第16話
一体何事だ? まさか暗黒種族がまた攻めてきたのか?
俺が廊下の突き当りの陰に目を凝らした、その時だった。
「ご無事ですか、トウヤさん!」
「エ、エミ?」
「今開錠しますね」
「それよりお前、どうしてここに……?」
俺がぽかんとしていると、他にも数名の兵士がこちらに駆けてくるところだった。
「彼らは私を支持してくれている、信頼できる者たちです。彼らと一緒に、トウヤさんを魔術師種族の下へ送り届けます」
魔術師種族の下に、って、相性の悪い敵の門前に俺を送るようなもんじゃないか。
「おい、大丈夫なのか?」
「白旗を掲げて正面から行けば、彼らとて無下に攻撃することはできないでしょう。それに」
「それに?」
「トウヤさんの持ち物を検めさせていただいた際に、武闘家の長老から魔術師上層部に宛てた書状を見つけました。こちらで間違いありませんね?」
くるくると巻物状になっていた書状が開かれる。俺はこの世界の文字を知らないが、意味は大まかに頭に入ってきた。
「ああ、これがその書状で間違いない」
「敵とはいえ、一族の長ともなれば敬意を払うべきです。その方が、あなたを高位の魔術師に引き合わせ、『神の座』に導こうというのなら、我々に反対する理由はありません」
「隊長、お早く!」
急かす部下に向かって、分かっていますと答えてから、エミは重い鉄柵をゆっくりと開いた。俺も手をかける。すると、軽く人一人が通れるだけの隙間ができた。
「車を準備しています。急ぎましょう」
「了解だ」
と、答えてみたはいいものの、俺は今後の進行ルートを把握できていない。俺の足が鈍ったのを察してか、エミは大股で歩きながら説明を加える。
まず、今俺たちがいるのは軍規違反を犯した者たちに禁固刑を科す刑務所の中だということ。車はその裏手で待機していること。魔術師種族の陣地に向かう途中、危険な荒野を行かねばならないということ。
「危険って、何があるんだ? 怪物か?」
「それより性質が悪いかもしれません」
げっ、と飛び出しそうになった声を、なんとか喉元で押し返す。
「廃棄された旧軍用兵器のうち、電子回路がまだ生きている個体の存在が確認されています。戦闘になるかもしれません」
「そう、なのか」
俺は、俺とエミを囲むように歩む兵士たちを見回した。
「それなのに、よくこれだけ味方ができたな」
「今夜放送されたニュースのせいでしょう」
「ニュース?」
なんでも、今日の空しい慰霊祭の様子を撮影していた者がいたらしい。それだけなら問題はないのだが、彼(または彼女)は俺の必死な様子に感銘を受け、民衆を動かすべく、放送局にその映像をリークしたのだそうだ。
「それで、一般市民はどうしたんだ?」
「そりゃあもう、軍上層部に対して猛抗議ですよ。デモ行進も起きてます。どうしてもっときちんと兵士たちを弔ってやらないのか、そもそも生活困窮者ばかりを危険に晒すな、ってね」
どうやらデモやパニックというのも、俺たちの逃避行に一役買ってくれそうだとか。
気づいた時には、この拘置所の出入口に俺たちは到達していた。巡回中だった兵士たちは、見事に気絶させられている。
「隊長!」
「分かっています。先遣隊、前へ」
「了解!」
僅かな間を置いて、エミの反対隣にいた通信兵が無線を傍受した。
「先遣より本隊、車両との接触に成功。会合時刻、場所、変更なし!」
「了解。すぐに追いかけると伝えてください」
「了解!」
外に出ると、裏通りだからか人の姿は少なかった。いや、無人と言ってもいい。きっと交通規制が敷かれているのだ。俺を安全に車に乗せるために。
代わりに目に入ったのは、タイヤの付いた小さめのコンテナだ。四つ並んでいて、先頭には運転席と思しき部分が備え付けられていた。
既に志願者は募られているらしく、二十一名の兵士が並び、俺とエミに向かって敬礼した。俺もエミに倣って返礼する。
「今回の任務の目的は、こちらのトウヤ・クラノウチさんを魔術師種族陣地まで送り届けることです。途中、廃棄された大型戦闘機械との交戦があるかもしれません。危険な任務ですが、志願してくれた諸君には心から感謝します」
では、総員乗車! ――その掛け声とともに、兵士たちはコンテナ横の戸を引き開け、次々に乗り込んでいく。エミは一番前方のコンテナに。
「それでは軍曹、トウヤさんをよろしく頼みますよ。トラックの扱いは、あなたが一番優れていますから」
「はッ! エミ隊長!」
俺が軍曹と呼ばれた兵士を見ると、一瞬デジャヴに陥っているのではないかと思われた。
「じゅ、准尉……?」
「トウヤ殿、自分はあなたとエミ隊長のお守りを命じられた准尉の弟です。兄は立派にエミ隊長を守り抜きました。それに自分は、個人的にはエミ隊長を支持しています。どうか自分に、そのお命、預けていただけないでしょうか」
こっちの世界に来てからというもの、熱いものが胸から込み上げてくる経験は何度もしている。だが、こんな覚悟で俺を守ってやろうという気になってくれた人物が今までいただろうか?
