第14話 懐疑的な感情
澪を説教するために集まった集会はどこへやら、なぜか最後はゲーム大会が開催され柚姉のドン勝で終了した。ちなみに柚姉に勝てた人は一人もおらず、実質的に一対三の勝負となってしまった。
柚姉には協力をしても勝てなかったのだが、時々その結束を裏切って澪が俺のことを場外に吹き飛ばすのだ。しかも絶対ワザとなのに「よくもお兄ぃを!」とか言って誤魔化している。あの時ブチギレなかった俺のことを褒めてほしい。
「はぁ、みんな弱いね。それとも私が強すぎるのかな?」
柚姉がベタな小説みたいなことを言っていたが俺たちは全員それを無視してお菓子をつまむ。というか柚姉、人の家のお菓子をノータイムで開封するのは良くないと思うのだが?
「というか、そろそろ遅い時間になっちゃったね」
「あ、ほんとだ。私ぜんぜん時間見てなかったです」
「帰るの? 明日休みだし別に泊ってってもいいのに」
ゲームに熱中していたせいかすっかり時間を忘れてしまった俺たち。気が付けば日が暮れてあたりは真っ暗になっていた。柚姉はともかく、新垣はここから家まで少し距離があるからマズいだろう。あと澪、宿泊とかそんなこと俺が許可するわけないだろぉ!!!
「あ、仮部員は帰っていいよ。私はお泊り……」
「させるかぁ!!!」
柚姉が澪の言葉を真に受けてまたゲーム機に手を伸ばそうとしていたのでそれを全力で阻止する。あと新垣も何気に顔が真っ赤になっているし、せめて慌てて拒否したりしてくれ。
お泊り会とか女子会の類を開催させるわけにはいかないので、俺は二人(主に柚姉)に全力でお帰り頂くよう抗議する。すると俺の熱が伝わったのか口を尖らせ荷物をまとめる柚姉。まるでおもちゃを買ってもらえなく拗ねて暴れまわった後の子供みたいなテンションだ。
というか、年頃の女子として男子がいる家に泊まるとか世間的に見てよくないだろ。せめて躊躇してくれ……五秒くらいは。
「ふぅ、それじゃ帰るよ仮部員」
「あ、はい」
そうして二人は揃って玄関まで歩を進める。澪はソファーの上でスマホをの画面と睨めっこをしている。リビングを出るときにふと見えたのだが、何か物凄く驚いた表情をしていたような。まあ、玄関まで客を見送りに来れないほど重要なことなのかは後で聞けばいいだろう。くだらない理由だったら説教だ。
「それじゃ二人とも、また来しゅ……」
玄関で見送ろうと思った俺はふと気が付く。柚姉は家が近いのでともかく、新垣をこのまま一人で返してしまっていいのだろうかと。
俺は柴山と話し合いあの夜のことを新垣に話さないと決めたのだ。理由としては新垣にこれ以上余計なストレスを掛けないということ。そして物騒なことをしでかしたと知られたら、自分のせいだと新垣が自分自身を責めてしまうかもしれない。これら精神面の問題を考慮してのことだった。
先日柴山が根本的な問題を解決してくれたとはいえ、新垣が心に深い傷を負ったことに間違いはない。それにあの日のことを話すわけにはいかないので新垣にもう心配はいらないと迂闊に話すこともできない。つまり、新垣をこの暗い中一人で帰すのは非常に不安だ。
「新垣、よければなんだけど家まで送っていこうか?」
「……ぇ」
俺がそう提案すると新垣は表情が抜け落ちたようにポカンとし、首を傾げ困惑していた。そして隣にいる柚姉は新垣の隣で静かに驚いていた。
「えっと、嬉しいけどもう遅い時間だから、小鳥遊くんにも迷惑だと思うし……」
「この夜道を一人で帰らせたと長谷川に知られたら、怒られるのは俺だ。違うか?」
「あ……うーん?」
俺がそう言うと新垣は目を伏せて考え始めた。長谷川は普段は適当で奔放な性格をしているが、その分友達想いの奴だ。それに加え先日の夜新垣のことを一人で帰してしまったことを後悔していた。このまま新垣を一人で帰したら俺は長谷川に説教を食らうだろう。
「えーっ、楽ってば大胆」
「いや、そんな棒読みで言われても」
「私も女の子だけど、私のことは送ってくれないの?」
「家近いだろ」
「そうだね、さほど時間はかからない。でも知ってる? その短い時間でどれだけの犯罪が行われてきたか」
「あー分かったよ。どうせ方角もほぼ同じだし、送ってやるよ」
「わーやったーうれしーなー」
俺がそう言うとまたもや棒読みで喜んでる風の雰囲気を出す柚姉。新垣は相変わらず状況についてこられていないようだったが、柚姉も一緒に送るということで自分だけ送ってもらうという罪悪感が消えたのかもしれない。
(というか、まさか)
柚姉、もしかして新垣が気に病まないように自分の事も送ってくれと提案したのだろうか。この人は相手の感情を読み取るのが上手い。昔は俺もそれに翻弄されたり救われたりしたのだ。もしかして、柚姉は新垣のために……
「ま、仮部員は別に一人で帰ってもいいけど」
あ、全然そんなことなかった。むしろ勝ち誇ったようにドヤ顔を決めているわ。しかも謎の火花が生まれているし。まあ、どちらにしろ送りやすくなったのは事実だ。
