信長は生きていました。逃げの章

ヨルノ チアサ

プロローグ

本能寺の変

天正10年6月2日(西暦1582年6月21日)早朝、

「敵襲ー。敵襲!」

「殿、謀反でございまする」


「なぬ」

 後に有名となる本能寺の変……。


 寝込みを襲われた信長は、明智光秀軍に包囲され

窮地に立たされていた。


成利なりとし(旧森蘭丸)よ、敵はいかなる者だ?」

「明智でございます。すでに本能寺は包囲されております」


「なんだと! あ奴……。成利、本能寺に火を放て。

ここで迎え撃ってやるわ!

そうやすやすと首を渡すワシではないぞ。

魔王と呼ばれたこの信長、殺せるものなら 殺してみよ」





 こうして 織田信長は本能寺の変にて 側近の森成利と共に

業火に包まれる本能寺において 命を落としたのであった。



……、が歴史上の物語。

ここからは時間を少しさかのぼってみる。



「敵襲ー! 敵襲!」

「殿、謀反でございまする」


「なぬ」


 ……


「っていうか 信長様、そういう冗談はやめてくださいよ」


「いやいや、ホントホント。本当なんだって! なんかねー、明智ちゃん裏切ったみたい」


「えっ 本当に?」


「うん、マジだって! たぶん、お前がハゲとか言うから怒ったんだよ……きっと」


「ああ、やっちゃったよ。ウケ狙いだったんだけどなー。

謝っても遅いですかね?」


「うん、たぶんこれ死ぬやつだわ!」

「えー、マジ嫌なんですけど……」


 実は敵襲を知らせに来た兵士こそが、実は本物の信長。

 信長だと思われた人物は 影武者であった。

 今川義元を桶狭間の戦いにおいて 奇跡的に打ち破った信長は

一気に有名人となり時の人となった。

 

 その結果、今まで『尾張の大うつけ』と称されて来た信長は 『大うつけ』ではなく実のところ『常軌を逸する才覚者』ではないであろうかとの噂が流れだした。

 暗殺や権力争奪を恐れた信長は以降、あまり表に顔を出さなくなり、城に引きもると影武者の育成に力を入れた。

 長い歳月を費やし、少しずつその影武者の顔を本物の信長と遠ざけていく。

 月日の経過と共に少しずつ変わっていく信長の顔に違和感を持つ者は現れず、数年を経た結果、信長とは似ても似つかぬ顔の影武者が誕生したのである。

 唯一、知る者と言えば側近の森成利だけだった。

 これにより信長は 自由奔放に各地へ赴く事を可能とし、民や武将から情報収集を行えた。一方で裏で影武者である信長を操り、織田家は天下統一に向け、大飛躍していったのである。

 本能寺の変は信長の才覚をもってしても予期できぬ事件であり、多くの者の運命を激変させる一大事件であった。



らん(成利)ちゃんいる?」


「なんですか? 殿」


「これ着ちゃって!」


 家来に扮した信長は 敵兵を二人打ち取り、その者達の鎧をはぎ取る。

「これを着るんですか?」


「うん」


「これで 敵兵に紛れて脱出しよう」


「信長様、わたくしのはないのですか?」


「だって かげちゃん顔で信長ってバレバレじゃん」


 影武者信長は悲しそうに

「自分達だけずるいっスよ、信長さん。ああ、死ぬの嫌だなー。

やっぱズリー《ずるい》よ」と、言った。


「ゴメン、影ちゃん。自力で逃げてちょ!」


「えっ、待ってくださいよ信長様ー!」


「俺にはやらなければいけない事があるんだ。だから 今は死ねない」


「ん、やらなければいけない事ってなんです?」


「とりあえず、いつか明智をしばく《なぐる》」


「ああ、なるほど……って」


「いざとなったら これハイ!」

 信長は影武者にふみを渡した。


「これ何ですか?」


「えっと、秘密兵器。それじゃあ影ちゃん後はよろしく!」


「ああー待って、信長様あああああー!」

 信長は影武者に別れを告げ、森成利と本能寺から脱出した。





「信長ー覚悟!」


 複数の敵兵に囲まれた影武者信長は

「ええい、破れかぶれよ。ここで迎え撃ってやるわ!そうやすやすと首を渡すワシではないぞ。魔王と呼ばれたこの信長、殺せるものなら 殺してみよ」

 と、明智軍を相手に孤軍奮闘した後、命を落とした。

 享年48歳であった。



 本能寺が炎に包まれ、屋根が燃え崩れ落ちる頃、明智の元には信長が書いたであろう文が届けられた。


 その文には「ハゲって言ってゴメンね。」と、一言だけ書いてあった。





 その後、信長はと言うと……

 徳川家康が統治する駿河国のとある村で農民となっていた。

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