第15話 バレた
「お兄ぃ、何か私に隠してることない?」
澪はヒステリックになって取り乱すことならよくあったが、このように脅すような目で見られるのは初めてだった。すべてを射抜くようなその目に、俺は思わず硬直してしまう。
「ねぇ、何か知ってるんでしょ? ねぇ?」
「な、何かって?」
「コレ」
澪が見せてきたのはスマホの画面だった。どうやら誰かとやり取りをしていたみたいで、そのメッセージの履歴が画面に映し出されていた。相手は……父さん?
「ここに書かれてる『本当の家族のこと』って、どういう意味?」
「……おぅ」
(マ、マジで!? なに余計なこと漏らしてくれてんだよあの親父は!!!)
俺は澪からスマホを取り上げ、画面をスクロールし履歴をたどる。どのような会話の流れからそのようなことに繋がったのか調べなければ。
——— 今日 ———
『じゃあ明日帰るから~(>_<。)\』
『うん』
『進路は決まった?( •̀ ω •́ )✧』
『うん』
『よかったヾ(≧▽≦*)o』
『あ、そういえば(╹ڡ╹ )』
『澪も高校生になるし、あのことについて話しておきたいな(* ̄3 ̄)╭』
『は?』
『澪の本当の家族のこと(。^▽^)』
『え』
『なにそれ』
『わたしきいてない』
『詳しいことは楽か柚ちゃんに聞いといてo(^▽^)o』
『じゃ(;´д`)ゞ』
「なんだこのふざけた会話のやり取りはぁぁぁ!?!?!?」
親父が爆弾を投下するも最後の最後で俺と柚姉に投げてきやがった。というか親父、顔文字使いすぎだろ!? イマドキの女子高生でもこんな気持ち悪い会話は作らないぞ。あと澪も単調な会話しか返してねーし。
俺はチラリと、リビングテーブルの椅子に座る柚姉の方を見る。すると彼女はちょっと涙目で俺の方を見つめて来た。いつもはなんやかんやで頼れる柚姉が、この時ばかりは小動物に見える。
「撫子ちゃんに問い詰めても何も教えてくれないし、お兄ぃのこと待ってたの。お兄ぃは、知らないはずないよね、ね?」
「……澪ちゃん、コワカッタ」
どうやら柚姉は俺が新垣を送るために玄関を出てからずっと澪に本当の家族ついて聞かれたのだろう。この件についてはだいぶ昔に柚姉にも事情を話していたな。
たしか小学校低学年の時だった。初めて澪と柚姉が会った時には
『らく、いつのまにかのじょできたの!?』
と言いながらものすごくびっくりしていたしな。俺と澪が義理の兄妹だということを話すと柚姉も意を汲み取ってくれたのか、まるで自分の妹のように接するようになっていた。きっと柚姉なりの優しさだったのだろう。そしてそこら辺のデリケートな話題を出さずに数年が経過し、仲の良い姉妹のような関係に落ち着いていた。
そして今、現在進行形でそれが瓦解しようとしている。
「撫子ちゃん、ずっとお兄ぃの名前呼んでたよ? 心細かったんだろうね。あーあ、悪いお兄ぃ」
「いや、お前が無理に聞き出そうとするからだろ」
「私も悲しかったなぁ、みんな揃って私に隠し事……私だけのけ者……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……」
「お、おい落ち着け!」
だめだ、完全に理性が吹き飛んでる。こう見えても澪は頭がいい。それこそテストで学年一位を取ってくるくらいには。
父親とのメッセージ、柚姉の態度、俺の慌てよう。それらのピースが揃えば賢い澪はおのずと結論に辿り着いてしまう。
「ねぇ、私とお兄ぃって、家族だよね?」
「あ、当たり前だろうが」
「それって、義理の?」
「……っ!」
だめだ、完全に真実に辿り着いている。誤魔化すことはできるかもしれないが、柚姉も怯えていることからそれは難しいと判断する。もしかしたら、真実を話す時が来たのかもしれない。
(いつかは話さなきゃいけなかったことだし、誤魔化しても仕方ないか)
俺は数年間に及んだ誤魔化しにケリをつけるべく真実を話すことを決めた。俺の顔を見て悟ったのか、柚姉も俺の覚悟を見届けるようだ。
「確かに、俺とお前に血の繋がりはない。それは認める」
「!?」
「けれど、俺はお前のことをずっと本当の妹として……」
俺が思い思いの感情を伝えようとする中、ふと口が止まってしまう。一瞬だけ驚き無表情になった澪の口の端が吊り上がったからだ。そして、俺の肩を掴んで揺らしながら執拗に確認してくる。
「ホント!? 私たちって血が繋がってないの? つまりお兄ぃは義兄なの? 私は義妹なの? そういう認識でいい? 間違ってない?」
「あ、ああ。確かにそうだけど、でも俺は……」
「そっか……そうなんだ! フフッ」
俺が頑張って言葉を紡ごうとする中、澪はなぜか嬉しそうに一人で笑っていた。なんというか、カッターでお絵かきをしていた時より断然怖い。柚姉もあちゃーと言いたげに顔を手で覆って天を仰いでいた。なんだ、何が巻き起こっているんだ?
