第24話 どうしてこんなことするん?


「寝てたなら起こしてくれよ」



 いつの間にか部室でぐっすりと眠っていたらしい俺はこちらを眺める柚姉を見て開口一番にそう言う。部室を見回すと新垣の姿はすでになく、もう帰宅したのだということが予測できる。あいつもかなり頑張っていたし疲労しているのだろう。


 そして俺を待っていたのかずっと部室にいた柚姉。さすがに寝ていたのでわからないが柚姉のことだから絶対に何か悪戯をしてる。



「……」


「スマホの内カメラで自分の顔を見ても、落書きなんてしてないからね? 子供じゃあるまいし」


「どこがだよ」



 俺からしてみれば柚姉は悪戯好きのちょっと大きな子供みたいなものだ。それこそ昔はたくさんからかわれたりした。後ろから急に抱き着いてきて耳を舐められたり、もっと小さい頃なんて澪と結託して風呂場に突入してきたり……中学に上がる頃にそういうのはなりを潜めていたのだが、俺が新垣と関わり始めてから再燃している疑惑がある。



「本当に何もしてないんだな?」


「しつこい男はモテないよ、楽」


「余計なお世話だ」



 そう言って自分の身なりを確認するが特に乱れているとかはない。どうやら本当に俺には何もしていないのだろう。なんか怪しさが拭いきれないが、とりあえず柚姉を信じることにするか。


 ちなみに寝ている間に寝顔を大量に撮影され、それを澪に共有されていると知り恥ずか死ぬのは柚姉と別れて家に帰った後のことである。



「新垣は帰ったの?」


「仮部員ならトイレ。ほら、そこに荷物が残ってるでしょ?」


「あ、ほんとだ」



 てっきり帰ったと思っていたが、新垣も柚姉と一緒に俺が起きるのを待っていてくれたらしい。外を見ればすっかり日が暮れているので、悪いことをしてしまったと胸を痛ませる。



「……鍵と仮部員置いて二人で先に帰ろうか?」


「柚姉よく鬼畜って言われない?」



 さすがに可哀想すぎるだろ! 待たせておいてそんなことしたらさすがに縁を切られるわ!



「冗談はさておき」


「冗談かよ」


「楽が眠りこけてる間に色々と話し合いは進んだから、今日はもう解散」


「悪いな」



 もともとは柚姉と遠隔で資料作成をしていたため昨晩眠れなかったのだが、柚姉の態度を見るにそのことについては反省しているらしい。なら俺も特に追及することはあるまい。



「ただいま帰り……あ、小鳥遊君おはよ」


「ああ新垣。眠っちゃって悪いな」


「ふふ、大丈夫だよ」



 ちなみに柚姉が寝顔の写真を共有していていたのは澪だけじゃなく新垣ニモだったのだが、そのことを俺は知らないし知ることはなかった。そんなわかるわけもない裏事情があるため、俺はなぜ新垣がちょっとだけ機嫌が良さそうなのかわからず戸惑ってしまうのだった。



「今日はもう遅いし解散。どうせ昇降口も締まってるだろうしね」


「そうなんですか? 私こんな時間まで学校に残ったことがないから知らなかったかも」


「もし昇降口が閉まってても無理やり鍵を開けて出ようとしないで。それをやった別の部活の人がこっぴどく怒られてたから」



 確かに防犯上の都合でよくないよな。一応教科書などの貴重品はロッカーに入れて鍵を閉めているとはいえ、不審者が入る隙があるだけで大問題だ。さすがの俺もそんなことをする度胸はないのできちんと下駄箱から靴を持って職員用の正面玄関から出るようにしている。ちなみに正面玄関は中からは開くものの外からは開けないという都合のいい仕様だ。



「あ、別にやりたければやってもいいよ。やった瞬間に仮部員に退部届を通知するけど」


「どんな脅しですか!? というか、私まだ入部届にもサインしてないんですけど!」


「入部届は仮期間が終わってからでいい。最も、それまで続くかどうか」


「負けません!」



 帰宅しようというところで謎のバトルが繰り広げられていた。普段は無視して関わらないようにするか止めに入るかという極端な選択をする俺だが、今回は睡眠をとったことでエネルギーが有り余っていたということもありすぐさま止めに入った。



「ほら二人とも、もうそこかしこが暗くなってきたから早く学校出るぞ!」


「「はーい」」


「……やけに素直だな」



 そう言って昇降口まで下駄箱を取りに行き正面玄関から出た俺たち。俺はまず駐輪場へ行って自転車を取りに行き、柚姉と相談した結果二人で新垣のことを送っていくことになった。こんな暗い時間に女の子一人を返してはいけないという以前の教訓だ。



