第10話 ケジメ


「何だったんだよ全く」



 今日の部活動もこれといった活動をすることなく解散になってしまった。柚姉は終始機嫌が悪くそのご機嫌取りに努めるのに必死だった。最後の方はゲームをプレイする柚姉の口にタイミングよくお菓子を放り込む役目を全うしていたし。まったく、柚姉は俺のことを召使か何かだと勘違いしている気がする。



「何もしないのに部活に行く俺も俺だよな」



 活動しないのをわかっているはずなのに俺は欠かさず部活動へと出席している。というより今まで一度も休んだことはない。きっと心のどこかで柚姉を一人にさせたくないという思いがあるのだろう。



「俺が甘いのかなー?」



 自転車で夜道を進みながら俺は柚姉の事を考える。あの人とは澪と同じくらい長い付き合いだ。それに年上ということもあって俺や澪の面倒を見てくれたこともあった。だからこそ、あの人相手に強気で出ることができないのだ。



『らく、大きくなったら私とケッコンしよっ』



 そんなことを言われた日もあった。柚姉は忘れているだろうが、俺が幼稚園くらいの時に柚姉とおままごとをしているときにそんなことを言われた。俺はあの時、なんて答えたんだっけ?



(俺が覚えていないってことは、たぶん柚姉も覚えていないだろうな)



 きっと柚姉にもそのうちいい人が現れる。その時の俺の役割は、精一杯柚姉のことを祝福すること。幼馴染として、弟分として。きっと柚姉は俺のことを恋愛対象としては見てくれていないだろうし、俺もそんな風に見ていない。だからこそ、柚姉のことが心配なのだ。



「いや心配て。俺は柚姉の保護者か何かかよ」



 思わず一人でそう突っ込んでしまう。あの人が部活を引退するのは今年の秋。今はまだ夏になりかけの季節だが、その日は刻一刻と迫っている。せめてその日までに天文部としてなにか輝かしい成果を残せればいいのだが。成果を残せなければ、廃部だってあり得るのだから。



「ん?」



 俺が今後の部活動について考えていると、目の前に数名の人影が現れる。目を凝らすと数は三人。その真ん中には、先日俺が吹き飛ばした金髪がいた。



「お、いたいた。あいつですあいつ」


「へぇ。ひょろそうなガキじゃねぇか。あいつにやられたのかよお前」


「す、すいません」


「まあ任せろって。俺たちがお前の代わりにヤってやるから」



(うわ、マジか!?)



 どうやらあの金髪、自分がやられたことを親しい先輩か何かに報告しに行ったらしい。そしてその仇討としてわざわざこんな夜道を張っていたと。俺の想像を上回りゾッとするほどの執念深さだ。しかも、人気のいない時間帯を狙うところが何ともいやらしい。



「そんなわけで面貸せ。ほら、ちょうどいいところに路地裏があんだろ。この前そこで俺の連れが暴力を受けたらしくてよ」


「……」


「それとも土下座して謝るか? 許してやるかどうかくらい考えてやってもいいぜ?」



 そう言って金髪の隣にいる二人の男はケラケラ笑う。だが当の金髪の目は一切笑っておらず、俺に復讐することしか考えていないようだった。



(冷静に冷静に。まずはあいつに連絡を……)



 俺はあいつらに見えないようにスマホを起動させメッセージを送る。すると速攻で既読がついてくれた。以前襲われたことも話しているのですぐに来てくれることだろう。あとは身の安全だが……



(このまま逃げるか?)



 だがここから離れてしまえばそれはそれであいつを呼んだ意味がなくなる。それどころか追いかけられて人気のないところに追い詰められることの方が怖い。つまり、ここから離れるのも得策ではないということだ。



——それならば、ここで時間を稼ぐしかない。



「ちょっと待て」



 にじり寄ってくる男たちに向かって俺はそう言い放つ。俺が覚悟を決めたような顔をしていたからか男たちは案外すぐに立ち止まった。どうやら向こうには俺の話を聞く余裕があるらしい。まったく、こちらは足の震えを隠すのに全身全霊をかけているというのに。



