第9話 部活動見学


 放課後、俺たちは教室の一角に集まった後に部室へと向かう。集合する時点でもクラスの連中から注目を集めていたが気にしては負けだと思ったので無視することに決め込んだ。俺が堂々としていたこともあったのか、割り込んで話しかけてくる人がいなかったのは幸いだった。



「それじゃ、天文部へレッツゴー!」



 一番楽しそうにしているのは新垣さんなのだろうが、一番盛り上がっているのはその横にいる長谷川だ。あそこはそんなに面白い場所じゃないと思うんだけどなぁ。


 四人で天文部へ向かう道中、新垣さんが俺に尋ねかけてくる。



「天文部の部長ってどんな人だっけ?」


「あー……えっと、うーん」


「なんでそんなに言葉が詰まっているわけ?」


「まあ、行けば分かる」



 今回の部活動見学だが柚姉には何も知らない。正確には連絡を入れたのだが、一向に既読や返信が返ってこないのだ。多分スマホを見ずに部室に行き、そのままゲームの世界にのめり込んでいるんだと思う。



「確か、お前の幼馴染っていう女の先輩なんだよな?」


「まあな。ちょっと普段の言動が部長らしからないというか……」


「んだよ、はっきりしねーな」



 俺がはぐらかし続けているので柴山が業を煮やして問いかけるも俺もなんて返していいのかわからない。だって、あの人部室に来てもゲームばっかりしてるんだもん。



「幼馴染……先輩……女」


「ど、どうしたの凛? 顔が怖いよ?」



 俺が柴山にうまく説明しようとしていると、隣で新垣さんがぶつぶつと独り言をつぶやいていた。心なしか目のハイライトが消えて負のオーラを纏っているような……



「あ、新垣さん?」


「!? い、いえ。なんでもない……よ?」



 俺が新垣さんに話しかけると急にビクッと肩を震わせ正気に戻る。不穏な単語を呟いていた気がしたが、言及してもお互い良いことがなさそうなのであえて言及はしないでおく。


そんなこんなで天文学部の部室へと辿り着いた。新垣さんはドキドキ、長谷川はワクワク、柴山はそわそわとして俺が扉を開けるのを待つ。



「それじゃ、開けるぞ」



 俺がそう言うとみんなが笑顔で頷き返した。そして俺が扉を開くと、そこにはゲームにのめり込む柚姉と昨日片づけたはずなのに再び散らかっている本や紙の数々。まるで片付けができないニートの部屋みたいな光景が広がっていた。



(……柚姉、来て早々に本を読んで、そのまま出したものを片付けずにゲームをやり始めたな)



 整理整頓ができない我が部長に部員ながら呆れてしまう。後ろを振り返ってみると想像していたものと違ったのかみんなが何とも言えない表情をしているのが目に入った。天文部員として誠に申し訳ない。

 

 とりあえずこの光景を作り出した張本人である柚姉を現実に引き戻さないとな。

 


「部長、お客さんですよー」


「……え」



 俺は普段柚姉のことを部長とは呼ばない。みんなの前だからあえて今回はそう呼んでいるのだ。俺が来ていきなり呼び慣れない名前を呼んだからか、柚姉はゲームをすぐにやめて扉の方を振り向く。



「……だれその人たち?」


「体験入部の希望者たちだそうです」


「……えぇ~」



 そんな顔をされてもみんなをこのまま帰すのはさすがに可哀そうすぎる。俺は部室へとずかずか押し入り柚姉からパソコンを取り上げた。



「ちょ、ちょっと楽!」


「ほら、みんなに挨拶してあげてください」



 とりあえず柚姉をいつもの真面目モードにするところから始めるべくパソコンを取り上げた。少しだけ涙目になっていたのが申し訳なかったが、頼むから後輩の前くらい先輩の威厳を保ってくれ。



「えーっと、天文部の部長の柚木撫子です。よろしく~」



 そうして全員の自己紹介が始まった。最初は面倒くさそうにしていた柚姉も人の自己紹介はきちんと聞いていた。そこら辺の礼儀はきちんとわきまえているらしい。



「えっとつまり、そこの凛ちゃんが入部したい子で、他の子たちはその応援?」


「「まあ、そうっすね」」


「りょ~か~い。それじゃ楽、簡単に天文部のことを説明してあげて」


「……え、俺?」



 なぜかいきなり自分に飛び火してきたので焦ってしまう。だが柚姉の表情は真剣そのものだ。一応部長としての面目は保ちたいらしい……と思っていたのだが、俺にだけに聞こえるように耳打ちしてくる。



「その……何言えばいいのかわからない」


「だから真面目に活動しろって何度も!」


「うぅ、そうだけどぉ」



 この前の教材作成はあくまでも外部から舞い込んだ活動だ。この部活で自主的に活動し作り上げた作品や研究成果などは今年になって一つもない。来年廃部になってもおかしくはない勢いなのだ。



(せ、説明かぁ……うぅん?)



