第29話 大変だなぁ


 新垣と約束したシフォンケーキ作りは週末に行おうということで改めて約束を取り付け、とうとうその週末がやってきた。俺は何度か通った程度の道を歩いて新垣の家へと向かう。ちなみに今回は柚姉も澪もいない。本当に一人きりでの訪問だ。

 最近は誰かとどこかへ出かけることが多かったためこういうのはちょっと久しぶりな気がする。まあ、目的地に着いてしまったら一人じゃないのだが。



「しかし新垣のやつ、頭悪くないはずなのになんでちょくちょくポンをするんだよ」



 新垣と買い物に行った日。あの時はシフォンケーキをいつでも作れる状態だったらしいのだが、ついさっきチャットで連絡がきた。



『ごめん小鳥遊君、卵買ってきて!』


『卵?』


『昨日で全部使いきっちゃったみたいなの。お金は後で払うから』


『そりゃ、一週間も経てば卵くらいなくなるよな』


『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』


『わ、わかった、りょーかい』


『ありがと!』



どうやら家族が卵を消費してしまったらしく家に卵がないようだ。俺が家を出る数分前にそんな連絡が届き、仕方なく俺が途中で買っていくことになったのだ。



「しかも、澪に言うなって……」



 それと同時に今回のシフォンケーキ作りについては澪に黙っていようということになった。最初は疑問に思ったが、澪に知られたら面倒くさいことになるのは間違いなさそうなので理由を深堀せず同意した。まあ、別に後ろめたくもなんともないので良しとする。



「っと、ここだ」



 数分前の出来事を振り返っているうちに新垣の家に到着する。俺の家よりややでかい一軒家で、外の玄関周りがとてもきれいに整っている。きっと定期的に掃除しているのだろう。遠目に見える窓もきれいだ。



(そう言えば、女の子の家に行くのって柚姉以外じゃ初めてだな)



 昔から家族のような付き合いをしていた柚姉はともかく、友達になってまだ日が浅い女の子の家に行くのはさすがに経験がないので緊張してしまう。だが、俺が緊張していても格好悪いだけなので勇気を込めてンターホンに手を伸ばし呼び鈴を鳴らした。


 しばらくすると……



「あっ、は、はい! ああ新垣です」


「……声震えてない?」


「き、気のせいでありましゅ」



 俺以上に緊張していた新垣の声がインターホンから聞こえてきた。なんだこれという感情が脳裏を支配したことで俺の中に渦巻いていた緊張はほぐれ消失した。なんなら焦りテンパっている新垣を見て笑いを越えるのに必死だった。


 そうしてしばらくやり取りをしたのちに玄関の扉が開き新垣が出迎えてくれた。いつもとは違う私服姿を可愛いと思いつつ、俺は玄関で靴を脱ぎ家の中へと入った。



「へぇ、外だけじゃなく中までちゃんと綺麗な家だな」


「こ、細かい所は見ないでね。うちのお母さん、そういうところとことん放置しちゃうタイプだから」


「おっと悪い」



 そう軽口をたたき合いながら俺は新垣家のリビングへと通された。休日にもかかわらずこの家には新垣以外に人の気配を感じない。どうやら俺が来るまで新垣一人きりだったようだ。



「今日、家族みんな出かけてるからゆっくりくつろいでいいよ。みんな夕方までは帰ってこないだろうし」


「じゃ、ソファーに荷物置かせてもらうぞ」


「どうぞどうぞ」



 そうして俺は自分の荷物を置き、勝ってきた卵を新垣に渡す。ちなみに買ってきたのは4個入りのやつだ。新垣は卵を受け取るとそのまま台所に置いてきた。しかもそれだけじゃなく、エプロンまでつけてくるという徹底ぶり。今回の気合の入れようがよくわかる。



