第12話 距離感


「妹さんについて?」



 放課後になり人も疎らになった教室で俺は澪のことを新垣さんに相談していた。内容としては受験生なのにだらしないとか、家事能力が著しく低いとか、この歳になってもベタベタしてくるとか。さすがに血が繋がっていないなど内輪すぎる話はしなかったが、直近のことも含め同じ女子である新垣さんに色々と相談していった。



 ちなみに柴山と長谷川はそれぞれ用事があるからと先に帰った。柴山はともかく、長谷川はめちゃくちゃ悔しがっていたな。よほど興味があったらしく、前のめりになって聞いてくるもそれを新垣さんが必死に抑えていた。



『こんちきしょう! バイトさえなければぁ!!』



 最後は似非江戸っ子みたいなセリフを残して柴山と一緒に教室を出た。あの二人も二人で仲が良いらしく、さりげなく柴山に聞いてみたら柴山は



『なんというか、お前と新垣さんを巡る同盟みたいな?』



 と、訳の分からないことを口にしていた。追及するも深く考えるなの一点張り。気が付けば二人揃ってニヤニヤしながら俺や新垣さんのことを見ているのだ。マジで変なことを考えてないよなあいつら。柴山はともかく、長谷川はそこまで付き合いが深いわけではないので何を考えているかわからない。



(って、今は目の前のことに集中しなきゃな)



 俺は余計なことを考えるのをやめ、目の前で必死に悩んでいる新垣さんの方を見る。彼女が夏目漱石のように頬に手の甲を当て机に肘をついて悩んでいるのは誰でもない俺の為なのだ。なら、俺が違うことを考えてどうする。だから俺も新垣さんの方を見たのだが



「妹……イモウト……ベタベタ……イチャイチャ……女……」


(あ、あれ?)



 なんだろう、新垣さんが急にぶつぶつ呟きだした。それもなんか不穏なフレーズばかりの言葉だし徐々に目のハイライトも消えていく。天文部に行くときもこのような状態になったが、あの時よりも深刻そうな表情をしているような……



「あ、新垣さん?」



 俺が新垣さんの名前を呼ぶとハッとしたように我に返った。周りからもジロジロ見られており恥ずかしがるように顔を伏せる。



「あ、ご、ごめん。ちょっと色々な可能性を模索してて……」


「それは別にいいけど、可能性?」



 可能性の模索とはどのような意味だろうか。この短い時間で彼女なりに色々と考えてくれていたようだったが、もしかしたら俺が想像もつかない方向に逸れていたのかもしれない。


 しかしそれでも新垣さんがハイスペックな人間だということには間違いない。きっといい解決策を用意してくれるはず。そう思って期待の眼差しを向けたのだが



「その、ごめん。これといった解決策は浮かばないかも」


「そう、か」



 さすが澪、この才能に溢れた少女すら凌駕して困らせるか。我が妹ながらものすごく恥ずかしい。だが、新垣さんは続けざまにこう言ってきた。



「その、もしよければなんだけど、ね?」


「なんだ?」


「小鳥遊君の妹、澪ちゃんだっけ? 一度会ってみたいなー、なんて……」


「……え」



 新垣さんは澪に会いたいと言い出してきた。これに関しては完全に予想外だった。



(あ、新垣さんが澪と!?)



 百聞は一見に如かずということわざがあるが、わかっていても気が引ける。だってあの澪だぞ? 俺が知らない女を家に連れ帰ったらどんな反応をするかわかったもんじゃない。正直言って身の危険を感じるほどだ。そもそも、新垣さんは俺の家に来なくちゃいけないっていうことをわかってるのか?


 さすがにマズイと思ったので止めようという思いも兼ねて新垣さんに尋ねてみる。



「あいつは出かけたりすることを極度に面倒くさがるから、会うには家に来てもらうことになるけど、さすがにそれは……」


「え、何かマズイの?」


「いや、逆にいいのか? 澪がいるとはいえ一人で男の家に来て」


「……ハッ!?」



 前言撤回しよう。新垣さんも妙なところでポンコツだ。目的を果たすことを優先してしまい一番肝心な部分を理解していなかったらしい。そしてそれを理解した新垣さんは一気に顔を赤く染めあたふたと手を振る。うん、滅茶苦茶かわいいな!



「あ、えっと、その、うーん……でも」



 案外すぐに断るかと思ったのだが、意外と粘りながら考える新垣さん。だがそのタイミングでまさかの横やりが入る。



「ふーん、楽ってば女の子を連れ込んじゃうんだ?」


「な、柚姉!?」



 新垣さんとの会話に夢中になっていたせいか柚姉の接近に全く気が付かなかった。というかそもそも



「ここ、俺の教室なんだけど?」


「知ってる。だから遊びに来たの。異論は認める」



 認めるのかよ。周りを見渡してみると謎の上級生の登場にみんなが戸惑っているし。というか今まで一度もこんなことはなかった。一体どうして



「遊びに来たっていうのは冗談。小鳩ちゃんからメッセージが来たの。楽が仮部員に悪戯しようとしてるって」


「小鳩ちゃん……ああ、長谷川か」



 どうやら長谷川が柚姉にこのことを教えたらしい。というかあいつ、いつの間に柚姉と連絡先を交換してたんだよ。マジで抜け目ないな。というか柚姉、新垣さんのことを仮部員って。マジで意地が悪すぎだろ。



「で、結局目的は」


「楽が困ってるなら、それを解決するのは私の役目。だって澪ちゃんの事なんでしょ?」


「途中から会話を聞いてやがったな」



 どうやら柚姉、だいぶ前から俺の教室に入っていたらしい。しかも柚姉も新垣さんに引けず劣らずの美人なのでこの空間に大量の視線を集めてる。この二人、案外合わせちゃダメなタイプかもしれない。



