第16話 草壁さんを誘えば良いだろう


「なあ、冬馬。和樹。ゴールデンウィーク、時間をくれないか?」


 草壁がどこかへ出かけている休み時間。

 春人は、冬馬と和樹に拝み倒す様な気持ちで切り出した。


「んー。なに? どっか遊びに行きたいの?」

「ああ、あの、……実はさ。ゴーたんのショップが短期間だけどゴールデンウィーク中に開催するんだって」

「ほう。十年経つが、本当に根強い人気だな。アニメは終わったのに、その後も人気が続くのはまれだぞ」

「ああ。それで、……その、一人で行くと、ちょっとさ。目立ちすぎるというか、落ち着かなすぎるというか」

「んー。つまり、勇気がないってこと?」

「そ、そうだよ! だから、……一緒に行ってくれないか? 頼む!」


 ぱん、と両手を合わせて頼むと、冬馬も和樹も微妙に首をひねった。


「別にいいけどー……男三人で行った方が目立たない?」

「で、でも、そう! 三人いれば恥ずかしさは分散される!」

「恥ずかしいことがあるか。堂々と行けば良いだろう。今時、男が可愛いもの好きでも珍しくないだろう」

「え。そうなのか?」

「……。……こいつ、少しり固まり過ぎだな。矯正が必要そうだ」


 はあっとこれ見よがしに溜息を吐いて馬鹿にする和樹に、春人はむっとうなる。

 確かに最近、草壁のおかげで春人は過去に囚われ過ぎていたかもしれないと気付き始めてはいたが、それでもすぐに価値観が変わるわけではない。



「悪かったな。仕方ないだろ」

「そうだな。だから、凄まじい妙案をくれてやる。俺達よりよっぽど自然に馴染む草壁さんを誘えば良いだろう」

「――はあっ⁉」

「うわー。ハル、顔だけで全力で拒否してるー」



 冬馬が机の上で寝転がりながら茶々を入れてくるが、春人はそれどころではない。突然降って湧いた提案に、ぶんぶんと首を振った。


「な、な、なんでだよ! ゴールデンウィークだぞ? 恋人でもないのに」

「友人だろう? 別に良いじゃないか。矯正出来るだろう?」

「はあっ⁉」

「おお。なんだなんだ? 須藤、お前、草壁さんをデートに誘うことに不満があるのかよ!」


 ぎゃいぎゃい騒いでいると、横から佐藤が面白そうに口を挟んできた。

 面白そうなのに怒った顔をしているのは、嫉妬からだろうか。彼はかなりの草壁ファンであるから仕方がない。


「デートじゃない! そ、それに、……ただ、俺は男だし、彼女は女性だし……一応」

「はあ? それこそ、普段の遊び人スキルを発揮して、自然に、流れる様に、キザったらしく、無意味に輝きながら誘えば良いだろ? ここでそのスキルを発揮しないで何のための遊び人だよ」

「は? 別に、俺は遊び人じゃ、……」


 否定しかけて、春人は口をつぐむ。

 遊び人ではないと思いたいが、春人が来るもの拒まずで相手を選ばずに付き合っていたのは事実だ。一年以上はそういう感じで、付き合っていない期間の方が短いから、はたから見れば遊び人にも見えるだろう。

