第27話 凸してみた
澪の大胆な行動が続いた週末が明け、誰もが憂鬱になる月曜日。その憂鬱さを吹き飛ばすべくこの日の放課後、俺と柴山、さらに新垣はとある場所へと向かっていた。
「あ、ここだよ」
「おお、こりゃまた……」
「いかにもって場所だな」
俺たちがやってきたのは街中にある綺麗なカフェだった。だが、ただのカフェではない。従業員の女性陣が全員メイドのコスプレをしている。そう、いわゆるメイド喫茶だ。あまり馴染みのない業態の店に俺たち三人は店の前で立ち尽くす。
「おい柴山、お前から入れよ」
「なんでだよ!? こういうのはワンクッション置くために新垣とか……」
「えぇっ!? 私から入るの?」
さすがに高校生の男女が揃ってメイド喫茶に入るのは恥ずかしいので先陣を譲り合う俺たち。そして厳正な勝負(じゃんけん)の結果、俺が先頭に立ってドアを開けることになった。まったく、何で俺はこういう時に限ってじゃんけんが弱くなるんだ……
「ほれ、はよ入らんかい」
「あはは……えっと、ファイト?」
そう言って入店を急かす柴山。あと新垣、その無駄に可愛いガッツポーズを向けないでくれ。なんか複雑な気分になるから。
とにかくここでグダグダしていても仕方ないので俺は店のドアを開けて中へと入った。カランカランと鈴の音が鳴る中、一人のメイドが俺の元へと近づいてきた。
「お帰りなさいませご主人様。何名様で……って、なんで来てんのみんな!?」
俺たちを出迎えたのはいつも新垣の隣で軽口を叩いている長谷川。そう、何を隠そうこのメイド喫茶は長谷川のバイト先なのである。
「おつかれ小鳩」
「もうっ、来るなら先に言ってよ。心臓が一瞬止まっちゃったじゃん」
そうして柴山と新垣も俺に続いて店内に入ってくる。どうやら出迎えてくれたのが長谷川だったおかげで敷居が一気に低くなったらしい。かくゆう俺もそうだが、知り合いがいる店ってやっぱり入りやすい……場合によるけど。
「遊びに来ちゃった」
「茶化しに、の間違いでしょ?」
「ひゅーひゅー、似合ってるぜメイド服」
「……こういう奴が一番腹立たしいんだよね。今から撲殺メイドにジョブチェンジしてやろうか、えぇ?」
「ちょ、小鳩、スマイルスマイル」
茶化す柴山と宥める新垣に挟まれ百面相になっている長谷川。なぜ俺たちがここを訪れたのか。それは今日の昼休みに遡る。
「はい、お土産のカニのストラップ」
「お前ってセンス死んでるよな」
「カニに対して失礼すぎるだろ。もっとカニを崇めろ」
「いや、お前はカニの何なんだよ」
柴山に水族館に行ったお土産にカニのストラップを渡していた俺。カニのぬいぐるみを買うついでに一緒に買い物かごに入れていたのだが、やはりみんなして俺のチョイスを馬鹿にする。たしかにリアルすぎるくらい精巧なカニのストラップだけど、そこまで言うことないやん。
「それで、妹ちゃんとのデートは楽しかったのかよ?」
「だから、デートではな……いぞ?」
「なんで間が開いたうえに疑問形なんだよ。お前って本当に退屈しないよな」
「お前だけには言われとうないわ」
昼休みに机を向かい合わせて食事をしながら俺は柴山に水族館の話をしていた。色々あったものの楽しかったことは事実なので澪とのことは伏せイルカショーなどのことを話した。すると柴山もちょっと行ってみたくなったらしく、プライベートで行ってみるとのことだった。
「はっ、新垣さんでも誘えばよかったのに」
「なんでだよ。そもそも連絡先も……もってるわ」
すっかり忘れていたのだが、新垣が天文部の仮部員となった際に連絡先を交換していた。柚姉は不服そうにしていたが、これから仲間となる人物なので渋々受け入れ自分も連絡先を交換していた。
さらに柚姉経由なのか知らないが、なぜか新垣が澪の連作先を知っていたことが更なる謎を生み出すことになったのは別の話だ。
