第4話 幼なじみと怪文書 その3

あきらめろ、それがきみ運命うんめいだ」


 とかつておれに言いはなったのは、小学校からの友人ゆうじんである尾崎おざき莉愛りあだった。


 なに面白おもしろそうなことがあると、一人じゃ解決かいけつ出来そうもないから、と俺をたよってくるれんっぱねたところで毎回まいかい徒労とろうに終わり、結局けっきょくはそのねがいにこたえるほかなくなるのは今もむかしも変わらない。


 時間じかん有限ゆうげんだ。いそぐにしたことはない。せっかくの昼休ひるやすみを謎解なぞときなんぞで消費しょうひしてたまるか。ゆっくり休むことが出来るかどうかはスピードがものを言うのだ。


 女子じょしのけたたましいわらごえ男連中おとこれんちゅうやかましいこえおどまでひびいてくるなか、俺とれんは手の上にせた紙に視線しせん集中しゅうちゅうさせる。


 ここにはなんらかのなぞめられている、という前提ぜんていかんがえなければいけないだろう。ほかでもないれんがそう言うのだ。ここからかんることが出来るものは全てらなくては。


 そう思うと、全が意味ありげに見えてくる。この不気味ぶきみな手紙には、『水都恋さんへ。』という宛名あてな以外いがいにもいくつか情報じょうほうまっている。まるでここからなにかを読み取れとでも言っているかのようにかんじた。


「分かりやすいところはいておいて、まずはこの謎のわくかな」


 六対四ろくたいよんほどの長方形ちょうほうけいの紙には、いびつせん内枠うちわくえがかれていた。文字もじが書かれている向きに合わせれば、下部かぶのぞいた三辺さんぺんに枠はあり、もんのようなかたちになっている。


たんなるデザインだとは思えん」

「うん。絶対ぜったいちがう」絶対とまで言うか。

「なんでそう思った?」

「枠が黒で書かれてて、下だけ枠が書かれてないから。わたしだったらもっとカラフルにする」


 なるほど。そういう考え方もあるのか。


たしかにこいつ、かりエーさんとするが、Aさんは文字の一部いちぶ紫色むらさきいろのペンを使っている。つまりかざろうと思えばいくらでも飾れるだけの色彩しきさいは持っているんだ。洒落しゃれたことをするなら黒なんて使わずにやる、ってことだな」

「でも、だったらなんでここは紫色を使ってるんだろうね。あとへん太線ふとせんもある。これにも意味があるってことだよね」


 そこだ。これがこのメッセージを気色悪きしょくわるいものにさせている。


 水都恋さんへ。――の四文字目よんもじめ、『さ』の横線よこせんと、『へ』の文字だけが、ボールペンで何度なんどもなぞったように太い。誤字ごじをごまかしたようにも見えないから、ここにも何かが込められているとみるべきだろう。


 紫のペンは句点くてん使用しようされていた。普通ふつうよりえんおおきく書かれているように思える。不気味ぶきみだ。


 そして気になるのが、次にれんが言ったこのてん


正直しょうじき一番いちばん分かんないのが、この数字すうじだよね」


 れんはそれをゆびさした。


 この紙には余白よはくがある。上部じょうぶだ。枠線わくせんは紙のふち沿って書かれているが、その内側うちがわ不自然ふしぜんなまでにしっかりと空白くうはくになっている。普通ふつうなら文字はうえからめてくか、なか配置はいちするだろう。だがこれはそうではなく、わざわざ下部かぶに文字を横書よこがきで書いている。


 そして、れんが言った数字。


『水都恋さんへ』の頭部分あたまぶぶんにはご丁寧ていねいに②という数字が付いていたのだ。そして上部じょうぶ空白部分くうはくぶぶんには、①。無意味むいみなはずがない。


安直あんちょくかんがえるなら、『①にも何か言葉ことばはいります。ててください』、だよな」

「うーん」れんうでんでうなる。「宛名あてなまえに入れる言葉ってあるかな」

「だとしたら、空白であることそのものに意味がある、か」


 宛名と言えば、もう一つ。


「宛名に句点って付けるっけか」

「わたしに聞かれても」


 今日日きょうび手紙てがみなんて書かないからそんなことさえ分からない。まあ、紫のペンは句点にだけ使われているのだ。無意味ではないだろう。


 特筆とくひつすべきはもう一点いってん、この紙の下部が、もう少し大きな紙にをつけ定規じょうぎなにかでったようにギザギザである、ということくらいだろう。最初さいしょから小さな紙を用意よういしておけと言いたいが、このサイズでなければいけないメッセージ、というのもあるのだろうか。


 もんのような枠線。文字の一部が太く書かれ、句点だけ紫のペンを使用。上部をわざとらしく空白にし、そして水都恋みとれんてて何かをつたえようとしている。


 れんつくえなかれているのだ。だったらべつのメッセージを宛名のわりに書けばいいものを。


「ん? ちょっと待って」


 れんくびかしいだ。


「これ、いつからあったんだろう?」

「俺が知るか。さっき見つけたばっかりなんだろ?」

「うん。見つけたのはさっき。ってことは、朝にはなかったんじゃないかな。こんな面白おもしろいもの見つけないわけないもん」

「お前ならそうだろうな」

「ってことは、これはわたしたちが登校とうこうする前に机の中に入れたわけじゃない、ってことだよ。だとしたら、どうやって机の中になんて入れることが出来るの? やす時間じかん? ほとんど移動教室いどうきょうしつだれもまともに教室になんていられなかったのに」