 だが、今までは、親友以外にそう言われても、特に否定しようとは思わなかった。つまりどうでも良かったのだ。誰に何と思われようと。

 それなのに。



 何故、今は否定しかけたのだろう。



 自分で自分の反応に混乱する。

 急に黙り込んだ春人に、佐藤がにっと口を吊り上げているのが見えた。何だか期待する様な雰囲気だなと感じたが、微かに落ち込んだ春人には追及する気力がない。


「何だよ? 遊び人じゃ、の次は?」

「……。……、別に。……なんでもない」

「――」


 否定せずに、春人は受け流した。

 直後。



 一瞬。ほんの一瞬だが、激しい怒気がとどろく様に佐藤を取り巻いた。



 あまりに燃え上がる怒りに圧倒され、ぎくり、と春人の心臓がすくむ。

 すぐに威圧感は鎮まったが、佐藤はひどく不機嫌そうに引き下がった。


「ああ、そうかよ」


 それだけ残し、佐藤は教室を出て行ってしまう。歩く音さえ不機嫌に鳴り響いて、春人は益々ますます混乱した。


「……何だよ、佐藤の奴。いきなり」

「……言い返さなかったからじゃないか?」

「え?」


 和樹の指摘に、春人の混乱は頂点に達した。


「え? 何で言い返さなかったら不機嫌になるんだ?」

「はあ……。……まあ、そうだな。お前が思うよりも、周りはお前をよく見ているということか」

「は?」

「つまり、ハルはもう少し自分の意見を述べるべきってことだねー」


 佐藤だけではなく、二人にまで訳の分からない納得をされて、どこまでもに落ちない。春人だけ仲間外れにされている様な感じでもやっと胸が重くなる。

 しかし。


「まあ、つまりは俺達はゴーたんショップには行かないぞ」

「えー! 待ってくれ! 俺の生命線が!」

「だから、草壁さんを誘えば良いだろう」

「だ、だだだだだだから! それは心の準備が!」

「ああ。明日からゴールデンか。まあ、今日誘えないなら、ラインでもメールでも誘えば良いのでは?」

「……。いや、知らない」

「は?」

「連絡先……知らない」

「は? 知らないのか?」


 心底驚愕した様に身を引く和樹に、春人は不貞ふてくされてしまう。仕方がないだろう。草壁とは四六時中顔を合わせ、登下校まで繰り返しているため特に不便は感じなかったのだ。


「えー。ハル、知らなかったんだー。いっがいー」

「悪かったな」

「だって、僕は知ってるもん」

「……。は?」


 空耳か。

 あまりに予想外の真実がぶつかり、春人は目が点になった。漏れ出た声も点になっている気がする。


「カズキも知ってるよねー」

「は?」

「ああ。散々春人の情報をよこせよこせうるさかったからな。あまりにしつこいので面倒だから、メアドと番号を教えて、お前達へと同じくドコモン特有のSMSメッセンジャーでやり取りをしてるぞ」

「あー、僕もー。あれ、使用期限はあるけど、ララインみたいにスタンプ使えるのいいよねー」


 のほほんと冬馬と和樹が次々と爆弾を投下していく。むしろ、いつの間に草壁とそこまで仲良くなったのかと驚きだ。

 いや、別に不思議ではない。あまりに周りを振り回す言動が目立つが、彼女自身はなかなかに話していて悪い気分にはならない。二人もそういう部分で信頼を置いているのだろう。

