第13話 みんな仲良く
「いや誰!?」
柚姉がいきなり来たかと思えばあとから俺がついてきて、その後ろに見たこともない女がさらにくっついてきたのだ。まあ、訳が分からないよな。俺だってどうしてこうなったのかちょっとわかってないし。
澪は下着姿であることなどなしに俺にとびかかり首元を掴んでぐらぐら揺すってくる。
「お、お兄ぃ! 日本ではハーレム禁止なんだよ!?」
「誰がハーレム王じゃい」
俺は不可抗力で転んで女の子に飛び込むラッキースケベ系主人公じゃないし、医療カプセルで眠り終末に生きたこともないわ。頼むからそういうのは漫画の中だけにしてくれ。いや、漫画でもよしてくれ。散らかった漫画の後を片すのはどうせ俺なんだから。
「え、えっと、この子が澪ちゃん?」
「ああ。この自堕落で着替えもロクにせずソファーで寝そべりお菓子を食べながらスマホを弄ってるのが俺の……うん」
「ちょ、イモウト! 何でそこで言い詰まってるのお兄ぃ!」
だって、現実逃避もしたくなるだろこんな光景。澪のことだってそうだし、新垣が家に来ていることだってまだ信じられないのだ。そして何より、手慣れたように棚からコップを取り出し水を飲む柚姉が遠慮なさ過ぎてソワソワする。
「というか、なんでコップの位置とか正確に知ってるんだよ!?」
「え、だってこれ私専用のコップだし場所は分かって当然」
「……この前どうして知らないコップがあるんだろうと思って、どうせ澪のだからってスルーしたけど犯人は柚姉だったか」
「ごめん、もう少しわかりやすいように大きいのを買えばよかったね」
「論点はそこじゃない!」
今でさえ棚の中が食器で溢れているのに、これ以上スペースを取るものなんて置きたくないわ。俺は柚姉に新聞紙を渡して持ち帰るように言い寄る。その間に澪が背中から飛びついてきて状況は徐々にカオスへと近づき始めた。
「それでお兄ぃ、撫子ちゃんはともかくこっちの女の人は誰?」
澪は俺の背中に抱き着きながらも徐々に抱き着く力を強めていく。あばら骨の隙間に食い込んでくるのでこの攻撃は地味に痛いのだ。新垣もどうすればいいのかあたふたしてるし。
「俺の学校の友達だ。名前は新垣凛」
「あ、新垣凛です。えっと、よろしくね澪ちゃん」
「……ふぅん」
澪は面白くなさそうに新垣を見てそう呟いた。まるで柚姉と仲良くなる前みたいな態度だ。あの時はかなりもかなり苦労させられたっけ。
「それで、おともだちの新垣さんが、どうしてお兄ぃと一緒に?」
ま、当然の疑問だよな。俺は正直に新垣と話していたことを澪に話す。ちなみに柚姉も詳しく聞くのはここが初めてだったみたいでスマホゲームに興じながら意外と真剣に聞き入っていた。ちなみにすべてを聞き終えた澪の顔はかなり引き攣っている。
「よ、余計お世話だし! 本気出せば私なんでもできるし」
「少なくともその格好と日頃の様子で、お前の信用度はゼロを突き抜けてもはやマイナスの域に到達している」
「まあその、満を持してって言葉があるじゃん。ほら、撫子ちゃんだって普段はその、あれじゃん」
「……まぁ」
「ちょ、二人とも!?」
まさか引き合いに出されると思っていなかったのかスマホを手から滑らせて澪の方を見る柚姉。まあ、この人もこの人だよな。最近も部活じゃなくてゲームの方に熱を入れてるし。新垣も思わず苦笑している。
「そ、それはおかしい。私も最近はちゃんと活動してる。楽と仮部員も見たでしょ」
「最近、というより今週な」
「えっと、私はわからないかな?」
柚姉にカウンターを仕掛ける俺とまだ仮部員なので部活の様子がはっきりとわかっていない新垣。だが、自分があまりまともに活動していないという自覚がある柚姉には効果抜群だ。
「うう、澪ちゃん、楽がいじめてくる」
「だめだよお兄ぃ、撫子ちゃんを泣かせたら」
「いや、そこで結託するなよ」
柚姉も澪のことを矯正すると言ってこの場に来たはずなのに敵になってどうする。さっきまでの不敵な笑みはどこへやら甘えん坊のように澪に抱き着いている。もう俺もどの発言が正しいのかわからん。
「えっと、私が来た意味ある?」
新垣までとうとうそのようなことを言い出してしまった。まあ連れてきたのは俺だしせめて新垣の味方くらいにはなってやらないとな。ただ、残念ながら新垣の発言権がこの場で一番低い。どうにかしなければ。
「というか澪、新垣が名乗ったのにお前が自己紹介をしないのはダメだろ。きちんと挨拶しろ」
「いや、もう遅いでしょ」
「それでもだ。きちんと礼儀はわきまえろ」
「……それもそうだね」
俺の言葉にハッとしたのか澪は柚姉を引き剝がして新垣の方に向き直る。そこでようやく二人がまっすぐ対面した。
「お兄ぃの妹の澪です。よろし……くするかはまだ未定」
「よろしく言えやい」
「あぅ」