「そ、それじゃ、今日はよろしくお願いします」


「ああ。といってもそこまで難しくはないから気負わずにな」


「うん、頑張る!」



 そうして俺と新垣のシフォンケーキ作りが始まった……のだが、初っ端から問題が発生する。俺は新垣が持ち出してきたものに違和感を覚えた。



「それで、どれをどれくらい混ぜればいいの?」


「……なぁ新垣、小麦粉とかベーキングパウダーとか大量に持ってきてるけど、使うのは市販のシフォンケーキの粉じゃ?」


「え、自分で調合するものじゃないの?」


「……マジか」



 まさかシフォンケーキミックスじゃなくて小麦粉などを混ぜ合わせるところから始まるとは思っていなかった。なんとなく分量はわかるが、まさかこういう細かい所からやろうとするなんてな。新垣なりのこだわりだろうか? ご丁寧にバニラエッセンスまで用意してるし。



 しかも……



「新垣、次は卵白を泡立ててメレンゲを作るんだけど、ハンドミキサーとかは?」


「……ごめん、ない。あ、でも仏の泡立て器ならここに」


「手動かよ」



 いや、できなくはないんだけど!



 そして極めつけは



「新垣、焼いた時に生地が型に張り付かないようにするためにバターがいるんだけど……」


「うん、もちろん用意してるよ! はい、バター風味のマーガリン」


「……」



 短い付き合いだけど、なんとなく新垣のことがわかった。たぶん新垣は、どこか人とずれているのだ。テストで言えばケアレスミスを連発するタイプ。そして新垣はその日常版。長谷川と仲がいい理由は、こういった新垣の天然さも相まっているのかもしれないな。



(マーガリンでいけるかな?)



 軽くスマホを調べても出てこないし、俺自身がマーガリンでやったことがないのでどうなるかわからないが、きっと酷いことにはならないだろうという祈りを込めてマーガリンで代用した。



 いろいろ思い通りにはいかなかったものの、その他だいたいの工程は問題なく終わらせることができた。あとはオーブンレンジに突っ込んだシフォンケーキの生地が問題なく焼けているかどうかだ。



「なんかごめん、いろいろと不手際があったりして」


「いいって。リカバリーが効いたんだし」


「ううっ、なんか自ら恥を作り出している気がする」



 あえて否定はしない。



「そうだ、焼きあがるまで暇だしお菓子でもつまんで待ってよ。ちょうどチーズケーキがあるんだ」


「おっ、それはい……うん?」


「うん?」



 俺が違和感を覚え疑問を現す一言を呈した時、俺を真似するかのように新垣も変な声を出した。いや、ちょっと待てよ。



「なんで焼き菓子作ってるのに新たな焼き菓子が冷蔵庫の中に入ってんだよ。何のためにシフォンケーキ作ってるん?」


「そう言えば、そっか。じゃあクッキーに……」


「結局焼き菓子なのは変わらねぇ」



 そうして缶の中から新垣がクッキーを取り出し、それをリビングで二人並んでつまむ。ああ、これ結構いいやつだ。


 その後はオーブンレンジのタイマーが鳴るまで駄弁ったり、天文部のことについて話したりと楽しい時間を過ごした。というより、新垣がいつもよりテンションが高くてなんだか新鮮だ。



「新垣、なんか今日は楽しそう……っていうより、嬉しそうだな」


「え、そ、そう?」


「いつもは撃墜王とか呼ばれてるのに」


「……好きでそう呼ばれてるわけじゃないんだけどね」



 最近距離が近すぎて忘れていたが彼女はあまたの男子から告白され、撃墜王とあだ名がつくほどその恋路を打ち落としてきたのだ。まさかそんな人物の家に招かれ一緒にお菓子を作ったり食べたりするなんて、夢にも思わなかった。


 ……これ、新垣のファンにバレたら殺されるんじゃね?



