第11話 課題とお願い
澪から遅くなったことや汚れた服について追及を受けたものの、ハンバーグの材料を買って帰ったことで何とか機嫌を取ることに成功した翌日。
俺は澪と一緒に家を出ていつものように学校に向かう。少しだけビクビクしながら過ごしていたが、柴山の協力もあっていつもの日常が戻ってきた。
誤算があったとすれば昨日のドタバタで自転車が壊れてしまったということだろうか。家に着いた時に気づいたがタイヤはパンクしており、スポークと呼ばれる軸のようなところが折れ曲がっているなど修理を余儀なくされた。
「お兄ぃ、明日は自転車修理に行くの?」
「そうなるな。まったく、せめて今日の夜に壊れてくれればよかったものを」
今日は金曜日なので部活はないが普通に学校がある。今日の夜壊れてくれれば明日の休日を使って自転車を直しに行けたのだ。だが木曜日という中途半端なタイミングで壊れてしまったために今日は自転車なしで徒歩の通学だ。
「じゃあ明日は私もお兄ぃについていこうかな」
「え、お前来るの?」
「だって家にいてもやることないし」
受験生が言う言葉ではないが、澪の成績的に一日勉強をサボるくらいは大丈夫なのだろう。それに俺が自転車を購入したのは大型ショッピングモールの中にあるサイクリングショップ。まあ、時間を潰すのはかなり簡単だろうな。
「騒がなければついてきてもいいぞ」
「え、ほんと? でもお兄ぃ口うるさいから必然的に私も騒いじゃうかも」
「それはお前がだらしないからだろうが!」
今日の朝とて俺がこいつのことを起こして朝食を作ってやっているというのに。しかも寝ぼけていたのか俺に着替えさせてほしいと懇願してくるし、そろそろ本格的に教育を始めた方がいいかもしれない。
「ほら、分かれ道だしお前も早く行け。そして少しは仏サマに顔向けできるような一日を送ってみることだな」
「今どき仏って……お兄ぃ考え方古すぎ」
「貴様、夏休みになったら修道院にでも送ってやろうか? ロザリオくらいはプレゼントしてやるよ」
「今度はキリスト? お兄ぃさ、宗教勧誘とかには気を付けなよ」
そう言いながら澪は学校の方に歩いて行った。あいつ、マジで私生活を改めさせなければならんな。夏休みも近いことだし修道院とかは置いておいて、そこで何かができればよいのだが。
そうして俺も学校へと駆け足で向かっていく。いつもは自転車で風を切りながら行くのだが、今日は自分の足で歩くしかない。柚姉がいるのはもっと早い時間帯で余裕をもって学校に行けるタイミングなのだが、澪のせいでそんな余裕を持つこともできていない。
(マジで誰かに相談できないかな)
相談事をするなら大抵柴山なのだが、やはり女子に意見を聞いてもらいたい。まあ、そんなことをできる女子は俺に身近に一人も……
「あ、最近いるわ」
新垣さんとか、長谷川……はないな。長谷川はともかく、新垣さんが俺の話を聞いてくれるだろうか。まあ、当たって砕けろともいうし、後で相談してみることにしよう。
そう思いながら俺は学校へと向かい教室の中へ滑り込む。どうやらギリギリ間に合ったようだ。
「よぉ楽。怪我のせいで寝込んだか?」
「そんな重症じゃなかったさ。ちょっと身内に手を焼かされて」
「ははっ、お前には厄介ごとを呼び込む神さまでも憑いてるのかもな」
そう言いながら俺のことをからかってくる柴山。昨日の夜に連絡を取り合ったのだが、あの金髪たちがどうなったのかは教えてくれなかった。ただ一言、もう何も心配する必要はないとだけ。
「マジでお前、昨日俺がいなくなった後何をしてたんだよ」
「細かいことは気にするな。それより先公が来るぜ。ほら、準備準備」
「ったく」
とりあえず柴山には感謝しておくことにして、また何か奢ってやろう。あいつが来てくれなかったら今頃俺はどうなっていたかわからないわけだし。俺はそのまま朝のホームルームをおえいつも通り授業を受ける。少しだけ眠いのは昨日の出来事のせいであまり眠れなかったことが原因だろうか。それとも、授業で難しい数式が登場したことの影響か……
そうして昼休みは柴山といつも通り昼食を済ませ、そのあと柴山に自販機でジュースを奢る。小銭がなかったので千円札を渡したのだがちゃっかり二本購入して両方とも飲み始めるあたりが柴山らしい。しかも、組み合わせがオレンジジュースにカフェオレってどうなんだ?
