【風に散る短編】山猫騒動(4)

 

 

「ところでのう、銃太郎殿。鳴海に祟ったのはこの山猫で間違いなさそうじゃな?」

「そう、だなぁ……。見るからに間違いないな」

「問題は、どうやって祟りを鎮めるか、だけど……」

 銃太郎と瑠璃は揃って首を捻るが、やがて一斉に丹波を注目した。

「? ……何でしょうかのう」

「丹波殿、その山猫はそなたが捕らえたようじゃが、如何様に処分するつもりなのじゃ」

「如何様、とは……ふむ。そうですな、鍋の具にでも」

 問題の山猫に祟られているらしい人間が目の前に転がっているというのに、丹波の回答は恐ろしくも勇気溢れるものであった。

 更に、山猫も人語を理解出来るのか、途端に力一杯もがき始めた。

「ギョルーギョルルルーー!!」

「ギョルー! ギョルー!!」

 ついでに鳴海も突如暴れ出した。

 丹波も流石に鳴海まで鍋に入れたりはしないだろうが、こちらはどうやら祟りの所為で山猫に同調してしまっているらしい。

「困ったな……」

「ああ、本当、困るな」

「ほほう、困りましたのう」

 鳴海の状態が刻々と悪化していくのを目の当たりにし、三人が三人とも、のらりくらりと困っていると──。

 そこへふと、妙な声が告げた。

「鍋の具にせぬと言うならば、その阿呆を元に戻してやっても良い」

 低くしゃがれた声は、到底人間の喉から出るものとは思えぬ響きを持っていた。

 顔を突き合わせていた三人の、誰とも異なる声。

「……今の声は? 銃太郎殿か? いきなり風邪でもひいたか?」

 怪訝な面持ちで瑠璃が尋ねるが、勿論銃太郎は風邪などひいてはいないし、そもそも「困った」以外の言葉を発してはいない。

 銃太郎が否定すれば、瑠璃は一層深刻な顔で丹波を見る。

「では丹波殿か? 声だけ突然老けたか?」

「何を申されますか、私ではございませんぞ! 幾ら瑠璃様とはいえ、あんまりなご発言……!」

「では今の声は? 一体誰の──」

 と、困惑に首を傾げた瑠璃の視線が、丹波の手元に注がれた。

 一旦は通り過ぎた視線を、瑠璃は即座に丹波の手中へと戻す。

 瑠璃の二度見につられて、銃太郎も山猫に目を向けた。

「儂を食えば、ぬしらのすべて、そこの阿呆と同じ目に遭わせてやる」

 丹波に尾を掴まれて逆さ吊りでぶら下がる山猫が、ぼそぼそとそんな事を呟いた。

「み、見たか、銃太郎殿……」

「ああ……や、山猫が、喋った……」

 瑠璃と銃太郎の両名が凝然とする中、

「………………どーーん!!!」

「!? ご家老っ!?」

 丹波の意味不明な掛け声に驚いた銃太郎の視界を、山猫が回転しながら横切った。どうやら山猫は丹波に投げ捨てられたらしいが、そこは流石猫。くるりと身を捻ると優雅な着地を決めて見せた。

 一方丹波は腰を抜かした上、顎も外してガタガタ震えている。

「だ、大丈夫か丹波殿……。喋る山猫にも驚きじゃが、そなたの顔にも驚きじゃぞ」

「は……っ、はぇっはッ!!!」

「喋った、じゃな? 言いたいことは分かるが、早う顎を嵌めぬか」

 瑠璃が丹波の様子に気を取られている間に、銃太郎は今一度大刀を構え、山猫との間合いを計る。

「物の怪め。瑠璃には指一本触れること罷りならん!」

 ひょうっと風が吹き、木々が不穏にざわめく。

「……儂に指はないぞ、若造。あるのは肉球じゃ。色は桃色だ」

 山猫は四足を地に張り付けたまま、銃太郎の揚げ足をとる。

 丹波の手を逃れて、余裕綽々と言った風の山猫は、銃太郎をおちょくるように尾をうねらせる。

 ちらりと瑠璃を盗み見れば、泡を吹いた丹波を懸命に抱き起こそうとしている最中。そのすぐ側には芋虫が投げ出されている。

(くそう、丹波様が羨ましい……!)

 瑠璃を守らんと化け猫に立ち向かう銃太郎の勇姿は、そのお陰で見向きもされないのである。

 悔しいかな、勇ましく物の怪に対峙する銃太郎よりも、情けなくも腰を抜かし、おまけに泡まで吹いた丹波のほうが、瑠璃の関心を独占しようとは──。

(何か、報われない……!!)

 ぎりっと奥歯を軋ませ、銃太郎は再び山猫をねめつけた。

「許すまじ……!」

 身体の底から、やるせない怒りの炎が燃え上がるのを感じつつ、銃太郎は構えた刀の刃を返す。

「おい、若いの。そこにはもしかして儂に関係のない悲憤も含まれておるだろ……」

「だっ、黙れっ!! 私はただ──」

「まあ良かろう。ぬしの忠勇に免じて、此度は見逃してやろう」

 身を低く、跳躍の姿勢を取っていた山猫が、すっとその場に座り直した。

 

 

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