「それじゃ二人とも、急いで送るからさっさと……」
帰るぞ。そう言おうとしたときにリビングの方からトタトタとやかましい足音が聞こえてくる。もちろんその正体は澪だ。澪はなぜか急いで玄関まで来て俺たちのことを呼び止める。
「ごめん、撫子ちゃんちょっといいかな?」
「あれ、どうしたの澪ちゃん?」
「少し、聞きたいことがあって」
「?」
澪は何か物凄く焦っているような表情をして柚姉のことを呼び止める。どうすると柚姉に視線を向けるも、すぐに俺の方を見て頷いた。どうやら、澪の様子がおかしいことに柚姉も気が付いているようだ。
「わかったいいよ。楽、仮部員のことを」
「あ、ああ。わかった」
そうして俺と新垣はそのまま家の外に出る。二人の様子に新垣も困惑しており、心配そうな顔をしていた。だが気にしても仕方がないので俺たちは新垣の家に向かって歩き始めることにする。
「澪ちゃん、どうしたんだろ?」
「さあな。柚姉が残ってくれてるから大変なことにはならないと思うが」
「大変なこと?」
「ずっと昔にああいう状態で少しの間放置したことがあってさ。その時はカッターで床にお絵かきをしてたんだよ」
「それはお絵かきなの!?」
ちなみにその時の絵は今もリビングのカーペットの下に眠っている。どうやら俺と二人で遊んでいる絵を描いていたらしいが、あれはどこからどう見ても炎に焼かれ苦しんでいる子供にしか見えなかった。
「まあ、柚姉なら大丈夫だ」
「信頼してるんだね」
「多分、俺以外で一番仲が良い」
澪がどのような学校生活を送っているかは詳しく知らないが、たぶん友達とかも最低限しか作ってない。毎日早く家に帰っているのがその証拠だ。とはいえ学校に行くのを嫌がったりしている様子はないので、イジメられているとかそういうこともないとは思うのだが。
「大切なんだね、澪ちゃんの事」
「え?」
「兄妹でも、あそこまで絆が深い人は多くないと思う、なんて。私は一人っ子だからわからないんだけどね」
「って所感かい」
俺がそう言うと新垣も苦笑いをして答える。そうして二人、暗い夜道を歩いて行った。かろうじて会話が繋がっているのは、俺と新垣が先ほどのゲーム大会で距離が近づいたという証拠だろう。
「へぇ、柴山君ってドジだったんだね。オレオレ詐欺の被害に遭いかけるとか」
「ああ。あいつは昔から手のかかる奴でさ。俺が止めてなかったら多分あいつは殺されていただろうな。親に」
「なんというか、波乱万丈な日々を過ごしてるね二人とも……」
道中で柴山の知られたくない秘密も少しだけ話してみた。俺は一度決めたことはやって見せると決めた男。だから話してみた。まあ新垣も柴山との距離感を図りかねていたどころか若干怖がっていたようにも見えたし、これを機にあいつが悪い奴ではないと説明をすることにしたのだ。
その昔、柴山は祖母を名乗る人物に電話で頼まれて荷物を運搬することになっていたらしい。電話で騙されるなら普通逆だろと思ったが、昔のあいつはマジで馬鹿だったし単純な奴だった。しかも電話の相手は祖母じゃないどころか裏声の男だったらしいし。
その内容は代理人の男から荷物を受け取って別の場所にいる人物に運んでほしいとのこと。何度聞いても怪しさ満点の頼みだったが、柴山はそれを了承。電話を切って一秒で走り出したらしい。
そしてどんな因果があってか、俺は待ち合わせ場所に向かう柴山を止めることになる。そして俺からオレオレ詐欺の概要を聞いた時に柴山は激高。そのまま待ち合わせ場所に行き現れた男を問い詰め、そのままノリで詐欺グループをとっちめ警察に突き出すことに成功する。俺と柴山が仲良くなり始めたのはこの頃だったな。もちろんその後に警察から説教されたが。
「ちなみに、これは柴山が抱える黒歴史の一つに過ぎない」
「え、まだそのレベルの話があるの!? というか、黒歴史のレベルを超えてたような……」
「ま、あいつは黒歴史だっつって笑い話にしてるから、本人の中ではそうなんだろう」
その日から柴山は電話口の相手にきちんと名前を尋ねるようになったそうだ。悲しい出来事だったが、柴山にとっては貴重な学びとなったようだ。
「仲、いいんだね二人とも」
「ま、中学時代に色々巻き込まれたからな。二人そろって」
「いいね、お友達」
俺が柴山が築いた黒歴史を思い出し苦笑していると、新垣はどこか遠くを見つめふとそう呟いた。
「いいねって、新垣には多くの友達がいるだろ」
「え、ああうん、まぁ」
新垣はよく告白される。そしてその相手に友達の関係ならと言って告白を断り続けているのだ。そういう意味では、新垣は俺なんかと比べ物にならないくらい友達に恵まれているはずなのだが。そして何より
「俺たちも、友達じゃないのか?」
「……っ、ああうん、もちろんだよ!」
あれ、今少しだけ間があったような。あれ、もしかしてこれって俺が一方的に友達だと思っていただけ? いやでもこの前教室で公開友達宣言をされたばかりだし……
(もしかして、飽きられた?)
