第8話 イベント多すぎん?


 緊張感がある朝を過ごしたが、その後はいつも通りの学校生活を送れたと思う。時折新垣さんが俺のことを見ていたが向こうから話しかけてくることもなく、俺もこちらから特に話しかけることはしない。


 ただ昼休みの時、新垣さんが俺のところへ来ようとしたのか席を立った。俺は逃げるように柴山を連れて学食へと向かう。



「おいおい、お前が逃げてどうすんだよ」


「に、逃げてねーし」



 昼休みに新垣さんと話すなんて目立って仕方がないし、彼女と一緒に時間を過ごそうものなら男子たちから何を言われるかは昨日の時点で分かり切っている。ようするに、後始末が怖いのだ。



「せっかく新垣さんの方から仲良くなりたそうにしてんだぜ? それに恋人とかじゃなくて友達になりたいって言ってただろ。それくらい、別にいいんじゃねーか?」


「確かにそうかもしれない。お前や長谷川みたいに調子に乗ってからかってくる奴がいなければな」


「へへっ、言うねぇ」



 まあ本音を言うと彼女と一対一で話すのが恥ずかしいのだ。柴山や長谷川が近くにいるとはいえ、どことなく会話がぎこちなくなってしまう。というか、そもそも俺はコミュニケーションが得意な方ではない。きっと新垣さんにも気まずい思いをさせてしまうだろう。



「食欲ないならお前の唐揚げもらうぞ」


「……欲しけりゃやるよ」


「マジで!? よっしゃ、もーらい」


 

 金髪を吹っ飛ばしたり妹の世話をしたり星に関する教材を作ったり、そして挙句の果てには新垣さんとお友達になるという一世一代レベルのイベント。ここ数日で色々なことが起きすぎて胃がキリキリするくらい痛い。こんな時に唐揚げ定食なんて頼むんじゃなかったな。


 柴山が俺の唐揚げを半分ほど持っていったところで、柴山は思い出したかのように話題を変えてくる。



「そういえばお前が吹っ飛ばした金髪って奴のことだけど、俺の方でも昔のダチに聞いて調べてみたんだよ。そしたらそいつ、たぶん俺が昔ぶっ飛ばした奴だわ」


「……」


「いや、俺は何も悪くないだろ。あいつの方が喧嘩を売ってきたんだし」



 俺はジト目で柴山の方を見つめるが、確かに柴山は自分から喧嘩を売ることほとんどない。こいつが喧嘩をするのは自分の身を守るためか友達を馬鹿にされた時だけだ。


 実際俺もこいつの喧嘩の理由になったことがあるので、そういうことを引き合いにされると俺は何も言えない。変な友人を持ってしまったものだ。



「まあそういう話を聞いた以上、俺としても無関係じゃなくなった。どうやらその金髪、俺にやられてからますます素行が悪くなったらしいんだよ。だから、俺も責任を果たすさ」


「いや、責任を果たすってどうやって……」


「それに関しては考えがある。まあ、少しだけ時間をくれ。幸いなことにあいつが通っている学校とかは突き止めてるからさ」



 自信満々にそんなことを言って来たのでとりあえずこの件は柴山に一任してみようと思う。喧嘩素人で柴山みたいな情報網がない俺ではできることは何もないからな。そういうことで俺は柴山を信じることにする。



「それはそうと、お前も大変だなぁ。これから……というか、具体的には今?」


「ん、どういうことだよ?」


「それはお前の後ろでお前に話しかけるかどうか迷っている女子二人組に聞いてくれ」



 柴山がそう言うので後ろを振り返ってみると確かに女子二人組がいた。一人は照れくさそうにオロオロと。もう一人の女子は面白そうに傍らの女子と俺を交互に眺めている。



「あ、えっと、小鳥遊君。少しいいかな?」


「……どうしたの新垣さん?」



 柴山に教えてもらうまでずっと気が付かなかった。というか柴山、お前の様子から察するに新垣さんだいぶ前から俺の後ろにいただろ。よくよく考えたら周りがざわざわしてると思ったわ。



「その、放課後にお願いがあって」


「放課後?」



 いったい何だろうと俺は考えるが、放課後に関しては俺も部活動という名の予定が入っている。天文部は毎週火曜日と木曜日に活動しており、今日はちょうど木曜日だ。昨日は臨時で呼び出されたが、もちろん今日も顔を出す予定だ。内申点などにも関わってくるからな。



「えっと、小鳥遊君って天文部だよね?」


「え、うん。そうだけど?」



 もしかしたら新垣さんのお願いを断ることになるかもしれないと思っていた俺だが、いきなり部活の話を切り出されて少し驚いてしまう。天文部に何か用事でもあるというのだろうか?



