第6話 嫉妬する先輩
「私、小鳥遊君と仲良くなりたいな」
その言葉に柴山をはじめとする多くの人たちが衝撃を受ける。まさか撃墜王の口から男に対して仲良くなりたいという言葉が出るとは思わなかったからだ。しかも、いつもは言わされているのに今日は言う側に回っている。だからこそ、告白して見事撃墜した男たちはその光景に震えた。
「ど、どういうことだよあいつ!?」
「俺、新垣さんにあんな笑顔向けてもらったことない」
「もしかして、脅されてるんじゃ!?」
ありもしない憶測を飛び交わせるクラスメイト達。普段は女子が騒がしくなるような展開だが、この時ばかりは男子たちが阿鼻叫喚としていた。そして、新垣さんが詰め寄ってくる。
「えっと、その、ダメですか?」
(いや、そんな顔で言われたら……)
受け入れれば数多の男たちからバッシングを受けるだろうが、断れば断ればでクラス全体に腫れもの扱いされてしまう。こういうのをリスク度で判断するべきではないとはわかっているが、ここは受け入れるしかないだろう。それに、別に嫌というわけではないしな。
「お、俺なんかでよければ?」
思わず疑問形になってしまったが、当たり障りのない返答ができたと思う。案の定男子たちは恨めしそうな目で俺のことを射抜いてくるが、目の前に立つ新垣さんは嬉しそうだった。
「ありがとうございます!」
そう言うと彼女は自分の席へと戻っていった。そして、一瞬の静寂が訪れる。楽を含めて今起きた一幕を理解することが遅れてしまったためだ。だがクラスメイト達の理解が追い付いた瞬間に、教室内は怒号と間違われるほどの喧騒に包まれる。
「お、おい小鳥遊! どういうことだよ今の!」
「友達になろうって俺も言われたことあるけど、今みたいに嬉しそうじゃなかったぞ!」
「お前、新垣さんと何があったんだ!」
「あ、えっとその……」
普段は誰にでも強気に出れる自信がある俺だが、この時ばかりは男子たちの圧で尻すぼみしてしまう。だから助けを求めるべく、前の席の柴山に目を向けたのだが。
「楽おまえ、俺たちの絆を裏切りやがったなぁ!?」
柴山まで叫びながら俺の肩を揺らしてきた。しかも肩に指が食い込んで滅茶苦茶痛い。
いや絆て……と思う俺だが、さすがに今回ばかりは勘弁してほしい。だって、絶対に俺は悪くないし何なら怪我もしてる。そう思って説明しようとするが、みんなが一斉に喋るので聞いてもくれない。こうやって冤罪や捏造が生まれていくのか……
俺はみんなを宥めつつ、この事態を招いた張本人である新垣さんに目を向ける。すると彼女は彼女で女子に質問責めに遭っていた。まあ本人は笑っているのできっと大丈夫だろう。
そうしてホームルームが始まるまで、俺は地獄のような喧騒の中心に放り出されるのだった。
※
「へぇ、そんなことがねぇ……」
放課後、俺は柴山と自販機で飲み物を買い校舎裏へと来ていた。柴山がものすごい剣幕で事の真相を聞いてきたので、俺は昨日あったことをすべて柴山に話すことにした。昨日のことを離すことで新垣さんに影響があるかもしれないと危惧したが、中学から信頼関係を築いてきた柴山なら話しても大丈夫だと判断した。
「お前も新垣さんも災難だったな。それで、左手の具合は?」
「だいぶ良くなった。今日も湿布を張って寝ることにするよ」
「そうか。それにしてもお前が新垣さんを助けるとはねぇ。もしその場にいたのが俺だったらその野郎を返り討ちにしてやったのによ」
「ハハハ……」
柴山は冗談のつもりで言っているのかもしれないが、こいつなら本当にそれができてしまうというのが恐ろしい。高校に入ってからだいぶ落ち着いたが、中学の時のこいつはそうとう尖っていた。集団で挑んできた先輩をボコしたり、修学旅行先で絡んできた相手の人たちにガンを飛ばしたり。とにかく、腕っぷしに自信があるというわけだ。俺はこいつが誰かに喧嘩で負けたところを見たことがない。