そんな考えが頭をよぎるが、そもそも飽きられるほど一緒にいたわけでもない。それにこうして家で遊んだし新垣だって楽しそうにゲームをしていた。新垣にとって、
そうして歩いていると新垣の家が近くなり始める。家の場所はこの前一度近くまで来ているので覚えていた。そろそろお別れかと思っていたら、今度は新垣の方から喋りだした。
「その、ごめんね? 澪ちゃんのことを何とかするって啖呵を切ったのに、ゲームしちゃったり遅くまでお邪魔することになっちゃって」
「え、ああ……それは別に構わない。あいつの生活習慣は一朝一夕じゃ治らないし」
「でも、楽しかったかも」
「そう思ってくれたなら、俺も無理やり新垣を連れてきてしまった罪悪感が少なくて済むよ」
俺がそう言うと新垣は笑った。そしてそれにつられて俺も笑ってしまう。どうやら二人とも、相手のことを気遣うばかり笑顔というものを忘れていたらしい。自身の表情がコミュニケーションで重要な役割を占めているというのに。俺がそんな当たり前のことを思いだしたところで、新垣の家に辿り着く。
「送ってくれてありがとう、今日はありがとうね」
「ああ。それじゃおやすみ」
「うんおやすみ。また来週ね」
また来週。それはきっと、来週から始まる部活動のことも含めているのだろう。次の火曜日、新垣が天文部に失望しないような活動を柚姉と一緒に考えないとな。そうして俺は元の道を早足で戻る。コンビニや自販機が目に付くが、今の俺は財布を忘れてしまった。だからまっすぐ帰らざるをえない。
「ま、そんなに時間は立っていないし、柚姉も一緒にいると思うから澪は大丈夫だろ」
そう思って俺は歩みを遅めてゆっくりと帰宅することにした。とりあえず新垣との距離が縮まっただけでも良かっただろう。俺にとって新垣さんは高根の花だが、その高根の花の友達になれるのは光栄だ。今後も失望だけはさせないように気を付けよう。
そうして俺は家の中へと入る。自転車がなかったので思ったより長く感じたが、どうせ明日直しに行くのだ。たまには徒歩できちんと運動しようという心持ちでしっかり徒歩を堪能してきた。
「あれ?」
俺が玄関を見ると、まだ柚姉の靴があった。新垣を送るために家を出てからもう一時間以上が経過しているはず。いくら家が近いとはいえさすがにこんな時間まで帰らないのはダメだろう。
「はぁ、まったく」
俺はそのまま脱力し靴を脱いで家に上がる。柚姉は何をしでかすのかわからないのでそのままお泊りの準備をしていることだってあり得る。下手をすれば、一度家に帰って着替えを持ってまた家に来ているという高度なプレイをしているかもしれない。とりあえず、俺が文句を言うのは澪ではなく柚姉だ。
そう決めた俺はリビングの扉を開く。
「柚姉、いつまで」
「お兄ぃ、座って」
俺が柚姉に声を掛けようとすると、リビングテーブルに向かい合って座る二人の姿が目に入った。明らかに異様な雰囲気に俺は後ずさってしまう。だが逃げるわけにはいかないので、俺はそのまま澪の正面に座る。
澪の目からはハイライトが消えており、隣に座る柚姉は何か悔しそうに体を揺らしていた。俺は真正面からぶつけられるプレッシャーに怯えてしまい喋ることができないでいた。俺が喋ることができないとなると、話を切り出した澪の次の言葉を待つことしかできない。
今まで澪に受け身的な姿勢をとったことがなかったので、何というか心が落ち着かない。そしてそのまま静寂の時間が過ぎた後に、澪がこう切り出してきた。
「お兄ぃ、何か私に隠してることない?」
——あとがき——
ワクチン接種でダウンしたため隔日更新を途切れさせましたすいません!
とりあえず体調が戻ったので更新はまた隔日で頑張ります。
それとこの作品へのレビューやコメントをありがとうございます。皆様の言葉に支えられておりますのでどしどし意見をいただければ。もちろん誤字指摘も受け付けておりその都度修正致しますのでよろしくお願いいたします!
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