逃げの章
第1話 6月3日(逃亡生活一日目)
「蘭ちゃん、こっちこっち」
崩れ行く本能寺を見て「信長討取ったり」と、勝鬨をを上げる明智軍の群れに
さりげなく紛れ込んだ信長と成利。
「蘭ちゃん、ちょっとごめんね」
信長は地面に焼け落ちた煤を成利の顔に塗り付けた。
「ほら、これで顔が誤魔化せるし、いかにも前線で頑張ってました的な感じに見えるでしょ」
「さすが、と……」
「おっと」
殿と言いかけた成利の口を信長が素早く塞いだ。
「それはダメ!」
「……」
信長はキョロキョロと辺りを見渡し、脱出のタイミングと経路を
探していた。
「おい」
信長に明智軍の兵士が話しかけてきた。
「はいー」
驚き思わず声がひっくり返る信長。
「ん? お前……」
マジマジと信長の顔を見つめる兵士。
「もはやこれまでか」
と今にも切りかかりそうな成利を信長は視線で待ったをかける。
「お主達、突入した部隊か? なかはどうであった?」
信長と成利はほっとした。
「いやー、完全に火の海ですよ! 熱いのなんのって、もうどんだけーって感じっすよ」
「そうか、さすが我が軍の精鋭部隊よの。明智様はもう行ってしまわれるぞ主も早く駆け付けねば」
「あ、そうだね。ありがとう」
「そこの馬を使うが良い。ワシの名は茂吉、明智様によろしゅう伝えてくれ」
「あけっちゃ、いや、明智様とは旧知の仲。良く伝えておくでございますですよ」
しどろもどろの信長を見て、成利は横から口を挟む。
「明智様の元へ急ぎましょう」
と、成利は言う。
「はい。了解です」
17歳の成利に敬語を使う信長47歳。
「あ、思いついちゃった」
そう言うと、信長は茂吉に譲ってもらった馬に跨ると成利に声をかけた。
「蘭ちゃん、後ろに乗って」
掛け声に応じ、成利が馬の背にのると信長は馬の頭を撫で、
「頼んだよ、お馬ちゃん」
そう言うと、足で馬の体を強く圧迫する。
馬は声を上げその場で旋回するとそのまま加速、明智軍のど真ん中を
猛スピードで駆け抜けた。
「あーれー、馬が暴走してるわよ。皆さんお逃げになってー」
成利がひそひそ声で問い質す。
「信長様、何故おなごの口調なのですか?」
「いやー、なんとなく」
「・・・」
明智軍の兵士たちは「馬に蹴られてはかなわぬ」と、皆が道を開けていく。
「ほら道ができていくよ、蘭ちゃん」
信長と成利はそのまま明智の部隊を抜け、本能寺から離れていく。
「ワハハハハハー!」
未だかつてないほど楽し気な信長を見た成利は複雑な気持ちであった。
しばらく走った後、ひと気のない場所に着いた信長と成利は馬から降り甲冑を脱ぎ捨てた。
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