「いいよ、お兄ぃ。許してあげる、黙ってたこと」
「あ、うん……って、え?」
「私、今すっごく機嫌がいいから!」
なぜか急に上機嫌になった澪に許された俺。一方の柚姉は顔が真っ青になったかと思えば悔しそうにぐぬぬと目を細めていた。
「あ、撫子ちゃんはもう帰っていいよ。お泊り会はナシで」
「あれ、さっきは泊ってってもいいって……」
「ナシで」
「あ、はい」
柚姉が少しばかりの抵抗を見せようとしたが澪の圧に押しつぶされた。いや、確かに今の笑顔は滅茶苦茶怖かったな。ずっと一緒にいる俺でさえあれを向けられたら竦んでしまう気がする。
「あ、お兄ぃ明日の約束は予定通り守ってね。一緒に自転車直しに行くやつ」
そうして明日の予定を告げながら不気味な笑顔を浮かべたまま澪は自室へと向かっていった。
「はぁーもう、づかれだぁぁ」
そう言って机に突っ伏してしまう柚姉。どうやら俺が帰ってくるまでの一時間の間で怒涛の勢いで詰め寄られ追及を受けたらしい。まあ、さすがに同情してしまう。遊び気分で家に来たのにこんなことになったんだから。
「楽、これからどうするの?」
「どうするって?」
「いや、凄いことになるよきっと」
「うーん、やっぱりそうかな?」
確かに澪は今までで俺に対してべったりだった。そして血の繋がりがないと知った瞬間のあの反応。これからどのような行動を起こすか予想できないというのが本音だ。こんなことなら明日の約束は最初からしない方がよかった。
「はぁ、私がどんな思いで澪ちゃんと……ま、今更か」
「柚姉?」
「抑え込んでた澪ちゃんが本気出しちゃうんだもん。私だって、覚悟決めなきゃ!」
そう言って柚姉は椅子から立ち上がり帰り支度を始めた。どうやら今度こそ帰るらしい。
「送っていこうか?」
「いい、一人で帰る。走って」
「そうかわか……走って?」
「こういう時は、走るって相場が決まってるでしょ?」
そう言いながら柚姉は家を出ていった。とりあえずこの辺は治安がいい方だし家も近いので大丈夫だろうと信じることにする。柚姉なら不審者が現れても荷物ぶつけて逃げそうだし。
「まったく親父め、今度会ったら足つぼ地獄に付き合わせてやる」
とりあえず専用のマットでも買っておくことにしよう。そんなことを思いながら俺も夕飯の支度を始める。何故だかすっかりお腹が空いてしまった。どんな状態であれ、とりあえず栄養の補給をしたい。
「澪、何か食べたいものあるかー」
「なんでもー」
俺が澪の部屋の方に向かって叫ぶと、澪も同じくらいの声量で叫び返してきた。珍しいな、あんなに大きな声でハキハキ喋るの。きっと今回の出来事で澪の中でも何かが変化しているのだろう。はたしてそれが、良いものなのか悪いものなのか。
「とりあえず、飯食ってから考えよう」
俺はこれから訪れるであろう修羅場に備えて、きちんと補給をするのだった。
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