「ほんと、その呼び方やめてほしいんだよね」


「今俺も無意識に言ってたか。すまん、悪かったな」


「別に、小鳥遊君はまだいいよ。でも、告白を断った男子たちとは気まずいし、女子にも疎まれるから凄く苦労してるんだ」


「大変だなぁ」


「ホントだよもう!」



 そう言って大きなため息を漏らす新垣。彼女も彼女で苦労しているようだった。



「けど、なんでずっと断り続けてるんだ? 一人くらい気になる男子とか……」


「小鳥遊君は、一度も話したことのない女の子に告白されて、即OKできる?」


「……まあ、無理だな」


「だよね。それに……」



 すると新垣は、どこか悲しい表情で窓の外を見つめて……



「私、恋とかしたことなかったからよくわからかったんだ」


「そうなのか?」


「うん、ずっと女の子とばっかり遊んできたから。おかげで小鳩に男性耐性ゼロとかからかわれるし」


「ははっ、あいつらしいな」



 なんやかんやで新垣も苦労しているようだ。しかい、恋か。俺って恋をしたことがあったっけ? ずっと澪や柚姉みたいな濃い奴らと一緒にいたから女性との距離感が色々とバグってる。



(あ、でも……)



 恋なのかはわからないが、昔それに近い感情に陥ったことがある。確か、幼稚園……いや、小学校か? そう、確かあの時は……



「って、聞いてる小鳥遊君?」


「ああ、聞いてる聞いてる」


「本当?」


「長谷川が最近、新垣のカバンの中に入ってるティッシュを勝手に使ってるって話だろ?」


「なにそれ私知らない」



 あ、新垣の顔がムッとなってしまった。どうやら話題を間違えてしまったようだ。まあ自慢げに新垣のカバンを良く漁っている長谷川にも非がある(というかほとんどこいつが悪い)ので、罪悪感はなかった。長谷川、来週が楽しみだな。



「本当、人の気持ちって全然わからない」


「それは……全力で同感できるかもな」


「小鳥遊君も?」


「最近身内相手に色々とな」


「小鳥遊君の方も大変そうだねぇ」



 お互い様々な苦労を重ねていると知ったところで、ちょうどオーブンのアラームが鳴りシフォンケーキが焼きあがった。上面から見た限りでは普通に成功しているように見える。匂いも普通のものとあまり変わらない。バニラエッセンスを入れたことが功を奏したようだ。



「す、すごい、ほんとに出来ちゃった……」


「いや、実食してからじゃないとわからないぞ」


「そうだね、早速食べてみよ!」



 そうして型から取り外したシフォンケーキをコップを使って取り出し、皿へと素早く移す。うん、思ってたより綺麗に焼けてる。型にちょっとだけついてる生地後はご愛嬌ということで。



「それじゃ、食べてみようか」


「ああ。それじゃ、いただきます」


「いただきます」



 そう言って二人一緒にシフォンケーキを口に運ぶ。ふわっとした触感が舌の上で雲のように滑り込み、自然に消えていく。これ、想像以上に美味しくできたかも。



「これ、大成功じゃない!?」


「ああ、マジですごいよ」


「小鳥遊君が監督してくれたからだよ! ありがと、小鳥遊君! これならいくらでも食べられそうだよ」



 先ほどクッキーを食べたばかりだというのに口へ運ぶのが止まらないくらい美味しいシフォンケーキ。卵の風味もきちんと感じるのでわざわざ卵を買いに行ってよかったとすら思っている。



 ちなみに新垣はあまり意識していないようだが、シフォンケーキというものは割とカロリーが高い。何せ材料として大量の砂糖とサラダ油を入れているし、今回に関してはバターの代わりにマーガリンを使っているのだ。まあ、そのことについては触れないようにしよう。



 そうして俺たちは時間をかけて作ったシフォンケーキをあっという間に完食し、新垣が淹れてくれた紅茶を飲んで談笑するのだった。











——あとがき——

更新頻度遅くてすみません。作者がテスト期間とかプレゼン準備とか色々忙しいことになっているのでどうか暖かい眼差しで見守ってやってください。

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