「それで、楽の家に遊び……コホン、澪ちゃんのところに行っていいの?」


「今遊びに行くって言いかけたよな? いやまあ、別にいいけど」


「それじゃ決まり。仮部員はもう帰っていいよ」



 そうして柚姉は俺の腕を引っ張って教室を出る。新垣さんは状況についていけず完全にぽかんとしていた。そして柚姉はどこか楽しそうだし。



「ていうか自然に仮部員って呼んでるけど、あの言い方さすがに酷くない?」


「……今に分かる」



 よくわからないが、謎の直感を得ている柚姉は俺の腕を引っ張って昇降口の方へと向かっていく。だが、急に後ろから足音が聞こえた。すごく焦っているのか廊下を凄いスピードで走ってきてるし、髪も振り乱れている。そしてその少女を不敵な笑みで見つめる柚姉。



「やはり来たね仮部員」


「も、もともと相談を受けていたのは私です!」


「幼馴染兼お姉ちゃんとして私がすまぁとに解決するけど?」


「わ、私だって小鳥遊君のお友達です! 力になれます!」



 バチバチと火花が聞こえてきそうな言い合い。幸い人の目はなかったので目立っていないがそれでも迷惑になることには変わりない。しかも、子猫のキャットファイト並みに迫力があるのでお互いが止まらない。だから俺が必然的に場を収めることになるのだ。



「ふ、二人とも来ていいから落ち着け! そんなに騒ぐなら普通に連れてかないぞ」


「「……むぅ」」



 お互いに睨み合いながら「ムムム……」と凄み合う二人。だがお互いに溜息を吐きながら一緒に昇降口へと向かうことになった。正直新垣さんだけが来るというのも緊張するので、そういう意味では柚姉が来てくれてよかったかもな。というか、柚姉も何気に月2回くらいのペースで家に来ているのだ。




「楽、自転車は?」


「今日は徒歩。新垣さんは?」


「私はいつも歩きだから、二人と一緒に行く」



 そうして三人で並び俺の家へと向かう。俺の左に新垣さん、右に柚姉と二人は俺を挟むように歩き始める。なんというか、連行されてるみたいで少しだけ気まずい。



「そういえば楽、仮部員のことを友達友達って言ってるけど、いまだに”さん”付けで呼んでるんだ?」


「いや、別にいいだろ」


「思い切って呼び捨てにしちゃえ!」


「柚姉は何がしたいの?」



 先ほどまで睨み合っていた二人だったが、なぜか柚姉が面白がって俺たちの距離を縮めようとしてくる。しかも、新垣さんは期待するような表情をしているし。確認のため本人に直接聞いてみる。



「新垣さんだってそういうの嫌だろ?」


「私はその、別にいいよ? 小鳥遊君、柚木先輩のこと柚姉って特別な呼び方をしてるみたいだし。私のことも柴山君を呼ぶときみたいにもう少し雑にしてくれても……」


「いや、肯定側なんかーい」



 思わず突っ込んでしまったがどうやら新垣さんもまんざらではないらしい。柚姉は肘で俺のことを突っついて来るし、新垣さんは道路に目を伏せている。なんだこの地獄のように気まずい環境は?



「じゃあ、その、新垣」


「ぁ!?っ!?ぅ!?」


「いや、なんで自分でお願いしておいてそんなに驚くような表情をしてるんだよ」


「ふっふっふ、照れてやんのー」



 俺たちのギクシャクした関係性をからかう柚姉。どうやらマウントを取りたいがためにあのようなことを言い出したらしい。柚姉、長谷川と若干思考が似てるのかもな。あいつも似たようなことをやりそうな気がするし。



「仮部員も楽の事呼び捨てにしたら?」


「え、あっ、その」


「ま、無理だろうけどねー」


「ううっ、ぐぬぬ……」



 柚姉、完全にマウントを取って勝ち誇ってるな。さすがに新垣さ……新垣も俺のことを呼び捨てにはできないのか下を向いて恥ずかしそうに俯いていた。まあ、俺はともかく新垣が俺のことを呼び捨てにして呼びはじめたらそれこそクラスメイトに誤解を招いちゃうからな。



 そこからは割と他愛もない世間話が続いた。柚姉のクラスで調子に乗っている男子の話とか、今度部活でやりたいことはあるのかなど柚姉を中心に会話が展開されていく。そのおかげで俺と新垣も会話に困ることはなかった。


 そしてとうとう家の前まで辿り着く。そういえば澪に二人が来ることとか連絡し損ねたな。いい意味で驚いてくれればいいのだが。



「これが、小鳥遊君の家」


「それじゃ、早く入っちゃお」



 新垣は緊張していたが、柚姉は手慣れたように家のドアに手をかける。なんで俺より先に家に入ろうとするんだよ手慣れすぎだろ。あと澪、ちゃんと鍵かけろよ。


 柚姉が扉を開けたので仕方なく俺も後に続く。新垣も待ってよと言いながら俺の後ろをついてきた。今更だが新垣に関しては正直申し訳ないな。こんな変なことに突き合わせてしまって。


「澪ちゃーん、私が来た」


「あれ、撫子ちゃん?」



 まるで某ヒーローみたいなことを言いながら家の中に堂々と上がり込んでいく柚姉。俺は呆れながら新垣を家の中へと案内する。とりあえずリビングに行くか。



「澪ただいま」


「ああ、お兄ぃお帰……はにゃ?」



 着替えた後だったのかリビングで下着姿のままくつろいでいた澪が猫のような声を上げて俺の後ろを見て驚いた。というか、また制服を散らかしやがって。あと、服着ろよ。



 こうして新垣、澪、柚姉という三人の女子が我が家に集うのだった。










——あとがき——

ようやくヒロイン集結


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