俺は涙声になりそうなのを誤魔化しつつ、よろしく頼む、とだけ言って助手席に乗り込んだ。
※
あの癪に障る大佐のことは忘れられないが、彼の支持に回ったのは上層部の連中だけだったらしい。
あちこちで自動小銃を提げた現場の兵士たちが交通規制を行っており、意外なほどスムーズにトラックは街路を抜けた。
ちなみに、コンテナは任意に取り外し可能なのだそうだ。最悪の場合、俺と軍曹だけでも生かして目標地点まで到達させようという、エミの執念が感じられる。
一時間ほど走っただろうか。俺の目に映る光景は、未だかつてないものになっていた。
「ここは……スクラップ置き場か?」
「はッ、大型機動兵器の残骸が放棄されております」
「なあ軍曹、あんまり想像したくはないんだが……。どうしてこれだけの兵器を造っておきながら、今は銃火器だけで戦ってるんだ?」
「詳細は自分にも分かりません。しかし、その場にある兵器が強力であればあるほど、一種の暴力性の『波動』とでもいうべきものが発せられるそうです。それはすぐさま魔術師種族に察知され、破壊されてしまいます。だから製造を中止したとのことです」
精神論的な話ですけれども、と付け加える軍曹。どうも、機械化種族と魔術師種族の生き方はまるっきり違っているらしい。
「波動、ねえ……」
俺がそう呟いた、次の瞬間だった。
「ん? あれは何だ?」
俺の視界の隅で、瓦礫の山が盛り上がっている? すると、はっとした様子で軍曹がハンドルを切った。
「うわっ!」
「十時方向に大型戦闘機械! 総員、戦闘用意! 第三・第四コンテナ、パージします!」
《了解!》
《了解!》
ガタコン、と上下にトラックが揺れる。バックミラーを覗くと、コンテナが滑り落ちるようにして切り離されるところだった。
転がり出るようにして、自動小銃を構えた兵士たちが降りてくる。手ぶらの兵士もいたが、ああ、そうか。対戦車ロケットを受け取っているのか。
俺が前方に顔を戻すと、ぎしぎしと金属音を立てて何かが頭をもたげるところだった。
いや、頭ではない。直方体の金属塊だ。その下部から勢いよく爆光が煌めき、勢いよく周囲の廃材が吹き飛ばされる。
そこから現れたのは、巨大なキャタピラだった。
先ほど埋まっていたのは、いわば上半身というべき部分。そこが腰を伸ばすようにして立ち上がったのだ。脚部は巨大なキャラピラだが。
全高は二十メートルほどで、あちこちにサーチライトが付いている。本体の両脇には複数の突起があり、ぐるぐると回転していた。
「なあ、あの回ってるやつは――」
「伏せて!」
俺はぐいっと頭部を下げさせられた。
同時に、謎の短い音が連続した。実弾が発砲されているのか? いや、この世界は実際何でもありだ。実弾らしくないとすれば、ビームだかレーザーだか、だろうか。
そう疑う俺の目に、青色の光弾が飛び込んできた。
「うわっ! 危ねえ!」
「ッ!」
軍曹はハンドルを切り続け、大型戦闘機械の前で横切った。減速したところで、第一・第二コンテナをパージする。
その頃には、既に戦闘は始まっていた。
サーチライトの丸い光が暗闇を切り取り、機械はそこに光弾を撃ち込んでいく。狙いをつけられた兵士はすぐさま飛び退るものの、光弾の痕は生々しい橙色をしていた。
どうやら光弾は、高熱で敵を融解・蒸発させる兵器らしい。
「おい、俺を降ろしてくれ! あのデカブツをぶっ壊してやる!」
「それはできません、トウヤ殿! 逆です、皆が奴の気を引いているうちに迂回して――」
「だからって味方を見捨てるのか!」
「あっ、トウヤ殿!」
俺は多少の負傷を覚悟で、助手席のドアを蹴破って地面に転がり出た。
地面からも、次々に銃弾やロケット砲が飛んでいく。だが、効果のほどは分からない。
思いっきりジャンプして、機械側面の光弾機関砲に取り付き、破壊することはできるだろうか?
「やってみるさ!」
俺は無意識下の自分の指示に従い、思いっきり地面を蹴りつけた。
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