第5話 幼なじみと怪文書 その4

 すごいことを思いついた! とテンションが上がったそのままのいきおいでコロッケパンをくちはこあたり、食い意地いじという点でれんはちゃっかりしている。ソースのにおいがふんわりかおって、しまったメロンパンよりそっちにしておけば良かったと後悔こうかいしているところだ。


 おれはらいせぶくみで反論はんろんした。


「別におかしなことじゃないだろ。間違まちがってだれかに見られるのがいやだからとかそんな理由りゆうで、わざわざ音楽おんがく教科書きょうかしょしたに入れたんじゃないか」

「そ、そうかもれないけど、」

「それに移動教室いどうきょうしつの時に教室を最後さいごに出たのは俺たちだ。それ以降いこう誰か教室にもどったところを、すくなくとも俺は知らん。授業じゅぎょうわりは体育たいいく準備じゅんび男子だんし着替きがえだけ早々そうそうに持たされて全員ぜんいんはじかれたから、それを入れる時間じかんは少なくとも男子にはなかった」

「で、でも、こんな挑戦状ちょうせんじょうみたいなものわざわざかく必要ひつようがあるのかなって思わない?」

「挑戦状?」


 大切たいせつおも云々うんぬんはどうした。


「だって、なぞいてみてくれって言っているみたいじゃん。挑戦状だよ。それははやく見つかるにしたことはない。でしょう?」

大袈裟おおげさだな……」


 ん? 挑戦状?

 そうか。挑戦状。そうかんがえればいいのか。

 ということはこのたった六文字ろくもじの手紙には、『この謎を解いてみろ水都恋みとれん』というメッセージがめられていることになる。

 となれば、やはり。


れん。たぶんこれ、穂積実花ほづみみはな仕業しわざじゃないぞ」

「え、なんで」

「これは挑戦状だと言ったな。そう受け取るならって前提ぜんていにはなるが、これを仕掛しかけたやつは少なくともお前にこの怪文書かいぶんしょの謎が解けると思っていることになる。だが考えてもみろ、お前は一人ひとりでこの手の問題もんだいを解けたことはあるか?」


 れん言葉ことばまっていた。それはそうだ、みとめたくないだろう。いつも水都恋みとれんはこういった謎にたいして、俺と二人でうのが当たり前になっている。サンタクロースのあのときから、れんわってはいないのだ。


 観察力かんさつりょくはあるがこたえに辿たどけない。水都恋みとれんとはそういうやつだ。


 それは高校生になっても変わらないし、中学時代もそうだった。ならば。


「A《エー》さんはこの文書ぶんしょの謎はかならず解けるものだと何故なぜ確信かくしんしている。だが普通ふつうに考えれば、こんな紙切かみきれ一枚で答えをみちびすのは困難こんなんだ。だが、れんは解くことが出来できると思っている。それは何故なぜか」


 れんはぽかんと口をけた。コロッケパンを一口ひとくち食べた。かまわずすすめる。


「いいか、この怪文書に込められた最初さいしょのメッセージはこうだ。『水都恋みとれん、この意味いみを解いてみろ。れいのごとく、綾里あやさと七瀬ななせ一緒いっしょに』」

「一緒に?」

「そう。高校入学以前の俺たちをよく知っていなければ、こんな謎解なぞとき前提の怪文書なんて出せないんだよ。つまり中学時代を知らない奴にはこれが出来ない。そもそもこんな方法ほうほうなにかを伝えようなどとははなから思わないからだ」


 コロッケパンをごくりとみ、れん神妙しんみょうそうな顔でうなずいた。


「そうか。じゃあ穂積ほづみさんはちがう。中学時代を知らない。となると、室村むろむらさんと木戸きどさんと犬ヶ渕いぬがふちさんのだれかってことになるね。……全員ぜんいん男子。ってことは、やっぱり体育のときじゃなくって、その前の移動教室の隙に入れたんだね」

「三人?」だけ?

「でも」れん人差ひとさゆびくちびるに当てながら、「せっかくの挑戦状ならもっと綺麗きれい紙使かみつかってほしいよね。ちぎって使うんじゃなくて、せめてハサミ使うとかさ」

「サイズにもなにか理由があるんじゃないか。わざわざちぎってまでこのサイズにしたんだから、って……ん? ハサミ?」


 そうだ、ハサミ。どうしてAさんはハサミやカッターを使わなかった? ここは学校がっこうだぞ。文房具ぶんぼうぐならいくらでもあるじゃないか。サイズに意味があるなら、ハサミを使うでも、そのサイズの紙を見つけてくるでもいいじゃないか。それなのに、何故かちぎっている。つまり大切なのはサイズじゃない。ここからみちびせるのは、


「わざとだ」

「何がわざと?」

「ここで大事だいじなのはサイズじゃなくて、ちぎっている、というところなんじゃないか。全ての違和感いわかんなんらかの意味があるなら、紙そのものになに細工さいくをしていないと考える方が不自然ふしぜんだろう。だとしたらこう考えるべきなのかもしれない。この手紙はこれで終わりなのではなく、この下にもう一枚の紙と補足ほそくする文章ぶんしょうすなわつたえたいメッセージがある。そう思えば、この内枠うちわくもそれをしめしているように見えてこないか? どうして内枠で四辺よんぺんかこわなかった? 囲わないことに意味があるんだ。もんのようになっているのは、まだこの下に枠線わくせんつづくという意味に受け取ることが出来る」

