第28話 勘違いはしないように


「……おやつ感覚でオムライスを食うんじゃなかったな」



 長谷川が働くメイドカフェを出て、柴山が自身の腹をさすりながらそう言った。確かに千円以上するオムライスということもありかなりのボリュームがあった。多分、俺は半分くらいしか食えないだろうな。だが柴山は食べ物を粗末にするわけにはいかないと意地で完食した。最後のラストスパートはバラエティーの大食いを見ているみたいだった。



「大丈夫、柴山君?」


「こいつなら寝て運動すれば大丈夫だろ」


「俺は野生動物か」



 柴山はそう言って腹をさすりながらひとりで帰っていった。さっきのは冗談交じりで言ったのだが、どうやら本当に家で横になりたいらしい。まあ、あいつの体は人間離れしているので明日にでもなれば大丈夫だろう。



「それじゃ新垣、俺もここで……」


「あ、ちょっと待って」



 俺も家に帰ろうかと思ったが、そこを新垣に引き留められた。てっきり新垣も帰るのかと思っていたので俺は素直に驚く。



「ん? どうした?」


「ちょっとお願いというか、付き合ってほしい場所があるんだけれど……」


「ああ、時間はあるし全然いいぞ」



 そう言って俺と新垣は歩き出す。いったいどこへ行くのかと思ったがそんなに移動することはなく近くの百円ショップへとやってきた。新垣が百円ショップに来るなんて少し意外だったので俺はちょっとだけ驚いた。



「ここで何を買うんだ?」


「あ、そうだ言ってなかったね。ごめんごめん」



 そう言って新垣と俺はとあるコーナーへとやってきた。それは食器や調理器具が並ぶこーなーで百円ショップの割にはかなり広くバラエティに富んでいる。俺でさえ様々なものに目を奪われるくらいだ。



「その、お菓子作りに挑戦したいなって思って。それでネットとか見て勉強したんだけどどういうの遣えばいいのかわからなくてさ」


「だから俺に聞いてみようと?」


「う、うん。小鳥遊くんって料理が上手だって澪ちゃんが言ってたから」



 確かに俺はよく料理をするしお菓子作りだって稀にする。けど、意見を言えるほどの腕前ではないんだよな。あと、なんで澪と連絡とり合ってんの? ひょっとして仲いい?



「それで、何か作りたいものでもあるのか?」


「うん。この前テレビで見たシフォンケーキが美味しそうだったから自分で作ってみたいなって」


「買うんじゃなくて自分で作りたいって思う時点で強者思考だな」


「あはは、やっぱりそうかな?」



 そう言いつつ俺はシフォンケーキ作りに必要になるであろう器具を脳内でピックアップし、目の前にある調理器具を見て考える。うん、百均でも十分事足りるな。というか最近の百均はシフォンケーキの型まで売ってるのか。



「えっと、型とかは絶対必要だよね」


「もちろん。他に足りないのってわかるか?」


「うーん、細かいのが分からないんだ。ある程度の器具は揃ってるけど。あっ、でも泡だて器とかは新しいの買ってみたいかも」


「じゃあそれだけでいいんじゃないか。強いて言うなら後は食材を買うだけだ」


「そういえば牛乳がなかったかも……」



 そういうことならここで買い物をしてその後近くのコンビニに行って材料を揃えてしまおうということになった。シフォンケーキで使う粉はどうやら家にあるらしく、かなり少ない買い物に終わりそうだ。ここら辺は澪とは大違いだな。



「小鳥遊君は百均とかによく来るの?」


「いや、あんまり来ないな。調理器具とかそういうのはいつも専門店で買ってるし」


「専門店?」


「鍋とか包丁とか、職人が手作りしてるやつ。あとは熱伝導を考慮したり、単純に手に馴染むかとか考えてるかな」


「こだわりが凄い!?」



 うちのキッチンは性能やこだわりを重視していた結果、とんでもないハイスペックキッチンが完成していたのだ。もちろん高い買い物をする際には親父に相談していたし、QOLが上がるならと親父も幾度となく許可をくれた。そのたびに澪は顔を引きつらせていたが。