「ああん? なんだよ?」


「聞きたいことがある。確かにここでアンタらの仲間を突き飛ばしたのは俺だ。けど、もし俺があの女の子を連れ出さなかったら、あの子はどうなっていた?」


「へへっ。認めやがったな。まぁ、女についてはそうだな。話を聞くにめちゃくちゃ可愛いってことは聞いたが……」



 男たちは気色の悪い笑みを浮かべ、指をコキコキ鳴らしながら俺に言った。



「まあ、俺たちで犯していただろうな」


「っ!?」



 やはりあの場から新垣さんを助け出したのは大正解だったらしい。あのまま俺が気付かなかったら見捨てていたりしたら彼女はどんな目に遭っていただろうか。想像するだけで吐き気がしてくる。



「それで、話は終わりか? それともあの女をお前が連れてきてこれから四人でヤろうってか? ハハッ、それなら許してやらんこともないぜ?」


「……の……がっ」


「あ、なんか言ったか?」



 ダメだ。ここで最適な行動は無駄話をして時間を稼ぐことだ。相手を挑発したり刺激する選択は最悪中の最悪。だけど、さっきの言葉を聞いて俺の感情は爆発寸前だ。


いや、それを言うならあの金髪に襲われているところを見た時点からとっくに臨界点を超えていたのかもしれない。新垣さんが泣いていた光景が、俺の脳裏に焼き付いてしまっているのだから。



「この……害虫共がっ!!!」


「あ?」


「お前らみたいな奴らのせいで、あの子はボロボロ泣いてたぞ! その涙のむなしさが、お前らみたいなクズに理解できるか?」



 言った。言ってしまった。けれど、言いたいことをハッキリと言えた。その点だけはきっと正解だったのだと信じたい。


 男たちは一瞬だけイラつくが、すぐに不敵な笑みへと変わる。どうやら挑発されたと思ったらしい。今度は指だけではなく首の関節も鳴らして俺の方へとにじり寄ってきた。



「何だぁ、ヒーロー気取りのつもりか? そういうのマジで寒いんだよ。世の中っていうのは力で成り立ってる。俺らみたいに強い奴は、何をやっても許されるんだよ!」


「そうだぜ。ほら、とっとと路地裏に入れオラ!」



 一応抵抗しようとするが自転車から引きずり降ろされ地面にたたきつけられる。コンクリートに腕が当たりマジで痛い。一応正しい受け身を取れたので骨折は避けられたが。


 だがそんな安心も束の間、二人に挟まれるように肩を掴まれ路地裏へと引きずり込まれる。頑張ってその場に留まろうとするがさすがに男二人の力にはかなわない。しかもそのまま追撃が始まる。



「キリキリ歩けよ、コラァ!」


「ぐっ……」


 右肩を押さえていた男が急に手を離したかと思うと思いっきり鳩尾に蹴りを入れてくる。あまりの衝撃に思わず嘔吐いてしまうが、そんなこともお構いなしに男たちは俺を無理やり立ち上がらせる。そしてその間に、金髪の男はゲラゲラ笑って俺のことをスマホで撮っていた。



「ほら、こっちに向かってピースしろよ。そうすれば多少の慈悲をくれてやってもいいぜ?」


「……くっ、そ」



 だが俺はあの男の言うことは絶対に聞かない。従ってしまえば、あんなクズに敗北したということになるのだ。ここで心さえ折られなければ、負けたことにはならないはずだ。



 だがそんな思いも空しく、俺は薄暗い路地裏に連れ込まれてしまった。助けを呼ぼうにも声が届きにくく、そもそも夜ということもあって人気も少ない。まさに絶望的な状況だ。



(……ここまでかっ?)