「もし危なそうならすぐに俺を呼んでくれ。お前の代わりにぶっ飛ばしてやるから」
「まあ、考えとくよ」
そのセリフは俺ではなく新垣さんにかけるべきだと思うのだが。柴山は少し怖い雰囲気があるだけで仲良くなれば基本的に誰とも喋れる。それに顔も悪くないので本人が努力すれば今頃彼女の一人くらいはできているだろうに。
「しっかし、お前もとうとう女の気配を漂わせるようになったか」
「いや、新垣さんと俺はそういう関係じゃないだろ」
「わかんねぇぞ? お前の行動しだいで関係性なんていくらでも変えられる。もしお前らがそういう関係になったら応援してやるよ」
その代わりに一発殴らせろと言われ身が竦んでしまったが、先に励ましや気遣いの言葉をくれるあたり、やはり柴山は優しい。けれど、きっとそこまで深い関係性には発展しないだろう。だって俺と新垣さんでは、人間としての器が違いすぎるし。
—ピロン♪
柴山との会話を終え購入したオレンジジュースを飲んでいると俺のスマホに通知が入った。メッセージの送り主は……柚姉だ。俺は柚姉からのメッセージを読み進める。
「それじゃ、一緒に帰ろうぜ」
「悪い柴山。これから部活だ」
「あれ、天文部って週二回しか活動してないんだろ?」
「臨時で活動するんだって。制作物の完成が間に合わなそうだから手伝ってくれってさ」
「そっか。まあそういうことなら仕方ねーな。俺は先に帰るから頑張れよ。あ、もし帰り道で昨日の奴と遭遇したら俺にすぐ電話しろよ? 秒で駆けつけてやる」
「ハハ、ありがと」
何と頼もしい友を持ったものだ。あとで何を要求されるかわかった物じゃないが、そういうことを言ってくれるだけでありがたい。きっと俺が怖がらないように気を遣ってくれているのだろう。
そうして柴山と別れた俺は天文部の部室へと向かう。昨日の資料作成が進んだことは今朝柚姉に会った時に話したのできっと柚姉が担当している部分についてだろう。普段ゲームでパソコンを使い慣れているはずなのに資料作成となると柚姉はとことんダメだった。大学に行くにしろ社会に出るにしろきっと苦労するタイプだろう。
そんなことを考えているとあっという間に部室に辿り着く。そしてゆっくりとドアを開け、部室の中へと入った。
「来たよ柚姉―」
「おつ~」
今日も柚姉はノートパソコンでFPSゲームをしていた。手伝ってほしいと言っていたのに、やる気が皆無というところが相変わらずだ。部長がこんなんで本当に何とかなるのかと不安になってくる。
「それで、何をすればいいの」
「うん、ちょ、っと待ってて、ねっ」
俺と話しつつも相変わらずの爆速でキーボードとマウスを操作する。昨日と同様の光景だが、どうやら今日は一位を取れなかったらしい。最後の打ち合いで相手にヘッドショットを決められてしまった。それと同時に溜息をつきながら後ろに倒れこむ柚姉。
「うー負けちゃったぁ」
「真面目に部活しろっていう啓示だろ」
「むぅ、まあしょうがないか」
そうしてパソコンのゲーム画面を閉じ、すぐに資料関係のものを見せてくる柚姉。だが、どうしても納得がいっていないらしい。
「せっかくだから私が昔撮った流れ星の動画を載せようと思ったんだけど、上手くいかなくてさ。楽、できる?」
「ちょっとパソコン貸して」
「ほい」
そして柚姉からパソコンを貸してもらい、改めて資料を見る。俺が作った物より丁寧で、何よりもわかりやすい資料だ。柚姉の地頭の良さをマジマジと見せつけられてしまう。
だがそんなことより今は動画の問題だ。たしか挿入タブからビデオを選んで、このファイルを選択し……
「あれ?」
埋め込みが完了して動画を再生できたので簡単だと思ってしまったが、動画再生後にエラーが発生してフリーズしてしまいうまくいかない。俺はスマホでエラーの原因を調べてみる。データの破損はしていないし、ファイル形式も大丈夫。なら後は……
(容量かな?)
