第25話 彼女の好きなものを知りたい
「あー……」
ベッドに寝転がりながら、春人はスマホで一つのSMSメッセンジャーを見つめていた。
今日、草壁と連絡先を交換した。
せっかくだから、今日のゴーたんショップについて何か言おうと思ったのだが、なかなか言葉が出てこない。冬馬や和樹とはそんなに悩むことはないのにと、己のこの優柔不断さに疑問が湧いた。
「って言っても、……何、言えば」
ありがとう、とか。楽しかった、とか。
そんなありきたりな言葉で良いのかと何故か悩む。
今日、彼女から受け取ったものは、そんな短い言葉では図り切れない。
〝やあやあ! もちろん知っているよ! 須藤君が大事なおばあさまの形見、ゴーたんのぬいぐるみを今も大事にしていて、可愛がっていることはね!〟
春人の好きなものを馬鹿にせず、否定もせず、ただあるがままに受け入れてくれた人。
だから、今日も昔の彼女に出くわしても逃げ出さずに踏ん張れた。彼女のおかげだ。
けれど、それを改めて伝えるのも違う気がした。彼女はいつまでもそのことを引っ張りはしないだろう。
だったら、やはり「楽しかった」だろうか。
「ゴーたん……。俺、こんなに優柔不断だっけ?」
ベッドから椅子に移動させたゴーたんを見上げると、彼は変わらず「きゅっ」と可愛らしく鳴きそうな表情をしている。心を癒してはくれるが、悩みの相談相手にはなってくれない。
うがー、っと唸っていると。
ぴこーん。
「うわっ!」
急に画面に文字が映し出された。驚いて声を上げると同時に、悩んでいた元凶、草壁からメッセージが届く。
すぐに既読マークが付いてしまって慌てたが、内容を見て脱力した。
『やあやあ、君の、君だけの草壁美晴だよ! 私のメッセージを心待ちにしていたかな? 今日は君と初めて連絡先を交換した記念日として、毎年祝おうじゃあないか!』
「記念日って……もっとマシなことを記念日にすれば良いのに」
呟きながら、春人は口を手で押さえる。一体何を口走っているのか。こんな独り言を草壁に聞かれたら、また突っ込まれてしまう。
きっと、嬉しそうに笑って。
「……」
そこまで思い至って、春人はふっと力を抜く。
不思議だった。恋人でもない女性とここまで関わり、そして家にいても彼女を思うこの瞬間が。
今まで付き合ってきた彼女とは、特にここまで思い悩むことなどなかった。メッセージも適当に返事をしていた気がする。
最初の彼女の時以外は。
「……。ほんっと、俺って不誠実だったな」
春人も、どこかで見抜いていたのかもしれない。二人目以降の彼女達は、春人の見てくれやステータスだけで近付いてきていたことを。
それでも付き合っていたのは、春人が知りたくて意地になっていただけだ。
当時は分からなかったが、今ならもう分かる。
春人が求めていたのは、誰かを追いかけたくなるほど好きになるという心。誰かを本当に好きになるというのは、どういうことなのか。
どんな瞬間に、好きになるのか。
最初の彼女の様に、誰かを強く好きになってみたい。
それは、渇望し、尊敬すると同時にどこか興味本位も含まれていた。本当に最低だと思う。
「……。草壁さんは、見抜いていたのかな」
初めて告白をされた時、承諾したのに怒ったのは、春人のどこか付き合いというものに投げやりな部分を見透かされていたのかもしれない。
付き合えば付き合うほど、彼女は人のことをよく見ているのが分かる。強引に踏み込んでくるはずなのに、きちんと一線も引いていた。
分かれば分かるほど、後悔する。
最初の彼女との付き合いを、もっと大事にしておけば良かった。
そして、振られた時に春人自身も傷付いていたのだと、きちんと向き合って気付ければ良かった。
そうすれば、今まで投げやりに誰かと付き合い続けるということはしなかっただろう。遊び人と不名誉なレッテルを貼られることもなかった。
「俺。……最初の彼女に、ちゃんと好きだって伝えなきゃならなかったんだよな」
激しく燃え上がる様な恋じゃなかった。付き合っていた通り、ただただ穏やかな恋心だった。
春人はその時はそれで満足していたけれど、彼女はもっと激しく愛し合いたかったのかもしれない。もっと、好かれているのだと自信を持ちたかったのだろう。
歩む速度が違った。だから、途中で付き合うテンポが崩れてしまった。
だが、その時々で春人がきちんと自身の想いを伝えていたら、彼女も安心して
もちろん、喧嘩して別れていた可能性もある。全ては憶測でしかないのだ。過ぎ去った過去は、もしもの世界でしかない。
――なら、今は?
「俺、……草壁さんのこと、どう思っているんだろう」
破天荒な人だと思う。それなのに、どこか常識を備えている。非常にアンバランスな人で、最初の頃は度々振り回されて疲れ切っていた。
けれど。
〝実を言うとね、お前は疲れている様には見えるんだけど。同時に、少しだけ楽しそうにも見えたよ〟
割と初めの頃から、彼女と過ごす時間は楽しかったのかもしれない。
春人が気付かなったのに、父にはそう見えていた。
冬馬も和樹も、今回は春人の恋人候補に何も苦言は
それは。
「……。……ゴーたんショップ、楽しかったな」
途中でアクシデントもあったが、彼女と回る時間は幸せだった。騒がしかったけれど、それが嫌ではなくなっていたのだ。
彼女と自分の好きなゴーたんの話をするのが楽しかった。彼女が話を聞いてくれて、話に楽しそうに乗ってくれて嬉しかった。
それは、とても幸せな時間だった。
「……、……草壁さんは、何が好きなんだろう」
思えばいつも家族の話はするし、ゴーたんの話はしていたが、彼女の好きなものの話をしたことはない。
小さな興味ではあったが、そう思う自分に戸惑いもした。
けれど、自分のことばかりではなく、彼女のことも聞いてみたい。
彼女のことをもっと知ってみたい。彼女が自分の話を聞いてくれる様に、春人も彼女の話を聞いてみたい。
今度、聞いてみようか。また騒がしくなりそうだが、どんな顔をするのか楽しみでもある。
「……取りあえず、返信しなきゃ」
物思いに
何か返さなきゃと思って、もう一度彼女からのメッセージを見て脱力し。
『俺は、ゴーたん記念日にしたい』
考えた末に、彼女からの提案を否定するメッセージを送ってしまったのだった。
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