第2話 先輩で幼馴染


 放課後、柴山と別れた俺は部活へと向かう。アイデンティティに欠ける俺だからこそ、何かをするという行為は貴重なのだ。


 俺が所属するのは天文部という星に関する研究を行う部活だ。つい最近は紙で円形の模型を作り疑似的なプラネタリウムを作成した。というか、最近の活動でまともだったのはそれくらいだ。


 俺が入部する前にいた先輩たちは大学生と合同で様々な討論を交わしていたそうだが、今や部員は俺を含めて二人だけ。しかも、部長である俺の先輩にこれがまた問題がある。


 俺は三階の端っこという辺鄙な教室のドアを無気力に開ける。するとそこには、パソコンをカタカタといじる部長の姿があった。星の研究などそっちのけで、画面にのめりこんでいる。



「お疲れ、柚姉ゆずねえ


「うん、おつかれ~」



 柚木撫子ゆずきなでこ。俺の先輩であり姉を気取ってくる幼馴染だ。肩を超えるほどの長いウェーブのかかった髪に、ポワポワとした雰囲気。一定の層から人気があり、スポーツ以外は軒並み優秀。逆に運動は壊滅的。


 彼女と俺たちの親同士の仲がもともと良く、俺が幼稚園に入る前からの付き合い。要するに、彼女は俺にとって年上の幼馴染というやつだ。


 そして、部室でノートパソコンを使ってゲームをするくらいのヘビーゲーマーでもある。もちろん本来はダメだが、大会が近いとかで最近ずっとこんな調子だ。星に対しての情熱はあるはずなのに、どうしてこうなったのだろう。



「それで、週二回という貴重な部活は今日も休み?」


「ああ、今日はちょっと違う。ちょっと待ってね、このマッチが終わったら詳しく話すから」


 そうして先輩は恐ろしい速さでキーボードを叩き、巧みにマウスを移動させる。そして一分もしないうちに最後の敵にヘッドショットを決める。どうやら、勝ち残ったようだ。



「ふぅ、いい汗かいた」


「冗談はほどほどにして、話って何?」」



 俺は自堕落な先輩の肩をさすり、ゲームの世界から現実に意識を引き戻させる。柚姉は口を尖らせるが、こんなところでゲームをしている柚姉が悪いので特に悪いとは思わない。


 そして俺がお茶を差し入れたところで、先輩はようやく意識を取り戻し話し始める。そして、これからの活動について話し始めた。



「さすがに活動しなさ過ぎて、先生からいろいろ言われちゃってさ。だから、今度小学生向けで星に関する教材を作ろうってことになったの。ええと、月とか有名どころの星座を中心にね」


「ふぅん。久しぶりにマトモな活動だね」


「パワポを中心にして教材を作る予定なんだけど、久しぶりに触るからうまくいかなくてさ。だから楽に手伝ってほしいんだ」


「そういうことなら、手伝ってあげるか」



 そして俺と柚姉は星座や地理学の本を部室中からかき集め、わかりやすさや面白さを重視にうまくまとめていく。柚姉はいつもは適当だが、こういう時は真剣になってくれるので俺も真摯に付き合う。それに、こういう風に何かを作るのは嫌いじゃない。



 それから二時間ほどが経過し、すっかり日が暮れてしまった。まだ半分ほどしかできていないが、大体のロードマップは出来上がっているのであとはそれに沿って資料をまとめていくだけだ。



