なんだよ。虎こそ早くいい人見つけろよ。白幡屋の跡取りを作らないといけないんだろ」


 「大きなお世話だ。俺はまだそんな余裕ないんだよ。そのうち考える」


 「その言葉、そのままお返しします」



 朔那のカウンターがクリーンヒットしたところで、瑠偉と真綾は授業があると席を離れ、紗理奈はアルバイトがあるから、とカフェを去っていく。



 「朔那くん、行ってくるね」


 「気をつけて」



 朔那と虎徹、ふたりだけがカフェに残される形になった。


 相変わらずカフェを訪れる人たちは必ず一度朔那と虎徹を見て、何やら小声で話しているが、そんなことはもう慣れた。



 「もう周りから見たらカップルだな」



 虎徹の言葉を聞き流して朔那はスマホを取り出してニュースを確認すると、ある殺人事件がトップニュースになっていた。


 株式会社GC社長の金城源治が自宅で何者かに殺害されたというものだ。



 「金城源治・・・か」


 「ん? どうした?」



 虎徹が朔那の独り言に反応した。



 「これ」



 朔那はスマホのニュース画面を虎徹のほうに向けると、彼はその内容を読んで険しい表情をした。



 「関係あるのか?」


 「いや、わからないけど。可能性はゼロじゃない」


 「手伝えることがあったら言ってくれ。すぐに調べさせる」


 「ああ、助かる。これだけは、決着をつけないと先に進めない」



 十三年前、朔那の父は突然彼の前からいなくなった。そして、彼は亡くなったと知らされた。


 朔那の母は彼を出産してから数日後に病院で息を引き取り、それから父は男手ひとつで朔那を育てることを決意した。


 朔那の父は刑事だった。多忙な毎日を送っていても、朔那との時間だけは大切にしてくれていた。


 だが、ある日彼は捜査中に殉職した。そんな彼が遺したたったひとつのものは、あるリストだった。


 朔那はそれをデータ化して、スマホに入れている。


 記載されているのは、四名のイニシャルと、それぞれに八桁の数字と、三桁の数字。


 八桁の数字はおそらく年月日を表しているのだろうが、三桁の数字の意味はわからない。五百や八百と書かれていることから、金額の可能性が高いと目星をつけている。


 そして、そのうちのひとつがKG。被害者の金城源治がそれと一致する。


 今までもこのようなことはあり、イニシャルが一致した人間が関係している事件はすべて調べてきたが、どれも父の件とは一切関係がなかった。



 「とりあえず、明日株式会社GCに行ってみる。九十九と取引がある会社なら、怪しまれずに訪問できるだろうし」


 「気をつけろ。すべてを知っている人間がいたら、朔の正体に気づく可能性もある。用心はしておけよ」


 「わかってる」



 朔那が抱えているこの問題を知るのは、虎徹ただひとりだ。瑠偉と真綾にもこのことは話していない。もちろん、紗理奈も知らない。


 いつかすべての真相が明らかになったとき、彼らにも話そうと思っている。余計なことを知ったせいで彼らの身が危険に晒されることだけは避けなければならない。


 父さん、あなたが追い求めていた何かを、俺が必ず見つけだしてみせる。


 その先に待っているのがどれだけ辛い現実でも、俺は受け入れる覚悟だ。

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