第7話 接近してくる新垣さん
「……なんだあれ?」
壮絶な資料作成を終えた次の日、俺はいつも通り起きて、いつも通り登校して、いつも通り教室へと入った。けど、いつもと違うのは俺の席。誰か女の子が座って柴山と楽しそうに話をしていた。あれは、確か新垣さんの……
「お、話題の奴が来たぞ」
「あーほんとだ!」
俺が席に近づいていくと、柴山とその少女はニヤニヤしながらこちらに視線を向けていた。というか二人して俺の机の上の上でスマホゲームをやっていたようだ。
「やっほー小鳥遊君!」
「えっと、何してるの
そしてそんな人物が俺の席に座って柴山と何やら楽しそうに話をしていると。うん、朝から頭痛がしてきた。
「柴山から聞いたよ昨日の事。大変だったみたいだねぇ」
俺が柴山に目を向けると、申し訳なさそうに苦笑しながら合掌してくる。まあ、彼女は新垣さんと一番仲がいいだろうし、話しても問題はないだろうが。
「私からもお礼を言っておくよ。凛を助けてくれてありがとね。小鳥遊君って、もしかして意外とヒーロー気質?」
「いや、たまたまだって。結果的には逃げちゃったし、やろうと思えばきっと長谷川さんでも」
「“さん”はいらないよ」
そう言って少しだけ距離を詰めてくる。そして、今の俺の言葉を長谷川さ……長谷川は否定する。
「見たわけじゃないから何とも言えないけど、私には小鳥遊君みたいなことはできないよ。きっとその場で立ち尽くすか、巻き込まれていたかのどっちかだから」
「い、いや……」
「そもそも、あの時直前まで一緒にいたのは私なんだ。だからちょっと責任感じちゃって。ほんとうに、ありがとうね」
そう言って長谷川は俺の肩に手を置く。彼女はそう言って俺のことを称えてくるが、本当に運がよかっただけなのだ。もし相手が複数いたら? あの時新垣さんが固まったままだったら? きっと結果は変わっていたと思う。
そうして俺が自分の成果を認められないでいると、長谷川は呆れたように溜息を吐きながら柴山に尋ねる。
「ねえ柴山。小鳥遊君っていつもこうなの?」
「そうだぜ。こいつはいつも自分に自信が持てねぇんだ」
「ふぅん。もったいないね」
そう言いながら俺の席から立つ長谷川。俺がようやく自分の机に鞄を置くと、長谷川に服を引っ張られた。
「な、なんだよ」
「そうだ。一番大事なこと言い忘れてた」
なぜか長谷川は先ほどよりも飛び切り悪そうな顔で俺と柴山に聞こえる程度の声で耳打ちする。
「凛のやつ、君のことを気に入ったみたいだよ。昨日からずっと君の話をしてるんだもん」
「ほぉ、それはそれは」
俺は驚いて何も言えなかったが、柴山は面白そうな顔をしていた。絶対何か企んでるだろこいつら。そして長谷川は、ちょっと意地が悪そうに
「あまりに楽しそうに話すもんだから、私もその話を他の人に話しちゃったよ。凛を救った王子様が現れたってね」
「……昨日妙に話が広がっていたのはお前のせいか」
夜のデートとか柚姉は言っていたし、変な方向に歪曲されて話が伝わっているのかもしれない。嫌な展開だよ全く。
「アハハ、ごめんね。でも凛のことを気遣ってくれたのは分かったから、事件については誰にも話してないよ。凛のことを助けた人がいて、その人を凛が気に入っちゃったってだけ」
「それでも、なんか嫌だなぁ」
「おいおい、諦めて姫を抱っこしに行けよ王子様」
「うっさい柴山!」
俺は柴山の頭に右手でチョップをするが、こいつが某鬼殺隊のような石頭なせいで俺の右手の方が痛くなってきた。というか、もっと強くやってたら危うく両手が痛んでしまうところだった。しかも長谷川は長谷川で俺たちのやり取りをコントだと思っているのか笑っているし。
「もう二人とも、今の会話を凛に聞かれたりしたら……」
「あれ、みんな楽しそうに何の話をしているの?」
「「「……あ」」」
少しふざけすぎていたせいで、もう一人の渦中の人物が俺たちのもとにやってくるのに気が付かなかった。誰あろう話題のお姫様であり撃墜王、新垣凛だ。どうやら今登校してきたところらしい。そして昨日と同様俺たちは注目の的にされている。
「あ、おはよう小鳩。小鳥遊君と柴山君も」
数多の視線が注がれているにもかかわらず、俺たち一人一人に挨拶をしてくる新垣さん。柴山なんて自分が挨拶されると思っていなかったのか滅茶苦茶動揺していた。俺たちは揃ってぎこちなく挨拶を返す。どうやら先ほどまでの会話は聞かれていなかったようだ。
「ど、どうしたん凛?」
「どうしたって、楽しそうに話してたから私も混ざりたいなーって」
「へ、へぇ」
なぜか今度は長谷川が動揺していた。いや、動揺というより珍しいものを見ているかのようだ。すると、今度は俺の方を見つめてくる新垣さん。今更だが、やはりこうして正面から見つめられると男としては目を逸らしたくなってしまう。
「そうだ、小鳥遊君。小鳥遊君って、部活に所属していたんですよね」
「え、あ、うん。まあ一応」
いったい何に対する質問かと思ったら、いきなり部活のことを聞かれてたじろいでしまう俺。というか、ぶっちゃけ深く突っ込まれたら答えきれないのが現状だ。だって、最近まともに活動していないんだもの。
「そういう凛は帰宅部だよね。なんでか知らないけど」
「べ、別にいいでしょ。私、大勢でいるのが苦手だし」
「今は? 柴山君とかもいるけど?」
「し、柴山君は確かに怖そうだけど、小鳥遊君と一緒にいるってことはきっといい人だと思うから」
そんなことを言われ俺は照れてしまう。対する柴山は怖そうと言われて傷ついたのか机に突っ伏していた。まあ、調子に乗りやすいこいつにはいい薬になっただろう。そんなことを言い合っていると、すぐにホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。どちらにしろ話は一時中断だ。集まっていた視線も一斉に霧散し始める。
「それじゃ、またあとでね小鳥遊君」
「あ、あとでね?」
その言葉にどこか引っかかってしまう俺。もしかしたら、何か俺に用事があるのかもしれない。俺の机に寄りかかっていた長谷川も自分の机に戻ろうとするが、その前に新垣さんに手首を掴まれていた。
「わっ!? な、なにさ凛?」
「ところで、なぜか私が悲劇のプリンセスみたいな噂が広がっているんだけど、小鳩何か知ってる?」
「あ……え、えーっと」
「確信犯だね。あとでお話があるから逃げないように」
「……はい」
まるで保護者のような勢いで長谷川に詰め寄る新垣さん。どうやらすべてをお見通しのようだ。連行されていく様子に俺と柴山は思わず身震いしてしまう。柴山は先ほど心に負ったダメージも合わさり、すっかり真顔になって青ざめていた。先ほどの会話をもし聞かれていたら柴山にも飛び火したかもしれないからな。
まあ長谷川が噂を広めたことは俺もムカついていたので、どこかの誰かにお灸をすえてほしいとは思っていた。あいつ、たぶん柴山と同じで調子に乗りやすいタイプだ。まあ、適度に絞られてくるといい。
俺はそう思い、長谷川に向かって心の中で敬礼した。
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