クラスで一番かわいい女子と友達の関係でいられなくなるまで

在原ナオ

第1話 クラスで一番かわいい女子


 小鳥遊楽たかなしらくはどうしようもないくらい普通の高校二年生だ。成績は中の上くらいで、運動神経も平均のやや上。特に隠れた特技や趣味があるわけでもない、どこにでもいる男子高校生だ。


 そんな俺の一日は、朝早くから寝坊助な妹を起こすところから始まる。



「澪、起きろ! 学校までもう一時間切ってるんだぞ」


「んっ、お兄ぃ。夜這い?」


「馬鹿。もうとっくに日が昇ってんぞ。さっさと顔洗ってこい」


 寝ぼけた妹を叩き起こし、朝食と学校の準備を同時並行で進める。妹の小鳥遊澪たかなしみおは、俺の二つ下の中学三年生。今年受験生になったはずなのに、目も当てられない体たらくぶりである。


 父は現在海外に出張しており、母は既に他界。そのため現在、この家は俺と妹の二人暮らしである。二人で住むには若干広すぎる家であるため掃除が大変なのがここ数年の悩みだ。しかも、澪は家事が壊滅的に出来ないため実質俺一人がこの家の家事を担っている。


 俺が一人で朝食の準備をしていると、いまだにパジャマ姿の妹が目をこすりながらリビングへとやってきた。やや茶色みがかった髪を鬱陶しそうにかき分けながら、探し物を始める。



「お兄ぃ、私の制服は?」


「アイロンかけといた。そっちのソファーに置いてあるから」


「……えっち」


「お前がリビングの端っこに制服を脱ぎ捨てるからだろうが!」



 ああいう脱ぎ散らかしは、本当に皺が付きやすいのだ。ニヤニヤしながら俺のことを見つめる妹を一喝し、俺はてきぱきと冷蔵庫から卵を取り出して割り始める。それと同時に澪はソファーに座りながらパジャマを脱ぎ始めた。



「って、部屋で着替えんかい」


「こっちの方が効率的なの。ニュースとか見れるし」



 この妹、俺に対して羞恥心がなさすぎるのだ。もう少し大人のレディに近づいてくれなければ兄として困るのだが。というか、あんなだらしない奴が定期テストでほぼ満点を取って帰ってくるのがいまだに解せない。しかも、脱いだパジャマはそのままだし。



 そんな騒がしい朝を終えた俺も急いで制服に袖を通す。妹の世話ばかりをしていたら、自分が遅刻してしまいそうだ。朝食で使った皿は投げやりにシンクへと置いておき帰ってきてから片付けることにした。



「鍵閉めるから、早くしろー」


「はーい」



 そうして妹と同じタイミングで家を出て、途中まで一緒に通学する。妹は中学校が近いからまだいいが、俺は少しだけ距離がある。そのため俺は自転車を引きずって妹の隣を徒歩で歩く。だからこそ妹がもっと早い行動を心がけてくれれば俺も楽なのだが。



「それじゃ、授業中寝るなよ」


「お兄ぃ、私の事子ども扱いしすぎ」



 そうして妹の背中を押した後、自分も急いで学校へと向かう。妹に付き合って歩いていたせいでだいぶ時間を食ってしまった。これが毎日というわけではないが、この時点で俺は既にへとへとだ。


 そうして自転車で飛ばして何とかチャイムが鳴るギリギリの時間に校門をくぐる。よし、今日も何とか間に合った。俺は速めていた足の速度を緩め、ゆっくりと自クラスへと向かう。うん、もうほとんどの生徒が登校してるし。


 俺が自分の席に座ると前の席の男が振り返ってくる。



「やっと来たのか楽。今日も遅刻ギリギリだな」



 そう言って俺をからかってくるのは柴山大輝しばやまたいき。このクラスで俺が一番仲のいい男友達だ。こいつが筆箱を忘れた時にシャープペンシルなど一通りのセットを貸したことをきっかけに仲良くなった。



「身内の世話してんだよ。ほっとけ」


「ん、介護か? そりゃ大変だな」


「介護……言い得て妙だな」



 あの妹は生活能力が皆無なので、本当に介護のようになってしまっている。俺から卒業してくれれば嬉しいことこの上ないのだが。



「って、そういや聞いたか楽」


「何をだよ」


「撃墜王の記録更新だよ」


「またそんなの数えてんのか」



 撃墜王。それはこのクラスのとある女子生徒につけられた異名だ。なんでも数々の男を失墜させていったのだとか。


 すると、その張本人が教室の中へと入ってきた。柴山の目線は俺からそちらへと向けられる。うん、下心丸出しの目だ。



「やっぱ綺麗だよな、新垣さんって。お前もそう思うだろ」


「いや、まあそうだろうけど」



 新垣紬あらがきつむぎ。柴山曰く、このクラスで一番かわいいと言われてる女子だ。というか、この学年で彼女よりかわいいと言われている人がいないので、実質彼女が二年生のミスコン優勝者だろう。肩まで伸びている綺麗な黒髪が可愛らしい。頭脳明晰でスポーツ万能と非の打ちどころがなく、両親も資産家でお金持ちだとかなんとか。



 彼女は男子生徒からよく告白されているのだが、その告白をすべて断っている。そしてその後に、必ずこう言うのだ。



『できれば、友達の関係で』



 その言葉を投げかけられた男子は無理に笑顔を取り繕うも、すぐにトイレや校舎裏に駆け出してしまう。きっと一人でむせび泣いているのだろう。


 そうしているうちにつけられたあだ名が撃墜王。男子たちの告白をすべて一蹴し遺恨を残さないその姿勢が、彼女の異質性を高めている。中には断られることに快感を覚えているマニアも一定数居るとか居ないとか。



「俺の記録が間違ってなければ、もう77回目だぜ。告白を断るの」


「なんで数えてんだよ」


「俺じゃなくて、一年生の頃に新垣さんと同じクラスだった人が始めたんだ。あーあ、やっぱりもう彼氏とかいんのかね」


「いるんなら、もう噂になってるだろ」


「それもそっか」



 そうして俺たちは少しだけ談笑した後、担任が入ってきたタイミングで会話を中断する。周りの喧騒も徐々に落ち着いてきたことから、ようやく授業が始まるのだと体のスイッチをオンにする。



(新垣さんか。まぁ、俺なんかとは遠い世界にいる人だし)



 彼女の周りには、いつもキラキラしたクラスの陽キャ達が蔓延っている。本人は楽しそうに過ごしているのできっと嫌がっているということではないだろう。

 対する俺は柴山以外に話す人がほとんどいないクラスの陰キャ。取り柄もこれといってないし、地味で目立たない。



 そういう意味では、絶対に交わることはない二人だろう。それに向こうも俺みたいな陰キャと話したくないだろうし俺の方からあまり関わらないようにしている。万が一俺が彼女に対して何かをやらかした時に男子たちからのやっかみを受けなくて済むしな。



 そういうわけで、きっと卒業まで関わることはないと思っていたんだ。今日までは。

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