第25話 勘弁してくれよ


 なんやかんやで週末。ポスター関係の話は来週に持ち越そうということで落ち着いた。もちろん俺と柚姉は週末の夜に遠隔で色々とやり取りをするが、まだ仮部員である新垣に負担をかけすぎたため、その辺はセーブするということになった。


 つまり、週末の昼が暇になったというわけで……



「ねぇーお兄ぃ、どっかに遊びに行こーよー」


「何だよお前、いつもぐーたらしてるくせに」


「別にぃー」



 いつにもましてベタベタと腕を絡めて体を密着させて来る澪。膨らみかけの胸が腕に当たっており、非常に身動きがとりづらい。下手に動くものなら「お兄ぃのエッチ」とか言われそうなのであえてこちらからは動いていなかったが、さすがに鬱陶しくなってきた。



「だってお兄ぃ、今週全然私に構ってくれなかったじゃん」


「部活が忙しかったんだよ。帰宅部のお前にはわからないだろうがな」


「忙しいって言っても週2でしょ。それなら、少しは妹を構ってくれてもいーじゃん」



 そう言って拗ねながら器用に空いてる手でスマホを弄り始める澪。本来なら取り上げてやりたいところだが、電子書籍で英語の本を読んで勉強しているため取り上げるわけにはいかない。まったく、どうしてこいつがこんな英文だらけの本が俺より読めるんだよ。



「何度も言ってるが、勉強いいのか?」


「だーかーら、この前の模試でもほぼ満点くらいだったしダイジョーブ」


「……はぁ」



 ほんと、どうして生活能力の欠片もない奴が俺より勉強ができるんだか。俺の努力不足と言われればそれまでなのだが、なんかこうやる気をなくしてしまう。



「ねぇねぇ、ここ行こうよぉ」


「えっとなになに、熱海で一泊二日の温泉旅行……アホかお前っ、そんな金ないわっ!!」


「でもだって、どれも一泊二日だよ?」


「なんで外泊すること前提なんだよ!? せめて日帰り旅行のサイトを見ろって……行くかどうかは別問題だけど」



 のこのこついて行ったら旅館にチェックインしてしまうところだった。というか現在昼前なので今から出かけてもそんなに遠くには行けないだろう。俺も澪もこういうところで無計画さが露呈することが悪い癖だ。



「お兄ぃ、この前友達とゲーセン行ったんでしょ? じゃあ私も何か楽しめるとこ行きたい」


「楽しめるって……この世で何かを楽しむためには代償として結局お金がかかるんだぞ」


「お兄ぃ、さすがに守銭奴すぎ。どうしてそういうとこ気が利かないかなぁ」



 実際のところお金に困っているというわけではなく、むしろ我が家は一般家庭よりはかなり裕福だ。海外を行き来する親の収入と倹約家な俺という要素が長年に渡って組み合わさったことでかなりの貯金が口座残高に積み重なっている。もちろん澪はそのことを知らないし、知ってしまったら色々とせがまれそうなので黙っていることにしている。



「じゃ、これは?」


「変なところだったらぶっとば……ほぅ」


「ね、いいでしょ?」



 澪が見せてきたのは海に隣接する水族館の写真。この前リニューアルオープンした水族館らしく、実は俺も一度行ってみたいと思っていた場所だ。しかも海がすぐそこにあるため、帰りにフォトスポットとして夕焼けを背景に写真を撮る人も多いのだとか。


 俺はソファーに座ったままスマホに手を伸ばし場所と交通手段について調べる。



「ここからだと……電車とバスで一時間かからないか。水族館の入館料もリニューアルキャンペーンで安くなってる。行くなら今か」


「結局時間とお金で決めるんだね」


「そ、そんなことはないって。俺も行ってみたいと思っただけだ」



 まあ、そこまで手間じゃなさそうだなと思ったのも事実だけどさ。というわけで俺たちは昼食を食べた後急いで支度をし、急遽水族館に行くことが決定した。日帰り旅行の午後限定バージョンだ。












「お兄ぃ、疲れた」


「まだ駅のホームだが?」


「早く車の免許取って私をドライブに連れてってよ」


「俺はまだ高二じゃい」



 俺たちは水族館に移動するために近くの駅へとやってきたのだが、家から駅に移動するというだけで澪がなんか疲れていた。こいつ体育の成績は良いくせに、変なところでやる気をなくして俺に寄りかかってくるのだ。今だって俺の肩に頭を乗せている。



「ここからどれくらい?」


「電車で三駅移動して、そこからバス」


「うーん、絶妙な距離感」



 いやビックリするくらい近いだろ。だが最近は中学校の登下校くらいしか外出理由がない妹。正直これを運動と言ってしまうと世のアスリートたちに失礼になるだろうが、ちゃんと外に出て体を動かしてほしい。……って、俺が言えた義理でもないか。



