第23話 気にしない


「マジできつかった」



 部長からの理不尽な要求を渋々受け入れおよそ二日。新垣のことをフォローしつつ何とか部長と協力してポスターのサンプルデータを完成させることができた。次の日の朝から教室で必死になって本の虫となっている新垣。投げ出してバックレても不思議ではないのに、頑張ってくれていたのは本当に嬉しかった。


 俺は俺で家に帰ってからも柚姉と通話をつなげながら共同でポスターを制作していた。たびたび柚姉が変な所に線を引いたりするのでその修正が大変だったが、とりあえず何とかなってよかった。別のパソコンを使って同じ資料を作れるとは、最近のコラボレーション機能は本当に便利だ。



「むにゅう」


「大丈夫か新垣?」


「にゃ、にゃんとか……」



 どうやら新垣は授業中にも隙があれば本で勉強してくれていたらしい。俺も軽く読ませてもらったが、内容は簡単なのだが単純にページ量が多いので大変だ。事前知識があるかないかで努力具合が相当変わってくる。



「ふふふ、どうして私は惑星の別名や神話を覚えているんだろう、占いをするだけなのに……」


「とうとう悟りだしたね凛」


「天文部って、あんなんだったか?」


「期間限定イベントみたいなもんだよ」


「小鳥遊君、ゲームで例えるのはイクないと思う」



 良くも悪くも天文部の方向性がよくわからなくなってきた。だがこの取り組みは個人的には悪くないものだと思っているので俺は最大限協力するつもりだ。新垣が犠牲で終わるのかどうかは正直運次第といったところだろうか。



「じゃあ、今日も遊びに行けないか。もう、凛が遊んでくれないとつまんないじゃん」


「そういって小鳩はほかの子たちと遊びに行くことあるでしょ。私、この前置いてけぼり食らったことまだ根に持ってるからね?」


「ぐぅ、それを言われると正直何も言えない……」



 あっちはあっちでいろいろと苦労しているようだった。とりあえず俺と柴山は女子二人から距離を置き静かに昼食をとっていた。



「珍しいな。お前がお弁当持ってくるなんて」


「昨日は夜遅くまで起きてたし、このまま寝てもどうせ起きれず遅刻するだろうなって思ったからずっと起きてたんだよ。弁当作りはまぁ、眠気覚ましの一環だ」


「つまりオールか。ご丁寧に缶コーヒーまで持ってきてよ」


「妹は俺の顔見て悲鳴上げたぜ。ゾンビがいるって」



 いつも通り朝になったら澪を起こしに行ったのだが、俺の顔を見た澪は開口一番に戯言を言うわけでもなくただただ『ぎゃぁぁぁ』と叫んでいた。いったい何度と思って鏡で自分の顔を見たのだが、確かにゾンビみたいな顔をしていた。


 今のところは何とかカラークリームや澪に化粧をしてもらって誤魔化している。いつもは家を出かける直前まで寝ぼけている澪が物凄く協力的になってくれるくらいには俺の顔が終わっていた。今は何とかカフェインの摂取でやり過ごしているが、たぶん部活まで持たない。


 ようするに、今日の俺と新垣はお疲れコンビというわけだ。



「つまり、小鳥遊君が凛のことを寝かせてくれなかったってこと?」


「語弊が生まれる言い方はやめろ。あと、強いて言うならそれをしたのはうちの部長だ」



 柚姉も寝不足になるんじゃないかと危惧していたのだが、昨日の通話を切る際に言われた一言。



『あ、大丈夫。私ショートスリーパーだから』



 なら何で俺のことを付き合わせた?



「完全に弄ばれてるよなー俺」


「へぇ、酷い奴がいたもんだな」


「お前や長谷川もたいがいだけどな」


「あれ、私も!?」



 巻き込まれるとは思っていなかったのか驚いた顔で俺のことを見てくる長谷川。お前らにはこの前のゲームセンターでの前科があるだろうが。都合のいい時だけ忘れやがってまったく。



「というか楽、そんなボロボロな状態で大丈夫か? 今日も部活あるんだろ?」


「ああ、正直帰ろうか迷ってる」


「いや即決で帰るを選択しろよ。根が真面目なのも考えようによっちゃマイナスだぜ?」


「新垣があれだけ頑張ってるんだ。俺も先輩としてさ、ほら?」


「マジかお前」



 信じられないような顔をして俺のことを見つめる柴山。だがそんなことを気にするだけ損だし負けたような気がするので、俺は無視して自分で作った弁当を食べ進める。うん、やっぱり卵焼きは甘めが好みです。



「小鳥遊君……」



 俺の名前を呟いてこちらを見つめる新垣。やっぱり新入部員にだけ負担をかけるわけにはいかないし、それに俺だって天文部のために頑張りたいのだ。新垣の表情はどこか疲れが吹き飛んだように見え、より必死に参考書にかじりつくようになった。あれ、むしろ逆効果だったか?