「下にメッセージ……わたしに、伝えたいこと」


 れん自信じしんありげに、こくんとうなずいた。


「やっぱり。なんとなくそんな気がしてたんだよね。これ、やっぱりラブレターなんだよ」


 ら、ラブレター? 挑戦状どうこうはどこ行ったんだ。


「お前これがラブレターだって思ってんのか」

「だって、パソコンでったみたいに綺麗きれいだったんだもん」

「字が綺麗なだけでラブレターなら、お前は漢字かんじテストの答案とうあんもラブレターって言うのか」

「は? 言うわけないじゃん」


 ……そりゃそうだ。


「ま、まあ。これはある意味じゃ活路だ。ヒントが増えれば答えにも近付く」


 サイズを考えると、おそらくこの紙はメモちょうの紙を二枚にちぎって使っている。

 一枚の紙を二枚に。一つじゃなく、二つ。

 意味ありげに①と②をしるして、①を空白くうはくにし、あえて下部かぶの方に宛名あてな記入きにゅうした理由。

『さ』の一画目と、『へ』を太字にして、『。』を紫色に。

 机に入れられたのは体育か音楽の授業付近。

 中学時代を知る人物。


 あと少しだ。あと少し確信を持てる何かがあれば――。


「ねえ、七瀬ななせ。もう一個気になったこと言っていい?」

「……なんだよ」

「この『さ』って字なんだけどさ。なんでこの人、パソコンで打ったみたいな字で書いてるんだろう。『さ』って普通三画で書かない? 手で書くとき下を丸く書く人いないよ」

「言われてみれば」


 やたら綺麗な字だからぱっと見では違和感いわかんおぼえなかったが、手書きならば『さ』は二画目をはねて三画目は独立どくりつしている。それなのにこの手紙ではパソコン入力したときの『さ』だ。くせという可能性かのうせいもなくはないが、何もかもが意味深いみしん差出人さしだしにんのことだ。無意味な訳がないと思う。


 すると。


「分かった!」

「……何が」

「分かったよ七瀬ななせついに分かっちゃったんだよ七瀬ななせ


 何の当てにもならない一言がれんから放たれた。鼻息荒はないきあらく、正鵠せいこくたとばかりに自信たっぷりな目でこちらにむねる。


「一応聞こう」

「まずこの①の空白。これは一番には別の名前が入りますよって意味なんだと思う。二番にはわたしの名前があるんだもん。きっとそうだよ」


 ……まあ最後まで聞こうじゃないか。


「次に『さ』。横棒よこぼうが太いでしょ。これは、横棒だけを読めってことなんだよ。だから読み方は『いち』。続けて読むと、『いちへ』だから、出席番号しゅっせきばんごう一番の席に向かえってことなんじゃないかな」

「はあ」

「正解じゃない?」

「じゃあ紫の丸は」

「んっ」口を真一文字まいちもんじにして、れんは目をらす。「でざいん、じゃないかな」

「よし。じゃあ、そういうことにしておこう」

「ぬわー」れんは俺のうでつかみ、「そんな殺生せっしょうな」

「自分でもちがうって分かってんじゃねえか」

「だって」


 だって――自分ではなぞけないから。とでも言うつもりだろうか。


 いや、れんは言わない。自覚じかくはしていても、恋は決して、そう口にはしない。


 俺は嘆息たんそくし、


「考え方としては悪くないと思うが、無視している点が多すぎる気がするな」


 だがやはり、俺にはない視点してんだった。


 俺は多分、このメモをそんな安直あんちょくいぶかかたで見てはいない。もっとひねくれた見方をして、注目すべきところを見落としているんだと思う。それは詰まるところ、俺はこの謎を解くことにさほど真剣しんけんではないことを意味しているし、興味きょうみいだいていないことの証左しょうさでもある。


「だから解けないんだろうな。一人では」


 その時だった。

 キンコンカンコン――と、校内に鐘の音が響いた。


「……まじかよ」


 昼休みが終わってしまった。飯も満足に食えていないというのに。


「答えは出ず仕舞じまい。んん~くやしいなぁ! 考え事してるとあっという間だね。時間忘れないようにここにも時計掛けてくれないかなぁ」

「誰も使わない場所に時計なんか置くかよ……スマホ見ろスマ、ホ……」


 ぴたっ、と。自分の身体が止まったことが分かった。脳の回路が一瞬フリーズしたみたいだった。

 ひらめきって奴は突然やってくる。


『さ』が普通じゃないからこそ起こる一番の変化。そして紫色の大きな句点。

 れんが出した間違った結論けつろん、『一へ』。そして、別の名前が入る。


「そうか。そんな単純たんじゅんなことか」


 一つ見えてくると視野しやが広がる。視野が広がれば焦点しょうてんを当てるべきものも見えてくる。


「なあれん


 三つ目のパンを開けようとしているれんを、語気ごきを強めることで止める。


「ごめん。三つ目は返すよ」

「当たり前だ。でもそのことじゃない」

「?」

掃除そうじの時間って、サボったらバレるかな」


 れん花開はなひらいたように表情をかせる。


「何か分かったんだね!」

「分かったと言うか、まあこれで幕引まくひきできたらいいな程度ていどには」

しかられてむのならバレても良いかなってくらいには気になってるけど」

「そうか。そうだな。じゃあ出来るだけ手短てみじかに」


 このメモを誰が入れたかなんて、ここまで来たら案外あんがい簡単かんたんなのだ。無意識むいしきれんが言った言葉の中に答えはあった。ようはそれを説明せつめいできる理屈りくつがあれば済む話だ。


 一つのことが分かれば理屈はあっという間に紐付ひもづけられる。所詮しょせんは入学直後に考えられた暗号あんごうゲーム。そんな手の込んだこと、出来るはずがないのだ。

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