「まあざっくり説明するぞ。お前と新垣さん、そして同じ制服を着た奴に因縁を付けたら殺すって言っておいた」
「本当にもう大丈夫なのか?」
「ああ。あいつらもあんな目に遭って、二度と同じ轍を踏もうとは思わねーだろ」
マジであの後金髪たちは何をされたのだろうか。こいつの昔の姿を知っているだけに俺まで身震いしてしまうのはきっと気のせいではないだろう。病院や警察のお世話になって大事になっていなければよいのだが。
「ま、お前は余計なことを気にせず自分の問題に取り組めってことだ。具体的には、新垣さんとか」
「いや、何で新垣さんが出てくるんだよ」
「お前は知らないだろうけど、新垣さんまた告白されてたぜ。あの人はやっぱり倍率高いし、お前もうかうかしてられないだろ?」
「いや、別に俺は……」
俺がそんな風に言うと柴山はまた呆れ、腕を組んでジト目で俺のことを見つめて来た。ムカつくのでペットボトルのお茶で胸元をグリグリして抵抗した。ちなみに効果は全くない。
「あのなぁ、お前は新垣さんと友達になったんだろ? そこからどんな関係に発展させるかはお前の自由だけど、少なくとも友達のことを意図的に避けたりしないだろ?」
「いや、避けてなんかは……」
「そうか。つまりお前は新垣さんともっと仲良くなりたいんだな?」
「ま、まあ。なれるものならそりゃ……」
俺がそう答えると柴山はニカッと笑った。俺がなんだこいつと思って気持ち悪がっていると、不意に俺の後ろの方に目を向けて
「だってよ。よかったな新垣さん」
「……え!?」
俺が後ろを振りむくと、顔を赤くして照れている新垣さんがいた。どうやら先ほどの会話を聞かれていたようだ。俺は向き直って柴山の方を見ると、俺を宥めつつ耳打ちする。
「安心しろ。昨日のことは聞かれてねぇ。新垣さんがいたのはお前がペットボトルで攻撃し始めた時からだ」
「ならもっと早く教えろよ」
「だって、面白そうじゃん?」
肝心な部分の会話は聞かれていなくてよかったが、それでもその後の会話も新垣さんがらみだったのでできれば聞いてほしくなかった。原因を作り出した柴山にはあとで何か嫌がらせでもしておくか。
「えっと、その、小鳥遊くん、私と仲良くなりたいって……」
「あ、えっと……」
隣を見てみると「ほらアタックしろよ!」と言わんばかりの柴山の顔。前を向けばどこか期待するような新垣さんの顔。ムカつきと戸惑いの両極端な感情に挟まれ複雑な気持ちだ。
しかし、仲良くなりたいといっても何の会話をすれば……
(……ってそうだ!)
そう言えばあったじゃないか、新垣さんと話したいことが。とりあえず話をするだけしてみることにするか。
「あのー新垣さん、突拍子のないことで悪いんだけどちょっとお願いがあるんだ。新垣さんがよければ俺の相談に乗って欲しいんだけど」
「相談? 小鳥遊君が私に?」
「まあ、無理そうなら別に大丈……」
「き、聞く聞く、聞きたい!」
さすがに突拍子過ぎたかと思ったが、どうやら快く聞いてくれるようだ。というか最後の方は少し謎の迫力があって怖かった。顔だって滅茶苦茶近いし。
「と、とりあえず放課後に時間を取ってもらってもいいか? もしかしたら時間がかかることかもしれないし」
「わかった! 放課後予定を明けておくね!」
そう言うと急いで教室に戻る新垣さん。心なしか少しだけスキップをしているようにも見えなくない。残された俺たちは二人で顔を見つめ合う。そして柴山は呆れたように俺の肩に手を置く。
「おいおい、よりにもよって相談のていで仲を詰めるのかよ?」
「なんだその哀れそうな人を見つめる目は。色々あって忘れてたが、意外と大事なことを相談する予定なんだぞ」
「ほう、俺にもできない相談か?」
「……妹のことをちょっとな」
俺がそう言うと柴山は一瞬だけ目を見開き、そしてケラケラと笑い出した。そしてニヤニヤしながら今度は俺の肩を叩き始めた。
「アハハハッ、よりにもよって新垣さんに他の女のことを相談するのかよ!」
「他の女って……れっきとした妹の話なんだが?」
「いつも困らされてるって話だろ? いつも大人しく聞いてやってたけど、傍から聞いてたら惚気話みたいなもんだぜあれ」
「おまえ、そんなこと思ってたのか……」
柴山の意外な告白に少しだけショックを受けてしまうが、このショックを受けた分も新垣さんに受け止めてもらうことにしよう。そして柴山への感情にはつい先ほどまでプラスに傾いていたが、今の発言で完全にマイナスへと振り切れた。
「新垣さんには妹の件をきちんと相談してみるけど、もう一つ相談内容が増えたな」
「ん? なにを相談するんだ」
「ああ、俺の友達の話だ。中学校の時に調子に乗りすぎて黒歴史を大量生産してしまった友達の話を……」
「お、おい。楽?」
俺は柴山の隙をついて教室の方へと走り出す。ここで余計なことを喋ってしまえば柴山に拘束されてしまう。だからできるだけ人目のある教室の中に入ってしまうのだ。柴山は呆気にとられながら俺の背中を見つめていた。少しだけ顔が青ざめてるな。
「大丈夫、新垣さんならきっといい黒歴史の成仏方法を教えてくれるから~!」
「あ、て、てめぇコラ! 待ちやがれ楽ぅーーーー!!!」
そうして俺の昼休みは柴山との鬼ごっこで終わってしまった。ちなみにこの後廊下を走っていることを二人して先生に怒られるのだった。
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