 こんなところを警察が都合よく通るわけもないし、ましてやあいつも本当に来てくれるかどうか……


 俺の中に諦めるという選択肢が出現し始めた時、路地裏に声が響いた。



「俺のダチに何してくれてんのお前ら?」


「「「!?」」」


「……遅いんだよバカ」


「わりぃ、少しだけ道迷ったわ」



 いきなり現れた男に、金髪たちは驚く。まさかこの場に俺たち以外に誰かが現れるなんて思ってもみなかったのだろう。だがすぐに威嚇を始める。



「おいおい、誰だよお前?」


「そうだぜ。こいつみたいに痛い目見たくなかったら大人しく帰りな」


「まあその前に、ここであったことを話さないように少しだけ痛めつけて……」



 男たちは余裕そうな表情を見せていたが、そいつが近づいて来るにつれて徐々に表情をこわばらせる。



「お、おい、あいつどこかで……」


「ああ。なんか見たことあるような……」


「……あ!? ま、まさかお前は……」



 どうやら金髪は気が付いたようだ。それにしてもこんな奴らに顔が知れているなんて、いったいどんな交友関係を築いていたんだか。



「久しぶり」


「し、柴山ァ!?!?」



 金髪がそう叫んだことで、隣にいる男たちもすぐに目の前にいるのがいったい何者なのかを理解する。



「ま、まさか、狂犬柴山!? あの伝説の?」


「う、嘘だろ。百人を相手に素手で戦い勝利したっていうあの!?」



 柴山、どうやら相当恐れられているようだな。というか百人を相手に素手で? 何それ俺も知らない。



「で、そこにいるの俺のダチなんだけど。それに付け加えて言うならばお前らが襲ったっていう女の子、俺のクラスのアイドルちゃんなんだよねー」


「な、ななな……」


「楽、目を瞑ってな。なに、すぐ終わるさ」



 柴山に言われた通り俺はしっかり目を瞑る。そしてその後に聞こえてきたのは男たちの悲鳴と何かがぶつかる鈍い音。そして最後には男たちの呻き声が聞こえて来た。ドサリと何かが倒れるのが地面の振動を通して伝わってくる。



「よし、こんなもんだろ。楽、もう大丈夫だぜ」


「ああ、わかっ……いや、何だこれ!?」



 目の前には男たちが折り重なるように倒れていた。顔面は血だらけで服はボロボロ。一体どんな喧嘩をしたらこんな風になるんだよ。一応柴山を見てみるが特に服は汚れておらず本人も無傷だ。



「怪我はないか?」


「強いて言うなら鳩尾殴られた。ちょー痛い」


「おお、そりゃ災難だったな」



 俺はこの男たちに絡まれたときに柴山にメッセージを飛ばした。すぐに既読が付いたし以前襲われた場所も教えていたので遅かれ早かれ来てくれると思っていたが、意外と早く来てくれてよかった。



「それにしてもお前、意外と根性あるな。あんなセリフをこいつら相手に言えるなんて」


「は!? お前あの時からいたのかよ!」


「いや、あの時はまだ距離があったし、この辺は入り組んでるから道に迷い困ってたんだ。けどな、離れた場所からお前の声が聞こえて来たんだよ。そのおかげでお前の場所を正確に把握することができたんだ」



 そしてそのまま全速力で走ってきたと。なるほど、俺があそこで啖呵を切ったのは自分の命を繋ぐ行為だったといっても過言ではなかったというわけか。自分でも愚かな行為だと思ったが、柴山に届いて本当に良かった。


 すると柴山は俺に手を差し出してくる。



「立てるか?」


「ああ、そこまで重症じゃないさ」


「こいつらは俺に任せろ。二度とこの辺をうろつかせないようにしてやるから」



 俺は柴山の手を掴んで立ち上がる。しかし柴山はこいつらに何をするつもりだろうか。こいつらがクズなのは先ほど分かったが、できる限り穏便に済ませてほしいものだ。



「とりあえずここからは俺の領分だ。もらった唐揚げ分の仕事はするさ」


「俺の命は唐揚げ三つ分かよ」


「ハハハッ、それで助かったんだから安いもんだろ。ま、唐揚げ関係なく助けてやったけどさ」



 本当に柴山は頼りになる奴だ。一応お礼でも考えておくことにするか。まあ付け上がってくるのが目に見えてるが。



「それじゃ、後は頼んだぞ!」


「応、任せとけ!」



 俺は路地裏を後にし倒された自転車を起こして家に帰る。この時間なら澪のメンヘラモードが発動することもないだろう。それにあいつらがこの辺をうろつかなくなるということは、新垣さんもようやく安心できるということ。



「今夜は、少しだけ腕によりをかけるか」



 ボコボコにされてしまったからか、それとも柴山の相変わらずの強さを目にしたからか無性に肉が食いたい。となると、澪の好物も兼ねたハンバーグでも作ろう。多分今夜の夕食はいつもよりおいしくなる気がする。



「さて、澪に連絡を入れてから買い出しだな」



 そうして俺はそのままスーパーに寄り割引されていた合い挽き肉を購入。そして澪と一緒にハンバーグを作り柴山と連絡を取り合うなど、少しだけ忙しい夜を過ごすのだった。

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