第4話

「な、何事なんです?」


 再び振り返ると、彼もまたすっくと立ちあがって槍を手にするところだった。重くて頑丈そうに見える。


「突然戦いに巻き込むようですまないのう、トウヤ殿。しかし、敵が攻めてくるというなら我々も戦わねばならんのでな」


 その時、俺は先ほど杖で殴りつけてきた男性の言葉を思い出していた。

 確か俺が『キコウカシュゾク』ではないかと警戒していたのだ。キコウカシュゾク……機甲化種族? まさか、銃器や爆薬を使っている種族がいるのか?


「ちょ、待ってください長老!」


 俺は慌てて彼の肩を掴んだ。思った通り、痩身ながら筋肉の躍動が感じられる。

 だが、機銃掃射でも喰らったら、どれほど筋肉質であろうと抵抗する術はない。

 どうにか引き留めようとする俺を前に、振り返ることなく長老は述べた。


「トウヤ殿、これは儂の推測に過ぎんが……。あなたは異界の中でも随分平和な土地で暮らしてきたのではないですかな? それを卑怯だとは申さぬ。ただ、闘争が日常にあるからこそ気づかされることもあるものでな。それが平和の尊さというのだから、皮肉なものじゃが」


 俺はそんな哲学的な話をしたいんじゃない。あんたやサンのことが心配なんだ。

 そう声を張り上げようとしたが、叶わなかった。

 俺が長老の肩に乗せた手。更にその上から、長老が手を載せてきたのだ。中指がなかった。


「ここで散るならこれもまた運命、素直に受け入れる外あるまいて」


 信じられないほど優しげな声でそう告げられ、俺の腕はするり、と長老の肩から滑り落ちた。


「サーベル! あたいのサーベルのスペアは?」


 サンが騒ぎ立てている。かと思ったら、すぐにこのテントに顔を突っ込んできた。


「長老、あなたは避難してるんだよな?」


 何を言ってるんだ、こいつは。長老の手に槍が握られているのが見えないのか。

 だが、俺自身そんなことを指摘できるような余裕はなかった。

 すると、先ほどの杖を持っていた男性がサンの背後から現れた。


「おい、サーベルのスペアが見つかったぞ。それと、もうじき敵は我々を射程に収めるはずだ。早く迎撃準備を――」


 と言いかけて、慌ててしゃがみ込んだ。サンも長老も同様の所作を取っている。

 遅ればせながら、俺もそれに従った。


 すると、ズタタタタタタタタッ、という機関砲の音が周囲に響き渡った。

 ひっ! と情けない悲鳴を上げる俺と違い、サンたちは匍匐前進で銃声のした方へ向かっていく。

 

「長老とトウヤは後方へ! あたいが前線に出る!」

「だ、だけど、サン!」

「いいんだよ、暴れたりないと思ってたとこだ。あんたの首のせいでスペアを探す手間がかかったんだからな?」


 そう言って不敵な笑みを浮かべ、サンは腰を折った姿勢でそばの森林の中へと姿を消した。どうやら側面から敵を叩くつもりのようだ。


 俺と長老は伏せたまま、しばらく動かずにいた。長老はどうだか知らないが、少なくとも俺は考え事をしていたのだ。

 もし神様の加護とやらが、武闘派種族のみならず他種族の攻撃に対しても有効に働くなら、俺も盾にくらいなれるのではあるまいか。


 今戦っているのは、武闘家種族と機甲化種族。どちらが崇高な大義を以てして戦っているのかなんて知らない。だが、少なくとも俺は武闘家の人々と交流を持った。酷い扱いを受けなかった。味方するなら、彼らの方につくべきだ。


 それに、どうせ俺の攻撃力はからっきしに違いない。産まれてこの方、まともな喧嘩すらしたことがないのだから。機甲化だか何だか知らないが、俺が誤って敵を死傷させる恐れはない。


「長老、あなたはサンの言う通り後方へ退避してください! 俺は皆を援護します!」

「な、何を言っとるんじゃ、トウヤ殿!? そもそもお主、戦い方など――」


 ああそうだ。知ったこっちゃない。だからこそ、敵から見たら予想外の動きができる。

 我ながら都合よく解釈し、俺は真正面から、銃声の轟く方へと駆け出した。そこは広場になっていて、主戦場になるならここだろうと素人ながらに判断した。


 伏せることも這うこともなく、全身全霊のダッシュで向かっていく。幾筋か黒煙が上がっているが、戦っている人々は無事だろうか?