「まったく、どうして私が逆方向の道を……」


「まあまあ、たまには遠回りも運動になっていいじゃん。柚姉はずっとゲームしてるし、健康状態とか明らかにアレだし」


「ププッ」


「仮部員、今笑った?」



 そんなこんなで賑やかに夜道を歩いた俺たちは無事に新垣を家まで送り終え、その後は柚姉を家まで送る。柚姉に関しては途中で別れようかとも思ったのだが、ここまで来た以上最後までちゃんと送り届けようという男の意地を見せた。まあ、俺が眠りこけたせいでこんなに帰宅時間が遅れたんだし、しょうがないと言われればそれまでだ。



「それに……」



 性格的に一番危惧すべき澪のことも柚姉が事前に連絡を入れてくれていたようだ。前はそういう連絡をしなかったため澪のメンヘラモードを発動させてしまったのだ。



『澪ちゃんには私から連絡を入れておいたから安心して。今頃、スマホを食い入るように見つめてイケナイことでもしてるんじゃないかな?』



 一体何をしたのかはわからないし後半が意味不明だが、とりあえず柚姉には感謝だ。もし連絡を入れずにこんなに遅く帰ったら澪がどんな精神状態になっていたか考えるだけで恐ろしい。だが柚姉のおかげで気兼ねなく帰れるだけ気が楽だ。多少はどやされるかもしれないが、全然許容範囲なのである。



「ただいまー」



 家全体に響き渡るように声を出すものの、特にこれといって声は聞こえない。だがリビングの扉からわずかに光が漏れ出ているので恐らく澪がテレビを見ているのだろう。相変わらず部屋の電気をつけないのが解せないが、目が悪くなるのでこの際注意しておこう。



「おい澪、ただいまって言ったんだからおかえりくらい言っても……ブフッ!?!?」



 リビングの扉を開け開口一番澪に注意した俺だったが、その中での光景に目を疑う。正確には、今映っているテレビ画面だ。



「ぽぉ~……あ、お兄ぃおかえり~」



 何時にもまして機嫌よく挨拶を返してくれる澪だが、今の俺はそれどころではない。今テレビに映っているのはリアルタイムで放送されているテレビ番組でも録画でもなく、スマホから出力されていると思われる画像。そして、そこに映っている見覚えしかない人物。



「なんで俺の寝顔がテレビの大画面に映ってるんだよ!?」


「撫子ちゃんが送ってくれたの」


「あーもうっ、柚姉ぇぇーーーーーーー!!!」



 俺はついそう叫んでしまうが先ほど別れたばかりなのでその声は届かない。しかも移されている俺の寝顔にはご丁寧に猫のひげや瞳など、好き勝手に落書きされており、この前柴山たちと行ったプリクラを彷彿とさせる。どうしてこんなことするん……って、今はそんなことを気にしている場合じゃない。



「なんでこれをわざわざリビングの無駄にでかいテレビに出力してるんだよ!」


「せっかくだから大画面で楽しもうかなって」


「お前は富豪か! いいから早く消して普通にテレビをつけなさい。あと、ちゃんと電気つけとけよ」


「うぅ、光魔法は日光だけで十分……」


「ドラキュラかよ。ったく、変な汗かかせやがって」



 とりあえず柚姉にはあとでクレームの電話を入れておくことにして、俺は冷蔵庫を漁りせっせと夕飯の準備を始める。さっき眠ったからかわからないがお腹が空いてる。昼は食欲がなくてあんまり食べれなかったし、今日はガツンと食べたい。



「とはいっても凝ったものは何も……ラーメンでいっか」



 とりあえず困ったときのインスタント麺に頼ることにする。アレンジして別のものにしようかとも考えたが、とりあえずお腹が空いているので普通に作って普通に食べたい。澪もいるのでとりあえず一気に三玉分を開封することにした。



「今日ラーメン?」


「ああ、嫌か?」


「別に」



 こういう時好き嫌いをしない妹の性格が嬉しい。いつもは極限にだらしない澪だが、なんやかんやで澪も俺のことを思いやっているところがありそんなところが憎めないところで……



「って、なんでまた俺の寝顔を大画面に映してんだよ!」


「あ、バレた」



 ちょっと誉めてやろうと思ったらこれだよ。とりあえず今日決めたことは三つ。今日は早めに寝て、澪にこの画像を削除してもらって、柚姉を問い詰め説教……以上!

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