「まったく、小鳥遊君には本当に色々と責任取ってもらわなきゃね」


「そりゃ、こういうことやらせてるし責任はとるさ」


「ずれてんねぇ。ま、そういうところが小鳥遊君の長所なんだろうけど」


「は? どういう意味だよ」


「気にしない気にしない。あ、唐揚げもーらい」



 そう言って長谷川は自分が持っている箸で俺の唐揚げを強奪した。



「ちょ、それ結構気合入れて作ったやつなんだけど!?」


「ふふふ、油断する方が悪いのだよ。ほら、代わりに私のひじき食べなよ?」


「等価交換という概念を知らないな?」



 このままでは調子に乗った柴山も俺のお弁当に手を出しかねないので大人しく長谷川のひじきの煮物をもらっておくことにする。あ、これ結構おいしい。話を聞くところによると長谷川のお弁当は彼女自身が作っているのだとか。結構侮れないな長谷川。



「ぷくぅ」



 その一連のやり取りを見ていた新垣はなぜか頬を膨らませ拗ねていた。まあ、親友が男とこういうやり取りをしていたら気に食わないとも思うか。これからは気をつけ……長谷川相手に通じるだろうか?



「ま、二人とも頑張りなよ。私はバイトで見に行けないけど」


「いや、本来は見に来るようなものでもないんだが?」


「細かいことは気にしないって言ったじゃん。あと、部活が終わったらちゃんと休むようにね」


「「は~い」」



 おざなりな返事を返す俺と新垣。とりあえず午後の授業を乗り切ればその後は部活。よし、頑張るか!




   ※




 放課後



「楽、起きて楽」



 天文部の部長、撫子は部室の机に突っ伏す楽を起こそうとするが全く起きる気配がない。その隣で同じように困り果てている仮部員こと新垣。最初はみんなでポスターのことについて話し合っていたのだが途中から楽が寝落ち。さすがにこのまま話し合うわけにはいかず困り果てていた。



「……無理させちゃったかな」


「そりゃそうですよ! 夜遅くまで作業してたって言ってたし」


「いや、私の生活基準でやってたせいで、常人の生活リズムを忘れてたんだよね」


「無理をさせた理由が自分の無意識高スペック!?」



 頬を突いてみたり何度も呼び掛けてみるが微塵も動かない楽。静かな寝息が部室の中で木霊していた。



「部活が終わるまでこのままにしよ。仮部員は私と続き」


「えぇ、続けるんですか?」


「……それもそっか。じゃあ私は楽であーそぼ」



 そう言って髪を撫でたり再び頬を突っついて遊び始める撫子。それを見た新垣は昼と同じように頬を膨らませる。



「……羨ましい?」


「べ、別にぃ?」


「じゃあ一生仮部員のままで」


「唐突なバッドエンド!?」



 新垣はそう言っているが実際羨ましいのは事実だった。だが彼女にその一歩を踏み込む勇気がなかったのだ。だからこそ、この二人の関係性が羨ましい。


 今だって撫子は寝ている楽とツーショットを撮ったりとやりたい放題。本当に反省しているのかはわからないが、仲が良いことは変わりない。そんな様子を見かねたのか、撫子は新垣にちょっとしたアドバイスをする。



「別に変なことを言っても楽は気にしないと思うけど。だってにぶちんさんだし」


「そ、それはさすがに酷いんじゃ……」


「心当たりない?」


「……ある」



 頑張ってアプローチ(?)してみたが、なびく様子すらない楽を見てみるとさすがの新垣も自信がなくなるというものだ。さすがに色々と不安になってしまう。



「まあ楽、恋愛方面に関しては奥手だからね」


「そうなんですか?」


「楽にも色々とあったってこと。特に小学校のときなんか当時の親友と……あ、やっぱこれなし」


「えぇ!? 気になります!」


「さすがに本人に確認を取らないでこの話をするのはね。というか、仮部員が図に乗るな」


「急に距離感縮めてきたり辛辣になったり、何なのこの人」



 とりあえず楽にも色々と抱えているものがあると大雑把に理解した新垣。唯一分かるのはこのままでは現状が何も変わらないということ。やっぱり親友である小鳩の言う通りもっと積極的にアプローチを……



「んんっ……」


「「!?」」



 楽から呻くような声が聞こえてきたので思わずビクッとしてしまう二人。だが楽はまだまだ起きる様子はない。二人は揃って胸をなでおろす。



「……負けない」


「私だって!」



 そう言ってお互いにバチバチと視線をぶつけあう二人。結局のところ二人の根本的な部分は同じ。それならば、ここからは普通に恋愛合戦だ。だとすれば、お互いに譲ることなどありえない。たとえここに、澪が加わったとしても。


 こうして結局今日の部活動はポスター作製を進めることはなく、普通に集まって駄弁って終わることになった。ちなみに楽は柚姉に写真を撮られまくり、それを澪に共有され恥ずかしさで悶絶するのだった。










——あとがき——

新生活忙しすぎて更新滞ってましたすみません。

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