 とりあえず部屋の中にあるものを取り出したり指さしてそれっぽいことを言ってみることにしよう。



「あれが去年作った小型のプラネタリウムの箱で、あれが星に関する学術書。そしてあれがうんたらかんたらで……」



 俺が知る限りの専門用語なども混ぜて、それっぽいようなことを述べ続ける。途中から柴山と長谷川は首を傾げて退屈そうにしていたが、新垣さんは真面目そのものだった。こんなぶっつけ本番の中身のない説明を聞かせていると思うだけで罪悪感が芽生えてくる。



「……で、こんな活動をしてます」


「おぉ、楽やるぅ!」



 それっぽい説明を終えた俺のことを柚姉が称えながら背中を叩くも、俺だってずっと冷や汗をかきながら喋っていた。新垣さんはずっと真面目そうな表情をして俺のことを見つめて来るし、さすがに緊張していた。



「えっと、一つ質問良いですか?」


「あ、な、なに新垣さん?」



 ここで入部希望者の新垣さんがおずおずと手を挙げて来た。新垣さんは学年でもトップレベルに頭がいい。やはり、彼女の頭脳は誤魔化せなかったのだろうか。そう考えてしまった俺は内心で心臓がバクバクなっている。だが



「お二人は先ほどからとても仲が良いというか、すごく距離が近い気がするのですが、もしかしてその……お付き合いとか……」



 俺が頑張って専門知識を引っ張ってこようとしている中、新垣さんは斜め上の質問をしてきた。後ろで見守っていた二人まで「それ聞いちゃうの!?」みたいな顔をしているし。


 まあ、ここは正直に答えればいいだけだろう。



「いや、もちろん付き合って……」


「ふふ、そう捉えてもらっても過言じゃないよん」


「……え」



 思わず変な声を出してしまったが、対する柚姉は腕を組んでドヤ顔を決めている。



「ま、まさか本当に……」


「そりゃもう、家ぐるみでお付き合いを」


「家ぐるみ!?」



 いや、いやいやいや。それは俺たちが幼馴染だからだろう。というか、その話さっき新垣さんも聞いてたじゃん。



(柚姉、完全に楽しんでるな)



 この人は人をからかったりすることに命を賭けているといっても過言ではない。今はマシになったが、昔なんて異性ということを盾に俺に対して色々なことをされた。それでよく澪と喧嘩してたっけ。


(って、思い出に浸るよりも目の前のことを何とかしないと!)



 このままではいらぬ風評被害や誤解を生んでしまうので俺は声を大にして新垣さんにちゃんと伝える。



「いや、付き合ってないから。家族ぐるみなのは幼馴染だからだ。俺に彼女はいない」


「ちぇ~このまま楽と既成事実を作れると思ったのに」


「まったく柚姉は」



 俺の呼び方も元に戻ったタイミングで空気も最初より緩んだ。柴山と長谷川も入部する気はないようだがせっかくだからと星に関する本や模型を見て回る。一方でこのぶにいちばんきょうみのあった新垣さんは



「そっか……彼女はいない、か」



 壁に向かって一人で話しかけていた。まったく、何しにここへと来たのだか。俺がそんなことを思っていると、柚姉が肘で小突いて耳打ちしてくる。



「なんで連絡入れてくれなかったの?」


「入れたよ何回も。スマホ見た?」


「……あ」



 どうやらマナーモードにしていたため気が付かなかったようだ。そして俺の予想通りノートパソコンと睨めっこをしていたらしい。この人、本当に部長として大丈夫か?



「それで、あれが噂の撃墜王?」


「そうだけど」


「そうなんだ……ふーん」



 柚姉は俺と新垣さんを交互に見て少しずつ不機嫌になっていった。なんというか、唇がどんどん尖ってる言っているというか……



「入部、どうしよっかなぁ」


「いや、断る理由ないんだし意地悪するなよ」


「へぇ。楽は向こうの肩を持つんだ」


「いや肩を持つって、敵も味方もないだろ」



 俺がそう言うと柚姉は何も言えないと言った表情になった。この人は意外とわかりやすい性格をしているのだが、たまに俺でも何を考えているのかわからない時がある。今がそういう時だ。



 そして一通り時間が経った後、柚姉が新垣さんに告げた。



「いきなりの入部は難しいだろうから、ひとまず仮入部って形を取ろうと思う。顧問の先生には私から話しておくから、来週の火曜日に筆記用具を持って今日と同じくらいの時間に来て」


「あ、ありがとうございます!」



 そうして議論の結果、新垣さんの仮入部が決まった。本格的な活動は来週の火曜日から始めるらしい。週末を挟むのでこちらとしても色々と準備を行えるだろう。

そういうことで新垣さんは長谷川たちと一緒に笑顔で帰っていった。俺も一緒に帰りたかったが、これから柚姉と部活があるので残る。



「それじゃ柚姉、さっそく今日の活動を」


「じーーー」


「いや、何だよ」



 改めて部活動を! と思ったのだが、柚姉は何も言わずじぃっと俺のことを見つめてくる。なんというか、ものすごく気まずい。



「……楽のいじわる」


「いやなんで!?」



 そうして訳も分からないまま罵倒され柚姉は頬を膨らませまたゲームを始めてしまった。というかいじわるって、その言葉をそのままお返ししてやりたい。



 結局この日は柚姉のご機嫌取りに努めて終わってしまうのだった。










——あとがき——

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