「ふっふっふ、小鳥遊君。凛は天文部のことで聞きたいことがあるらしいよ?」



 事情を知っているであろう長谷川さんはこの場に似合わないほどニヤニヤしている。俺の正面に座っている柴山も何かを察したのか面白そうに俺たちのことを見つめていた。



「その、天文部って部員募集してたりする?」


「部員募集? そりゃどの部活動でも大抵は認めてるんじゃないか? 詳細は部長に聞いてみなきゃわからないけど、たぶん大丈……」


「大丈夫!? 本当に!?」



 俺が大丈夫だと言いかけたら、それを遮るような勢いで新垣さんは食いついてきた。しかも滅茶苦茶顔が近いのでついつい目を逸らしてしまう。すると新垣さんも遅ればせながら気づいたのか一気に頬が紅潮した。



「ひゅう、日が昇ってるうちからお熱いねぇ」


「うんうん。凛が公衆の面前でそんなことができるなんて私は知らなかったなぁ」



 柴山と長谷川が俺たちのことをからかってくる。周りを見てみると多くの生徒が俺たちのことを興味深そうに見ていた。気が付いた新垣さんは慌てて俺から距離を取り長谷川の肩をポカポカ殴る。

 俺も一応柴山の頭にチョップを入れておくことにした。もしかしたら新垣さんが嫌な思いをしたかもしれないしな。さっきこいつにあげた唐揚げは三つだから、とりあえず六回ぐらいチョップしとくか。



「ちょ、凛。痛い痛いって」


「おいおい、目覚ましにもなんねぇよそんなチョップ。というか早く話を進めんかい」



 痛がる長谷川と余裕層に挑発してくる柴山。こいつらに八つ当たりをしても仕方がないので柴山の言った通り話を進めることにする。そんな雰囲気を察したのか新垣さんも改めてこちらの方へ向き直ってくる。



「それでその、途中入部とかの話をした時点でもしかしたら察してるかもしれないんだけど、天文部の見学に行っていいかな?」


「……マジで?」


「その、ダメ?」



 不安そうな表情で俺のことを見つめてくる新垣さん。その背後には新垣さんの肩から満面の笑みで顔を覗かせる長谷川。長谷川に関してはこの流れを完全に楽しんでやがるな。とりあえず一応新垣さんに確認してみるか。



「見学して面白そうだったら、入部してみるつもりか?」


「えっと、そうだねうん」


「……なるほど」



 いや、なるほどじゃないって!? マジで!?


 どうやら新垣さんは天文部に入部したがっているようだ。それも、見学という手順をきちんと踏んだうえで。いやいや、マジで言ってんの?



(けど、俺にそれを止める権利はないしな)



 本人が天文部で活動したいというのなら俺が止める理由は一つもない。それどころか彼女が来てくれれば柚姉にもいい刺激になって真面目に活動してくれるようになるのかもしれない。



「そうだね、とりあえず今日の放課後一緒に来て。部長に話してみるから」


「あ、ありがとう小鳥遊君!」



 そう言って俺の手を掴んでくる新垣さん。だから、そういうことするから周りに注目されるんだって!


 周りを見渡してみると、食べていたものを吹き出したり水を飲んで咽ている人が数名いた。やはり撃墜王の異名を持つ新垣さんがこういう風にしているのが衝撃的なのだろう。



「あ、ご、ごめんね。私ったらつい」



 そう言いながら俺の手を離す新垣さん。これでまた変な噂が立ってしまうことは確定だ。クラスの男子も数名この場にいるし、絶対帰ったら問いただされるだろうな。



「あ、ちなみに私も保護者的な感じでいくね? 柴山は?」


「こんな面白そうなイベント、いかないわけねーだろ!」



 あれ、気が付けば新垣さん以外の二人まで見学に来ようとしているし。というか柴山、お前に関しては星に興味なんて欠片もないだろ。長谷川さんも多分そうで、面白そうだから参加してみようと言う口だ。



(この二人に関しては入部を拒否してぇー)



 ここにいる俺以外の三人は全員帰宅部なので天文部にそのまま入部することが本当に可能なのだ。この面子でそのような未来が起きたら頭が痛くなりそうな気がする。部長になるのは俺だろうし、この濃い奴らをこれからまとめるのかよ。



(その未来が実現しようがしまいが、とにかく今から頭が痛い)



 先ほどまでは胃が痛かったのに、今度は頭が痛みだしてきた。だが入りたいという奴を拒むことはできない。基本的に柚姉も拒もうはしないと思うし、いい後輩ができたとか思っちゃうかもしれない。つまるところ、柚姉次第なんだよなぁ。



「それじゃ今日の放課後、凛ともどもよろしくねー」



 長谷川はそう言って新垣さんと一緒に教室に帰っていた。そして俺の肩にポンと手を置く柴山。こいつ、マジで覚えてろよ。


 だが柴山は俺にまあ聞けと言って文句を言わせてくれない。



「安心しろよ。俺は見に行くだけで入部するつもりはない。とりあえず新垣さんとお前の一幕を見届けたら大人しく帰るつもりだ。それに……」


「それに?」


「これ以上関わると俺まで巻き込まれそうだから先に教室に戻っとくわ。じゃあな!」


「あ、ちょ、おい、柴山ァァ―――!!!」



 俺は柴山に置いて行かれ食堂に一人残される。たぶん俺と一緒に教室に入ってしまったら男子のやっかみに巻き込まれると確信しているんだろうな。



(……今度、あいつの中学時代の黒歴史を掘り起こしてやる)



 そんなことを胸に秘めながら俺は食べ終わった皿を返却口へ帰して教室に向かう。しかも柴山の分まで片付けなければならなかった。せめて片付けてから帰れよあいつ。



 そして俺が教室に帰ると、案の定食堂にいた男子たちのタレコミによってクラスメイトの男子たちに囲まれるのだった。











——あとがき——

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