 だが。



 ――草壁さん、この二人には番号教えたのか。



 己のことを棚に上げて、春人は何となく面白くなくなる。普段あれだけ好きだ好きだと言いながら、番号を聞かれたことは一度も無い。

 いや、番号を聞かれて家でまで会話の嵐になったら大変だから、今のままで構わない。

 構わない、のだが。


「……。そうか」

「……やれやれ」

「……何だよ、和樹」

「いや。まあ、番号を知らないなら、やはり今の内に誘っておいたらどうだ」

「……。誘うって言っても、俺、今まで一度も女の人を誘ったことなんて、――」


 そこまで言って、はたっと春人は我に返る。

 誘ったことが一度も無い。

 この二人とはいつも何とはなしに互いに誘い合っているが、女子を誘うことは一度も無かったと気付く。

 そう。



〝私ばっかりで、須藤君、……ぜんっぜん、もとめてくれないんだもん!〟



 ――俺。恋人に、一度も自分から誘ったこと、無かった。



 どこかへ遊びに行く約束も、いつだって彼女側の方からだった。春人もどこへ行こうかと計画は立てたが、自分から遊びに行こうと提案したことは一度も無い。

 ああ、だからか。



〝家で、両親に会って欲しかった! この人が私の彼氏なんだって、ちゃんと紹介したかった! 会って、……須藤君も私のこと好きだって。感じたかった!〟



 だから、最初の彼女は、悲しくなったのか。



 今更気付いた後悔は、しかしその熟語の文字通り遅すぎる。

 これは、振られても仕方がなかったかもしれない。むしろ、半年もよく我慢したものだ。

 そういう意味で、春人はやはり不誠実だった。最初の彼女のことを、少しずつ好きになっていたはずなのに、やはり恋人にはなりきれていなかったのだろう。

 けれど。


「……、草壁さん、を」

「……というわけでー。ハル、いってみよーう」

「い、いや! そ、そう簡単に――」

「やあやあ、呼んだかい? みんなの草壁美晴、略して須藤君だけの草壁美晴が参上したよ!」


 言葉がおかしい。


 脊髄反射でツッコミを入れたが、草壁は何のその。相も変わらず「やあ」と片手を上げて爽やかに挨拶してくる。その片手のポーズも、薬指と小指を曲げて、無駄にカッコ良く決めている。彼女はどこまでいちいちカッコ良いポーズを取るのだろうか。

 しかし、いきなり本人が目の前に現れて、春人は軽く混乱した。むしろ、これは千載一遇のチャンスではないか。誘うなら、今しかない。


 ――って! 何で俺、誘おうとしてるんだ⁉


 湧いた思考に、春人は更に混乱した。目がぐるぐるしそうになって、ばちばちと素早く瞬きし続けてしまう。

 だが、次の瞬間、混乱は更に加速した。



「ああ、そうそう! 須藤君、ゴールデンウィークは空いてるかい?」

「へあっ⁉」

「暇だね? 暇だろう! 私と一緒に、この前言っていたゴーたんショップに行かないかい?」

「へあっ⁉」



 誘おうと思っていた本人から、逆に誘われてしまった。おかげで、春人は変な声しか出てこない。

 そんな春人の反応に「相変わらず、変な顔をする須藤君もカッコ良いね!」と輝く様に言われ、春人は益々困惑した。心なしか、顔が熱い。


「日にちは、今日の放課後に相談しようではないか! それで良いかい?」

「え? あ、うん」

「それから、待ち合わせ場所は決めなくても良いよ! 何故なら、私が当日、君の家に直接薔薇を持って迎えに行くからね!」

「え? あ、うん、……うんっ⁉」


 勢いでたたみかけられるまま頷きかけ、春人は物凄い勢いで顔を上げた。振り子の様だな、と変に冷静な頭が分析する。

 驚く合間にも、草壁は流れる様に片膝を突いた。そのまま胸に手を当て、右手を春人へと差し出し。



「須藤君。どうか私と一緒に、麗しの楽園、ゴーたんショップに行って欲しい。――共に来てくれるかい?」

「――っ!」



 目を細めて見上げる彼女の瞳は、ひどく煽情せんじょう的な色香をかもし出していた。いつもよりも低めのトーンは相変わらず心地良い響きで春人の耳を直撃し、心臓が直接殴られた様にばくばくする。

 ほのかな熱と共に向けられるとろける様な視線は、蜂蜜よりも甘くて熱い。

 それは、間違いなく今、春人にだけ注がれている彼女の想いだ。きらきらとお星さまの様に密やかに、けれど太陽よりも激しく輝く熱量に、春人は内側まで焦がされる様に体が熱くなる。

 絡み合う視線は、何故だろうか。まるで、舌を深く絡めているかの如く彼女の熱を感じるようで――。


「――……っ!」


 がっと、春人の顔が今度こそ真っ赤に爆発した。



「……っ、も、も、も、っと」

「うん?」

「――っ! もっと! 普通に誘ってくれ! 馬鹿!」



 あまりの恥ずかしさに耐え切れずに叫び、春人は草壁のファンに言葉でぼこぼこにされるのだった。


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