また意味のない喧嘩腰になり始めたので俺は澪の頭にチョップを入れる。もちろん柴山にするのよりも格段に力を弱めて。そして不服そうに俺のことを睨む澪。そして再び新垣の方をムッとした表情で睨む。
「それで、私のことを矯正しにやってきたと」
「そ、そう!」
「凛ちゃん、ちょっと大胆すぎ」
そう言って俺の腕にしがみついて来る澪。新垣が大胆とはどういう意味だろうか。意味深に柚姉もうんうんと頷いているし。ちなみに当人の新垣は不思議そうに首を傾げていた。
「普通男の子の家に来るなんてできないよ? 撫子ちゃんはともかく、本当にただのお友達?」
「い、今はそうです」
「今は、ねぇ。ふーんそうなんだ」
唇を尖らせより強く俺の腕に絡みついて来る澪。さすがに密着しすぎだと俺は引き剥がそうとするが必死にしがみついて来る。
「わお、澪ちゃんも人の事言えないくらい大胆」
そう言って柚姉は澪の腕にしがみつく。俺にしがみつく澪にしがみつく柚姉という構図が出来上がり、もはや本格的にカオスへと突入し始めていた。新垣も完全に面食らってるし。
そう思っていたのだが、さすがは新垣。次の瞬間には具体的に行動で示す。
「こ、この流れは私が柚木先輩に抱き着けばいいんだよね? いや、それとも小鳥遊君が私の腕にくっつくの?」
「いやなんで!?」
「え、違うの!?」
そう言いながらちゃっかり柚姉の腕にしがみついている新垣。うん、これでカオスの完成だよちくしょうめ。小学生の列車ごっこより醜いぞ多分。
柚姉と澪も毒気を抜かれたような表情をして新垣のことを見つめているし。こんなことならストッパーとして長谷川にも来てもらうべきだったのかもしれない。いや、長谷川も何するかわからんな。もっと酷い地獄を作り出しているかもしれない。柴山は……論外だな。
突発的な新垣の行動。だが、その天然が功を奏したのか、澪がひとりでに笑い出す。
「っ、ふふ……っ」
見れば柚姉も新垣にしがみつかれながら笑いをこらえているし。ちなみに当の本人はこれ以上ないほど真剣な表情をして真面目に柚姉の腕をつかんでいる。
「り、凛ちゃんて面白いね。ふふふっ」
とうとう我慢できなくなったのか、俺の腕を離して口元を押さえる澪。それを合図しみんなが一斉にそれぞれの腕を離した。澪に抱き着かれていた部分がちょっとだけ赤くなってるし、無理な態勢をとっていたためか各々が体を伸ばしている。だが、澪は純粋な笑顔を浮かべていた。
「もう普通に、凛ちゃんと仲良くなりたいな」
「え、ほんと?」
「うん。命令は聞かないけど」
どうやら新垣が来た目的を忘れてはいなかったらしく、最後にきちんと防衛線を張ってくる澪。やっぱり地頭がいい分俺以上に狡賢い。新垣も苦笑いをしながら頬を掻いているし。とりあえず、これで多少は打ち解けただろう。
「ねぇ、せっかくだからみんなで対戦しない? 大乱闘スミャッシュブラザーズ」
「なんでごく自然に俺の家のゲームを起動させてるんだよ。というかそのジャンル、柚姉の一人勝ちじゃん」
「なんなら、一対三でもいい」
そう言って俺たちのことを挑発してくる柚姉。本当は澪を矯正するために集まったのだが、柚姉の笑みがウザかったので泣かせてやりたい。三人なら意外とどうにかなるだろ。
「あ、私もやる!」
「お前はまず着替えてこい!」
「えぇ、お兄ぃ服取ってきて」
「あの、私このゲームやったことないんだけど?」
「ふっ、これだから仮部員は」
「な、なんでですか! 頑張れば私だって勝てます!」
そう言って次第に弛緩していく空間。まあ、少なくとも今は良いか。険悪な空気になってみんなで喧嘩するよりよっぽどいい。それにこうしてゲームをすればみんなと仲良くなれるし澪だって友達が増える。そうすれば次第にプライベートなことまで言い合える仲になるだろう。そうすれば、多少はこのだらしなさが治るかもしれない。
そうして俺たちはコントローラーを手に取る。それぞれが好きなキャラクターを選択し、果敢に柚姉に挑むのだった。ま、こういう時間を過ごせるのも高校生の特権だろう。少なくとも、今という時間を目いっぱい楽しむことにしよう。
きっと、俺たちには明るい未来が待っている……
と、思ってたんだけどなぁ。
一時の平穏はとある男の一声によって徐々に嵐のように激しさを増していく。
新垣の本心。澪の変貌。柚姉の気持ち。それぞれが交差し俺たちに更なる試練が待っているのだが、ゲームに興じている俺たちはそのことをまだ知らない。というか知りたくなかった。
——あとがき——
平穏が嵐のように激しさを増していくだけで崩壊とかはないのでご安心を。
それとたくさんのレビューやコメントをありがとうございます。すべてにきちんと目を通していますので今後とも是非!
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