 俺たちは百均を出てすぐ向かいにあるコンビニへと入った。牛乳や卵もそろっているしここで買い物は終わりだろう。



「あっ、バニラエッセンス」


「変なものに手を出すなよ。失敗の元だからな」


「あはは、やっぱりそうだよね。小鳥遊君も失敗したりするの?」


「いや、一度も。ちゃんと調べて準備すれば大抵のことは上手くいくさ」


「強者発言というか、達観してない?」



 なんか新垣に呆れられた。だが買い物自体はつつがなく終了しこれから解散、ということになった。だが、ちょっと気になっていることがあったので提案ついでに聞いておこう。



「荷物持っていこうか?」


「え、それは……悪いよ」


「でも、隙を見てお腹をさすってたよな」


「うっ」


「もしかして、パフェでお腹を痛くしたんじゃないかなってさ」


「……バレてた?」


「まあ」

 


 新垣が先ほどのメイドカフェで注文したカフェはかなりボリューミーだったし、実際新垣もギリギリそうだった。俺でも絶対腹いっぱいになるだろうし、相当の負担が掛かっているんだろうなとは思っていたが意外とその反応が薄かった。けど、やっぱり辛そうなのは間違いなかったらしい。



「ってか、その状態でよくシフォンケーキの話ができたな」


「うぅ、パフェを食べて感化されちゃってさぁ。自分で何か作りたいなって」


「荷物貸せ。トイレ行ってきてもいいし、このまま急ぎで家に帰ってもいいし」


「で、でも」


「どうせ帰っても澪の世話くらいしかすることないし。もちろん新垣が家までついてきてほしくないとかなら別だけど」



 まぁ、前に一緒に帰った時に完全に道を覚えてしまっているのだが。ここからならそこまで時間はかからないだろうし、ダッシュで帰っても割とすぐに帰れる。あと新垣、意外と食い意地張ってる? あ、ヤバいなんか睨まれた気がする。



「じゃ、じゃあ……お願いします」



 そうして俺は新垣の荷物を持って一緒に歩き始めた。途中途中で新垣の様子を見つつ、ゆっくりと歩き続ける。途中で気を紛らわせるために他愛もない話をしたり、シフォンケーキの作り方を軽く教えたりした。最初はしつこいと思われたらどうしようかと思ったが、なんやかんやで会話が弾んだ。例えば



「あ、猫」


「ほんとだ。珍しいなこの辺で野良猫見るの」



 途中で野良猫を見つけてはしゃいだり



「あ、赤ちゃんだ」


「あれは生後……6か月半だな」


「家政婦?」



 可愛らしい赤ちゃんを眺めたり



「そういえばこの前小鳩がね」


「何やってんだよあいつ」



 友人の話を弾ませたりと、かなり楽しい帰り道になった。柚姉や澪と出かけた時に「これはデートだよ」みたいなことを言われたが、たぶんこっちの方がデートっぽい気がする


 そんなことを思っていたからか、案外早く新垣の家に着いた。距離的にはそこまで近くないはずなのだが、体感時間はあっという間だった。



「ありがとね、小鳥遊君」


「いや、これくらいなら何とも」


「ふふふっ」



 そして俺は新垣に別れを告げそのまま踵を返して帰ろうとしたのだが、今度は新垣に引き止められた。



「そうだ、小鳥遊君。もし、もしよければなんだけどね」


「なんだ?」


「今度改めて、私の家に遊びに来ない?」


「え……」


「あ、その、シフォンケーキの作り方教えてほしいなって」


「ああ、そういう」



 少しドキリとしてしまったが、そういうことなら納得と心を落ち着ける。それにせっかく作るなら、俺も少し勉強しておかないとな。よし、帰ったら俺も作ってみることにしよう。



「いいぞ。都合のいい日があったらタイミングを見計らって言ってくれ」


「ほんと! ありがとう小鳥遊君」



 そう言って新垣は満面の笑みを浮かべて家の中へと入っていった。あんな笑顔を見せられたら、さすがの俺もドキドキしてしまう。勘違いだけはしないように気をつけなければ。



「俺もそろそろ帰んないと」



 そうして俺も新垣と約束して家に帰るのだった。

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