「お兄ぃ、あの電車?」


「ああ、めちゃくちゃ人いるな」


「だる……手でも繋ごう」


「いやどういう流れだよ」



 そう言って本当に俺と手を繋ぐ澪。兄妹とはいえこの歳で手を繋ぐのはさすがに恥ずかしいが、話してくれる様子はなさそうなので仕方なくこのまま電車に乗り込む。満員電車ほどではないが、かなりの人ごみだ。



(さすがに痴漢とかはないだろうが、澪を電車端の方に追いやっとくか)



 そう言って扉に澪を押し付けそこに壁のように反り立つ感じで立ち尽くす俺。手を繋ぎながら正面に立つのは少し気恥ずかしいが、こうすれば俺の背がバリケードになって誰も澪に近づくことができない。我ながら少し妹に対して過保護すぎるだろうか。すると、そんな俺のことを見て澪が一言。



(痴漢プレイ?)


(馬鹿か! 勘違いされるようなことをニヤニヤしながら小声で言うな!)



 本当に可愛げのない妹だ。しかもこいつ俺が困るのをわかって手を繋ぎながら器用に体の前面を押し付けてくる。こいつは俺を犯罪者にしたいのだろうか。しかも手を離そうとしても強く握られている上に狭い空間のため上手く振りほどくことができない。



(ふふ、お兄ぃ顔赤くして可愛い。ドキドキしてるの?)


(ある意味ドキドキしてるよ。ある意味な)



 どうせ変に言ってもさらにからかわれることが目に見えているため俺は適当に澪のことをあしらって精神を無にすることにした。つまらなさそうにする澪だが、俺で遊ぶのは諦めたのか外の景色を眺めている。そういえば俺が知る限り澪が電車に乗るのは初めてなんじゃないだろうか?



(それにしても、兄妹水入らずで遠出するっていうのはいつぶりだ?)



 この前は一緒にショッピングモールに行ったが比較的近所と言えるため遠出とは言えないだろう。さっきは家で強くいってしまったが、二人で小旅行に行くのも存外息抜きになっていいのかもしれない。もちろん条件は滅茶苦茶厳しくするが。



「あ、お兄ぃ次の駅じゃない?」


「そうだな。バスまであんま時間がないからちょっと走るぞ」


「えーめんどい。お兄ぃ私の事おぶってよ。それかお姫様抱っこ」


「メンヘラからメルヘンにジョブチェンジかお前。ほら、もうすぐ扉が開くから一気に行くぞ。お前の体育の成績が悪くないこと知ってんだからな」


「あーい」



 ちなみに澪の体育の評定は5段階中の5であり悪くないどころか最高評価である。そうして電車の扉が開くのと同時に駅のホームへと飛び出し改札を出る。予想より人混みが少なかったためすんなりとバス停がある駅の出口に辿り着くことができたが、今度はバスの乗り場が多くて迷ってしまう。



「えっと、2番乗り場はどこだ?……」


「お兄ぃ、段取り悪すぎ」


「お前が行きたいって言いだして、午前中に調べたんだからしょうがないだろ」



 その後無事に澪がバス停を発見してくれ、何とかバスに遅れず乗ることができた。そして運がいいことに乗客が少なかったため後ろの方の席に座ることにした。隣り合って座る俺と澪。だが俺にはちょっと疑問があった。



「なぁ澪、いつまで手を繋いでるんだよ」


「え、ずっと」


「そろそろ手汗がヤバいとかそういう次元じゃなくなってきたから離してくんない?」


「んー、いやです」


「いや、でも……」


「いやです」


「たの……」


「いやです」



 そう言って俺の手を一切離そうとしない澪。澪は普段はぐーたら適当に過ごしているが、一度決めたことは最後までやり通す謎のプライドを持っている。今回もそれが嫌な場面で働いているようだ。



「そうだ。じゃあ……」



 そんな呟きと共に俺の手を離す澪。やっと満足してくれたかと思った次の瞬間には、俺の指の隙間を縫うように小さい指を搦めてさらに密着するような繋ぎ方をしてきた。俗に言う恋人繋ぎである。



「お、お前なぁ!?」


「まぁ、お兄ぃの保護者として?」



 ドヤッ!


 ムカつくほどのドヤ顔で笑顔を決めてくる澪。あと保護者ってどちらかと言えば俺のことだし履き違えてくれるなよ。


 なんというか今日の澪はいつにもまして妥協とか遠慮という言葉が心の辞書に存在していない。この数日で俺が澪に構わなかった分をここで採算するつもりなのだろうか。可愛らしいというか、少し攻めすぎというか……



(勘弁してくれよ……澪)



 本当、俺はこいつをとんでもない妹に育ててしまったものだ。最初に断言しておくが、俺は澪のことが嫌いというわけではないし、実のところ女の子として意識したことがないと言えば嘘になる。ただでさえ澪は可愛いのにこれで家事とかを手伝ってくれれば、俺はもしかしたら……




 こうして羞恥と不安を抱えたままバスは俺たちを乗せて水族館へと向かっていくのだった。










——あとがき——

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