「おい、皆!」


 そう言って俺はなだらかな丘を登りきり、主戦場を見下ろした。


 一言で言おう。後悔した。

 いたるところで、ガタイのいい男たちが凶弾に倒れ、呻き声を上げたり、吐血したりしている。もちろん、既にぴくりとも動かない者もいる。


 その誰もが血だまりに溺れるような格好になっており、強烈な鉄臭さが俺の鼻孔を満たした。


「げほっ!」


 俺はたまらず嘔吐した。残酷な光景だとか、グロテスクだとか、そんな言葉を想像するまでもない。頭ではなく本能が、目の前の現実を拒絶しようとしている。

 すると口元を拭う間もなく、思いっきり横合いから腕を引っ掴まれた。


「どあ!?」


 無様な声を上げ、俺はそのままわきの森林へ引っ張り込まれる。


「かはっ、い、一体何を……」

「シッ!」


 女性の声? こんな戦場の第一線で? 疑問に思ったのも束の間、俺を黙らせたのはサンだった。確かに彼女なら、どんな過酷な戦況にあっても第一線に飛び出していくだろう。


 そんなことを考えていると、思いっきり襟首を掴まれた。


「何をやってるんだ、トウヤ!」

「え、えっ……?」


 小声で怒鳴るという高等テクを披露するサン。


「戦う術もないお前が戦場に出てきてどうする!」

「でも、せめて盾代わりには……」

「いくら神様の加護があるからって、万能とは限らないだろう?」


 はっとした。最初にサンと出会い、サーベルで首を刎ねられそうになった時、俺は無事ではあった。が、首筋に軽いミミズ腫れを起こしていたのは事実だ。

 完全にダメージを無効化できるものではないらしい。


 では、俺はダメージを恐れて大人しく皆が射殺される様を見ているのか? 答えはノーだ。


 俺に自殺願望はない。かといって、生存願望もない。

 そりゃあ、死ぬのは恐ろしいだろう。だが、何もできずに無惨に人が死んでいく――そんな現実を受け入れられるほど、精神的にタフってわけでもない。


「サン。俺に考えがある」

「不要だ。足手まといになるな!」

「俺の防御力は鉄壁だ。お前だってさっき見ただろう?」


 木の陰から敵の様子を窺っていたサンは、何事かと俺に振り返った。

 これを好機と捉え、俺はごくごく単純な作戦を言った。


「俺が敵陣に突っ込む。サン、お前は俺の陰に隠れて一緒に走ってきてくれ。サーベルのリーチに入ったら、思いっきり暴れてやればいい」

「し、しかし、そうしたらお前の身が……」

「だから大丈夫だっての。神様の加護、受けてるんだぜ?」


 ましてやその神様が、自分の下に俺を呼び寄せようとしているのであれば。それならば、そう簡単に銃器で殺されやしまい。恐怖感は拭いきれないけれど。


 逡巡するサン。その横顔を見ている間に、地面を均すような重厚な足音が聞こえてきた。

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――。それこそ歩兵の行進のようだ。


 俺は再びサンと目を合わせた。


「……仕方ねえな。皆には、あたいが前方から突撃したら、敵を挟撃するように伝えてある。それまで敵の気を引く間だけでももたせてくれ。できるんだろうな、トウヤ?」


 俺はぎゅっと目を閉じ、武闘家種族の人々の遺体を思い浮かべた。

 大丈夫。俺もサンも、あんな目には遭わない。


 平気だ、だか、上手くいく、だか、何と言ったのかは判然としない。だが、俺はサンが頷くのを見て突撃する決意を固めた。


「行くぞ!」


 俺は雄たけびを上げながら、本気で丘を下っていった。問題は、サンの方が俺よりずっと身体能力が高いという点だ。すぐにサンに追い抜かれる格好になってしまいやしないか。


 しかし、それは杞憂だった。俺はいつの間にか、随分と足が速くなっていたのだ。これも神様の加護のオプションだろうか? 


 木陰から覗いていた通り、機甲化種族の連中は横一列になって進撃していた。時折しゃがみ込み、自動小銃と思しき火器で武闘家の連中を牽制している。

 迷彩服とヘルメットで身を包んだ彼らの姿は、ちょうど俺がいた世界の近代的な軍隊の格好に重なるものがあった。


 俺の雄たけびに気づいたのだろう、中央付近の一人の敵が俺に狙いを定めた。すかさず銃撃を開始する。俺を牽制するためではなく、殺すために。

 だが、そこは俺の予想通りだった。俺には自動小銃の弾丸が通用しなかったのだ。痛みもないし、出血もない。


 そのままぐんぐんと距離を詰めていく。あとおよそ十メートル、五メートル、三メートル――。


「いけ、サン!」

「はあああああああっ!」


 サンは勢いよく俺の背後から飛び出した。サーベルが情け容赦なく振るわれ、その軌跡に沿うように血飛沫が上がる。

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