「いやでも、あの時は兄妹水入らずみたいな感じだったし、結果的には呼ばなくてよかったか」
「俺的には呼んでもらった方が面白そ……修ら……んんっ、思い出に残ったんじゃないかって思うぜ」
「ハハハハハッ、殴るぞー」
そんな軽口を叩いて睨み合っていると、ふと近くで食事をしていた新垣さんたちの会話が聞こえて来た。
「はーっ、今週ほぼバイトで埋まっちまったー」
「大丈夫なの小鳩?」
「いや、稼げるし問題はないんだけど、シンプルに疲れるんだよねー愛想振りまくの」
「愛想振りまくって、お客さんにそんなこと言っちゃダメだからね」
「もちのろんだけど、なんやかんやで肉体労働だからさー。そこに笑顔を張り付けるって意外ときちぃ~のこれが」
そう言って肩を回す仕草をする長谷川。そういえばあいつはバイトをしていたなと思い出す。というか本人がバイト戦士を自称してた。
「そういえばあいつ、メイド喫茶でバイトしてるらしいぜ」
「え、マジ?」
「ああ、この前教えてもらったんだ。ネットで調べてみたら割とメニューも充実してて、結構レビューが高い。あいつが働いてるわりに」
「ふふふふふ、一言多いぞー」
「いてっ」
どうやら俺たちの会話を聞かれていたようで、いつの間にか柴山の後ろに長谷川が立っており柴山のことをチョップでシバいていた。まあ、自業自得だな。あと長谷川、もしかしてお前って地獄耳?
「もう、やっぱ柴山に教えるんじゃなかったな―……なー!」
「ま、運の尽きだったと思って諦めろ」
「え、なんで私が諦める側?」
そんなことを言っていがみ合う二人。この二人もなんやかんやで仲いいよな……って睨まれた。怖っ!
「小鳥遊くんも、あんま他言せんといてね。この馬鹿みたいに」
「誰が馬鹿だよ!」
「やかましいわ」
そんなことを言ってワーワー叫ぶ二人。それを見てあたふたしつつも長谷川の様子を見てどこか楽しんでいる新垣。結局のところ、みんな騒ぎたいのだ。よし、ここは俺が場を和ませておくか。
「まあ落ち着けよ長谷川。ほら、お土産に買ってきたカニのボールペンあげるから」
「……女の子に送るものとして、ちょっとどうかと思うけど?」
「えーお前まで?」
「いやでも地味に可愛さを見いだせないこともないこともないから、もらっておいてあげる」
「それはどっちだ?」
なんか最近の若者言葉が分からなくなりつつある若者のはずの俺。なんか新垣も物欲しそうな目をしていたのであとで魚の形をしたクッキーを上げておこう。もともとは部活で二人と一緒に食べようと思っていたものだが、多少はフライングしてもいいだろう。
そうして長谷川が俺たち、というか柴山に向けて言い放った。
「と・に・か・く、バイト先のことを弄るのはほどほどにしてよね!」
「って、私は言ったはずだけど?」
「いや、その後に悪ノリした柴山が乗り込もうぜって俺と新垣に持ち掛けてきてさ。しかも、新垣が割とノリノリで賛同したんだ」
「凛!?」
「い、いやぁ~一度行ってみたいなーって」
「そんな照れながら嬉しそうな顔されても……」
「友達のバイト先に凸してみたドッキリ?」
「ネット芸人じゃないんだから……」
そうして二人に巻き込まれる形で俺も長谷川のバイト先に凸することになったのだ。高校生がよくやる行為でも上位に入っているだろうこの行為に俺は当初否定的だったのだが、なんか焦る長谷川の顔を見てるとちょっとだけ楽しくなってきた。
「まぁ、来てしまっただけしょーがないか。ほらご主人様ども、席に案内するからキビキビ歩けぇい」
プンスカしつつも俺たちを客として扱ってくれる長谷川。さすがにそこら辺の線引きは分かっているらしく、仕事に従事する長谷川をちょっとだけカッコいいと思ってしまった。俺たちはテーブル席に案内されすぐに長谷川が水を運んできてくれる。
「それでは、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。ご主人様……と柴山」