一時限目いちじげんめと二時限目、には、そうか、無理むりだな。普通ふつうならその時点じてんで見つけている」

「でしょ」


 それに、すきを見て手紙を机の中に入れることはむずかしいだろう。まだ入学にゅうがくして間もないのだ。不穏ふおんうごきを見せる生徒せいと存在そんざい無視むしできるほど、たがいに信頼感しんらいかんなどっていない。


「今日お前の机ががら空きになったのはいつだ?」

「音楽と体育のときくらいかな。そのときは誰もクラスにいなかった」

ぎゃくに言えばそれくらいってことだ。でも、体育のあいだ無理むりだろうな」

着替きがえがそのまま放置ほうちしてあるからね。かぎはちゃんと体育係たいいくがかりの子がめて、先生せんせいあずけてたよ。鍵は授業中じゅぎょうちゅう担任たんにん高山たかやま先生がずっと持ってるし、マスターキーは先生しか持ち出せないだろうから、生徒は簡単かんたんには入れない」

「体育係の人って名前なんだっけ」

穂積ほづみ実花みはなさん」

女子じょしだよな。女子なら高山たかやま先生に言って鍵をいつでもりられるが」

「はっ! ってことは穂積ほづみさんがこれを入れたのか!」

「バカ。穂積ほづみって人は体育の授業抜け出したのかよ」

「鍵を持ってるんだから、施錠せじょうする直前ちょくぜんれたのかも知れないじゃん」

「……あっ」こりゃ一本いっぽん取られた。


 そう言われれば、体育係の穂積ほづみなら確かにれんの机に紙を入れられる。


 でも、それだけだ。


 この手紙にめられたメッセージに「私は穂積実花ほづみみはなである」とることが出来るなにかがあるなら確定かくていだが、それはどこにも見当みあたらない。しかも女子だぞ。こんなガキみたいなことを高一こういちの女子がするか?


「いや、女子だからこそってこともあるのか」

「ん?」

「いや、何でもない」


 仕切しきなおそう。


たとえばAさんが女子なら、体育の授業中にわすものをしたと言えば高山たかやま先生は鍵をわたすだろう。穂積がそうである可能性かのうせいふくめて、これが体育の授業中に入れられた可能性はきわめて高いと考えるべきだ。体育の授業中に授業を抜けた生徒は?」

「いないと思う」

「じゃあやっぱり穂積ほづみか」


 さっぱり分からん。Aさんが穂積ほづみであるとの情報じょうほういまのところ皆無かいむなのだ。状況証拠じょうきょうしょうこだけで解決かいけつを見るべきではない。こじつけられるなにかがあればそれでもいいのだが。


「でもさぁ」


 と、れんは俺が食べていたメロンパンののこりを勝手かってに食べながらはなはじめる。別にいいけど、甘すぎたから。


「もし穂積ほづみさんがこれを入れたなら、よくわたしがこういうのきだってこと知ってたよね。まだ会ったばかりなのに」

「会ったばかり、ってことは、穂積ほづみちがう中学出身だったのか」

「ほんと七瀬ななせひと名前なまえおぼえないよね」

三年さんねんでおさらばする関係かんけいだからな」

「ドライだ」


 れんはメロンパンをぺろりとたいらげもう一つのパンを要求ようきゅうしてきたが、さすがに却下きゃっかした。ほおふくらませたが、無視むしすることにする。


「で、どうなんだ穂積ほづみは」

穂積ほづみさんはちがう中学だよ。同じ中学だった人はたぶん、室村むろむらさんと木戸きどさんと、犬ヶ渕いぬがふちさんかな。少ないよね。めっちゃ中学ちゅうがく近いのに」

「ん、それだけか」

ほかのクラスには結構けっこういるけどね」

「そうか。うちのクラスはそれだけなのか」


 意外いがいだった。もっと出てくるべき名前があるだろうと思ったからだ。


浅見あさみは違うのか? 音楽の時にペアんだ」

浅見あさみさん? あー、同じ学校だったよ。すご七瀬ななせ、よく名前憶えてたね。めずらしい!」


 まあ、話しかけられたし。


 そうだ、穂積ほづみは中学時代の俺たちを知らない。だとしたら、こんな手紙で水都恋みとれんろうなどと思わないだろう。もしれんでなく俺がこんなものをもらっていたとしたら、気持ち悪くてすぐさま捨てる。それが普通だ。


 そのときだった。


「あ、違う。体育のときじゃない」


 突然とつぜんれんがコロッケパンのふくろ勝手かってけながら、なんとも気の抜けた声をはっしたのである。


「何だよ、きゅうに」

「体育の授業中じゃないよ七瀬ななせ。この紙は、体育のときにはたぶん、もう机の中にあったんだ」

「何でそう言えるんだよ」

「だってこの紙、音楽の教科書きょうかしょの下にあったんだもん!」

「だから何だ」

「体育は音楽のあとにあったんだよ? 体育のときに入れたのなら普通、音楽の教科書の上にあるんじゃないかな? ないかな!」

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