俺は挿入した動画のファイル容量を圧縮している。すると、今度はうまく再生された。どうやら純粋にファイル容量が大きすぎたようだ。原因を解決できて俺がホッとするのと同時に、柚姉が感心したようにお礼を言ってくれる。
「楽すごい。全然できなくて泣きそうになってたのに、こんなにあっさりと」
「いや、ネットで調べれば意外と出て来るだろ」
「あ、その手があったか?」
「柚姉、何のためにノートパソコンやスマホを持ってるの?」
もしかするとこの人、妹より質が悪いかもしれない。澪は勉強で分からないことがあったらすぐに教科書やネットで調べているし、テストの復習などもマメに行っている。だが柚姉はそういうことをしないタイプだ。直感で生きているといってもいいだろう。
「とりあえず、今日はこれで終わり?」
「まあ、そうなるねー」
あとは顧問の先生に確認をしてOKをもらえば完璧だ。ぱっと見資料に不備はないので多分大丈夫だろう。これを見た子たちが星に興味を持ってくれればいいのだが。
「そうだ楽。聞きたいことがあったんだけど」
「ん、何?」
俺がパソコンの画面を閉じて肩を伸ばそうとしたタイミングで柚姉が口を開く。そして神妙な顔で俺に嫌なことを聞いてきた。
「なんか、かわいい女の子と仲良くなったらしいね」
「えっ」
「しかも、夜にデートしてるとか」
どうやら昨日の事らしいが、事実がとんでもない方向に改変され噂されてしまっているようだ。それこそ、学年が違う柚姉の耳に入るほどに。
「いや、デートはしてないって」
「夜に会ってたってことは否定しないんだ」
「昨日色々あってな。というかどうしたんだよ柚姉、何か怖いぞ?」
「ふん、べっつに~」
何というか、柚姉がご機嫌斜めだ。しかも女たらしとか節穴とか言われ始めて、付き合いの長い俺でも訳のわからない状態に陥ってしまう。
柚姉になら話しても問題ないと判断し昨日のことを軽く説明する。俺の名誉回復もあったのだが、柚姉は少しずつ真剣な表情になって俺の話を聞いてくれた。聞き終えると柚姉はどこか安心したかのように肩を下ろし、俺の頭を撫でてくる。
「ちょ、何だよいきなり」
「褒めてあげてるだけ。お姉さん的に楽が危ない目に遭うのはよろしくないと思うけど、そういうことなら話は別。良く助けてあげたね」
「いや、結局は逃げちゃったんだけど」
「いい判断だと思うよ。私も楽に怪我はしてほしくないし、誰かを傷つけてほしくはない。そういう意味では、昨日の楽の判断は大正解だったというわけだよ」
そう言って俺の頭を撫で続ける柚姉。こんな風に撫でられるのは久しぶりなので、俺はつい照れてしまう。柚姉も昔は俺のことをよく撫でたり抱きしめていたが、最近はそういうのもなかったからな。
「そっか……よかった」
「ん? なんか言った柚姉?」
「べつに、何でもないよ~」
そうしてこの日は柚姉と一緒に帰ることになった。ちなみに作った資料を顧問に渡して確認してもらったら、一発で合格を言い渡された。あれが小学生の教育に繋がることを願おう。
「久しぶりに手でも繋いで帰ろうか?」
「いや、この歳になって手って」
「フフフ、冗談だよ」
そんなことを言い合いながら俺は自転車を引いて帰った。これが俺にとってのいつもの日常。一緒に話している柚姉の横顔が夕日に照らされて綺麗だなと思う楽なのだった。
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