「俺だけ区切るのかよ!?」
「お前をご主人様と呼びとうないわ!」
そう言ってプンスカ厨房の方へと下がっていく長谷川。線引きは分かって……る、よな? まあ柴山だしいっか。うんうん。
「とりあえず、なんか頼もーぜ」
「そうだね。注文しまくって小鳩を呼びまくろう」
「はははっ、ブレないな二人と……も?」
俺も二人に倣いメニュー表に手を伸ばしたのだが、何だこれ? どれもこれも普通のレストランの倍以上の価格設定だ。いや、サービス料が含まれているというのは分かっているが、さすがにぼったくりじゃね? 二人はこれが当たり前だと思っているのか、それとも俺がこういう場所に無知なだけなのか。一体どちらなのだろう。
(バレたら恥ずかしいけど、ちょっとググろ)
そうして調べてみた結果……ああ、うん。俺が無知なだけだった。というか、むしろ相場より安い。広い視野で見れば良心的な価格だ。
(ううっ、俺のバカ……)
こんなに高いと知っていれば全力で柴山を止めるか俺一人だけそっと帰ってたわ。騙されたと言ったら言いがかりになってしまうが、それでも心臓の鼓動がちょっとずつ早くなってきたのが分かる。え、俺今お金ある?
(とりあえず、一番安いのにしとこ)
というわけで俺は一番安いバニラアイスを選択しておいた。新垣はパフェとアイスティ、柴山はオムライスとオレンジジュースをそれぞれ選んだ。ちなみにソフトドリンクはケチった。だっていいじゃん、水があるんだから。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと……」
そうして俺たちは長谷川を呼び出し(近くにいてくれた)それぞれの注文を伝える。あと俺の注文の時ちょっとだけ笑っていたのを俺は見逃さなかった。うん、馬鹿にされたなこれ。
そうしてしばらく談笑しながら待っていると、またもや長谷川が俺たちの席に料理やデザートを運んできてくれた。というかよく見まわしてみると働いているメイドが長谷川を含めて三人しかいない。俺はケチャップでオムライスに文字を書いている長谷川に聞いてみた。
「なぁ長谷川。この店って人手足りてるのか?」
「うーん、正直なところ微妙かな。厨房の人手が足りなくて、メイドとしてホールに出るはずの人が厨房のフォローに回ることがあるんだ。ま、余計な仕事が回ってきちゃうって感じかな」
「へー」
なんか大変そうだった。ふと厨房を覗いてみると男性のスタッフたちがひっきりなしに動き回って仕事をしていた。確かに大変そうな割に人数が足りてなさそうだな。
「ま、そんなこんなで絶賛スタッフ募集中。小鳥遊くんとかどう?」
「無理。家のことで手一杯」
「ちぇー、せっかく人手が増やせると思ったのに……それじゃごゆっくり、ご主人さま」
そう言ってケチャップをしまいに厨房へと戻っていく長谷川。それを見送りながら俺たちはそれぞれが注文したものを食べる。うん、安い割には美味しいなこのバニラアイス。最近暑くなり始めて来たし今の時期にピッタリだ。新垣も目を輝かせながらパフェにスプーンを入れている。
「あの野郎……やりやがったな」
そう言ってオムライスと睨めっこしている柴山。こいつのオムライスにはケチャップで「ぶたやろう」とひらがなでかわいらしく書かれていた。しかも無駄に丁寧だ。笑いそうになるのを堪え、バニラアイスに舌鼓を打つ。
そうして俺は結局追加で紅茶を注文し、二人とゆっくり駄弁り、時折やってくる長谷川を交えながらのんびりとした放課後を過ごすのだった。ちなみにその後、メイド喫茶のレシートを澪に見られ鬼の形相で詰め寄られるのだが、バニラアイスを食べて口の中を幸せに染める俺はその地獄をまだ知らない。
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