第20話⁂幸せ家族⁈⁂



 拓郎が、出張で東京に出掛け2~3日帰れなくなったあの日の夜。

 それを待っていたかのように、別宅の拓郎と麗子の仮住まいに、麗子1人だと言うのに図々しくやって来て2人っきりで出掛けようと強要する茂。


「男の人と2人っきりで出歩いちゃ駄目だよ」

 麗子は度重なる誘いにとうとう、あれだけ口が酸っぱくなる程拓郎に言われていたにも拘らず出掛けてしまった。


 そして茂は強引に麗子の唇を奪ったのだが、麗子にしてみれば余りにも突然の事に、ショックを隠し切れずに泣きながらひたすら海岸通りを駆け抜けた。


 すると急いで追い付き……思いつめた様子で今までの思いの丈、我慢していた感情を麗子にぶつけた茂。


「麗子ちゃんゴメン!許してくれ………でも俺、高校生の頃からずっと麗子ちゃんの事が好きだったんだ………最初の内は、こんな俺なんか相手にされるわけが無い。傍に居られるだけで良いと思っていたが、拓郎と麗子ちゃんが段々接近しているのが分って、不安で、苦しくて………親切を装って2人の間を取り持つフリをして、色々2人の関係を聞き出していたが、関係が深くなるにつれて、親友の彼女だから諦めようと思う反面、アイツ拓郎が憎くて憎くて仕方がなかったんだ………それでも諦めきれず…悶々と暮らしていたが………やっと我が社〔ヤマダ模型〕の仕事に就いてくれるようになった麗子ちゃんの顔を、毎日見れて最高に嬉しかった。そして…そして…遂に、俺にも微かな希望が湧いてきた。到底勝ち目のない優秀でイケメンの拓郎だったが、今拓郎は、我が社〔ヤマダ模型〕の一社員にしか過ぎない………『そんな麗子ちゃんを、まともに幸せにも出来ない男なんかに、麗子ちゃんを渡して堪るものか!』そう思うようになったんだ………麗子ちゃん僕は麗子ちゃんを、一生幸せに出来る自信が有るんだ。だからあんな麗子ちゃんを、守る事も出来ない男なんか諦めてくれ!そして…そして俺と付き合ってくれ………!そうじゃないと拓郎も麗子ちゃんも、我が社から出て行って貰うからな!」


 寄りによって拓郎が留守の間を見計らって暴挙に出た事実、大親友の彼女で結婚まで考えている2人と分かって居ながら、強引に唇を奪った茂の暴挙と、あのような事を茂から言われた麗子は、早速出張から帰って来た拓郎に話した。


 すると拓郎は、カンカンに憤慨しながら麗子に怒りをぶつけた。


「麗子も麗子だ!俺があれだけ男の人と2人で出歩いちゃダメだと言っているのに」


「ウウウウッ( ノД`)シクシク…ごめんなさいワァ~~ン😭…」


「もうアイツには許せない!ところで麗子は、もう行き場が無いから茂と結婚しても良いと思っているのか?それとも俺とこの〔ヤマダ模型〕を辞めてどんな生活が待っているかも知れないがでも付いて来てくれるか?どっちだ?」


「それは……それは……当然じゃないの!拓郎とどんな事が有っても生きて行くつもりよ」


 こうして2人は日夜相談に明け暮れている。

 そして相談した挙句とんでもない手段に出る事を思い付いた。

 それはどういう事かと言うと、拓郎と麗子の子供を宿すという事。


 別に悪い事をした訳でも無い2人を、突如解雇すると言って聞かない息子茂に、あたふたする茂の父親で〔ヤマダ模型〕社長。

 突如として一方的な感情で解雇される訳なので、後3ヶ月は通常通り働ける。


 こうして、この期間に子作りに励んだ。

{子供が出来れば両親も、仕方なく結婚を認めざるを得ないだろう}拓郎はやはり、      

 家に戻って〔菱本酒造〕の跡取りとして働くのが一番の望みなのだ。

 それだけ〔菱本酒造〕の仕事に誇りを持って取り組んでいた事になる。


 一か八かの勝負だったが、子宝に恵まれなかったとしても、両親に子供が出来たからと言って結婚を認めさせようという、何とも若い2人の浅はかな考えだったのだが、両親は意に反して大喜びで向かい入れてくれた。


 それはどういう事かと言うと、まさか、結婚を反対さて裸一貫で家を追い出されてまで、拓郎が麗子と一緒になるとは思わなかったのだ。


 まったくの算段違いで、あの後この菱本家の両親は、大切な唯一の息子がいなくなり只々悲観に暮れる毎日を送っていた。


 そんな時に息子拓郎から電話が入った。

「大事な話がある。一度会って話し合いたい」


 そんな連絡をもらい、藁をもつかむ思いで待ち合わせの喫茶店に向かった両親。

 その喫茶店は、まるでヘンゼルとグレーテルの、お菓子の城の様な何ともポップで可愛い喫茶店。


 店内の壁紙もカラフルなブル―やオレンジで彩られ、何ともポップなクッキーの形をしたテーブルとケーキの形の可愛い椅子。


 店内を見渡すと夢にまで見た愛する息子拓郎を発見。

 喜び勇んで掛けよる両親。


 こうしてわだかまりも解けて、すっかり打ち解け合った家族。

 そして…一か八かの子作りだったが、あいにく運が良く妊娠出来たのだった。


「もう世間体など関係無い。大切な息子さえ帰って来たらどんな事も許そう」


 スッカリ弱腰の両親は大喜びで拓郎と麗子2人を向かい入れた。

 そしておまけに孫まで授かって万々歳。


 こうして麗子もやっと、この由緒正しい1852年創業の造り酒屋〔菱本酒造〕の嫁に収まることが出来た。


 だが、茂は諦めきれていない。

 やがて悲劇が忍び寄る。








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