「うーーん、こういうの久しぶりだから疲れたぁ」


「いつもパソコンと睨めっこしてるくせに」


「それとこれとは話が違うの。なんというか、爽快感?」



 俺もゲームをするのでわからなくはないが、柚姉の次元に到達するのは難しそうだ。というか、俺が家でそんなことをしてしまえば澪も真似して我が家が地獄と化す。


 とりあえず資料を片付けて帰宅の準備をする。もともと俺が綺麗にしているのでそんなに散らかってはいないが、いつ先生が来てもいいようにしておくことが大切だ。


 俺が本を元に戻していると、柚姉がパソコンをしまいながら俺に聞いてくる。



「私は部室の鍵を返してくるね。今日も一緒に帰ろうか?」


「そうしたいけど、今日は本屋に寄って帰るよ。妹に英和辞典を買ってきてほしいって頼まれてさ」


「英和辞典?」


「うん。ジュースを溢したから新調したいけど、重いから代わりに買ってきてと頼まれてさ」



 もちろん一度はきちんと断った。けど本屋へは中学校から家に帰る道とは逆方向で、俺が買ってきた方が早いと駄々をこねて来た。確かに俺にとっては高校の通学路だが、それにしても理不尽だ。そう言って妹に反論すると



『お兄ぃ、おねがーい。お兄ぃが買ってきた辞書なら、私もっと頑張れる気がするんだぁ』



 俺がいつも受験生という言葉を引き合いにしているのを逆手にとっておねだりされた。断ってもよかったのだが、これの影響で勉強をやめるとか言われたら困る。そうして結局妹に言い負かされ、俺が買いに行く羽目になったのだ。



「ふーん。相変わらずシスコンなんだ」



 俺は面倒くさがっているのだが、なぜか柚姉は面白くなさそうに拗ねている。というか、俺が妹の話題を出すとこの人はいつもこんな感じで機嫌が悪くなるのだ。



「シスコンじゃないって。というか、いつも柚姉だって言っているじゃん。親しい女の子には優しくしろって」


「そうだけど、楽はもっと視野を広めるべきかな。いや、この場合は狭めるべき?」


「何言ってるんだよ柚姉」



 そんなやり取りをしながら俺たちは部室の片づけを終えた。そうして部室に鍵をかけて職員室へと向かう柚姉と別れ俺は昇降口へ靴を取りに向かう。


 この時間になると昇降口は施錠されてしまう。そのため靴を持って教師や来賓用の正面玄関から出なければならないのだ。ちなみに吹奏楽部が面倒くさいと施錠した玄関を開けて帰ったところ顧問の先生にめちゃくちゃ怒られたとか。だから俺と柚姉もこのルールだけは守ることにしている。



「すっかり暗くなっちゃったな」



 俺は駐輪場に向かって自転車に跨り、そのまま本屋へと直行する。道が暗いが通り慣れた道で車や人も少ないためスピードを出すのは慣れたものだ。



「あ、ついでに夕飯を買わないと」



 久しぶりにまともな部活動をしたせいでスーパーに寄ることを忘れてしまった。挙句の果てに、この時間はもう行きつけのスーパーが閉まってしまっている。今夜はコンビニで妹の分含め食料を買っていくしかない。



「となると、やっぱり先に本屋だな」



 家に帰るまでにまだもう少し時間がかかりそうだと自転車を漕ぎながら考える。そして目的の本屋の駐輪場に自転車を止め、本屋の中へと入っていった。



「英和辞典は……これでいっか」



 こういうのはお勧めされている奴が一番ちょうどいいのだ。だから最前列でポップが書いてあるやつを選択した。レビューなどもよかったので、受験生が使う分には問題ないだろう。


 そうしてお会計を済ませダラダラと書店を出る。どうせ帰宅が遅くなるのは分かり切ったことなのだ。ならばもう少しゆっくりコンビニに向かおう。そう思っていた矢先のことだった。



「……れか……けて」



「ん?」



 本屋の近くの暗闇、具体的にはその近くの路地裏から女性の声が聞こえた。一瞬幽霊かと思ったが声に恐怖の感情が乗っていたので恐る恐る声の方向へ歩いていく。そして、二人の人物を目に入れた。



「やめ……離してください!」


(なっ、あれは……)



 見覚えのある女の子がチャラそうな男に絡まれ腕を掴まれていた。そして、必死に抵抗している。一瞬だけ見間違えそうになったが間違いない。



(新垣さん?)



 クラスで一番かわいいと言われているその少女が助けを求めていた。

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