【風に散る短編】山猫騒動(3)

   ***

 

 暴れる鳴海を荒縄でぐるぐる巻きにし、銃太郎と瑠璃は連れ立って城外作田方面へ赴いた。

 銃太郎は右手に鳴海を巻いた縄を握り、ずるずると引き摺っていく。

 銃太郎としては、出来れば空いた左手で瑠璃の手を引いてやりたいのだが、あれこれ迷ってもじもじしているうちに、あっという間に作田の山に着いてしまったのである。

 だが、何だかんだ言って、これも逢瀬のうちに入るだろうかと考えると、ほんの少し嬉しいような気もした。

「大谷殿は昨日、本当にこの道を通ったんだな?」

「多分な。この山の向こうに流れる川にまで出掛けて行った事は、確かじゃ」

 作田の辺りには化け狐が出るという噂も多い。だったら、化け猫が出たとしても不思議はないだろう、と、瑠璃は言う。

(狐と猫とでは、随分違う気もするが……ま、いいか)

 心持ち腑に落ちない気分を抱えながらも、銃太郎は先頭に立って山道を進んだ。

 背の高い杉に混じって、欅や椚の葉が細い道を覆い隠すように茂る。大人二人がぎりぎり歩けるくらいの道幅だが、瑠璃は銃太郎の背後にくっついて、そろそろとついて来る。更にその後ろに、荒縄に巻かれて芋虫状になった鳴海がズリズリと牽引された。

 瑠璃と並んで歩くのも嬉しいが、こんな風に後ろからちょこちょこついて来る瑠璃もまた、普段と違った印象で、胸にこそばゆいものを覚えた。

 これで最後尾の芋虫さえいなければ、もっと嬉しいのだが。

「な、なあ、瑠璃」

「何じゃ?」

 歩きながら瑠璃を振り向くと、瑠璃もちらりと顔を上げる。

「あ、いやー……その、大谷殿が片付いたら、私とどこか……」

「銃太郎殿、ここは姥捨て山ではないぞ?」

「ぶらりと出掛け──って、は? 姥? な、何の話だ」

「今そなた、鳴海を片付けると申したであろう」

 ごくりと固唾を呑んで銃太郎を見る瑠璃の顔は、酷く青褪めている。そして何故か、敵意にも似た鋭さを含むその視線が、銃太郎を突き刺した。

「た、確かに言ったが、別に大谷殿を山に捨てるとか、そういう意味では……」

「……なんじゃ、鳴海を始末するつもりだったんじゃないのか?」

「………。そりゃあ、出来ればその辺の栗の木にでも吊り下げて帰りたいと、思わないではないけどな……」

 ぼそぼそっと本音を呟いて、銃太郎はもう一度瑠璃を見遣る。

 だが、瑠璃の視線は既に銃太郎を離れ、森の奥、それも何故か木々の高みのほうを凝視していた。

「? 瑠璃?」

 一体どうしたのかと訝しむと、瑠璃の右手ががしりと銃太郎の腕を掴んだ。

「っ!? 瑠璃、ちょ、ままま待て、私はただ、大谷殿がちょっと邪魔だなぁと思っただけで、別に本当に木に吊るそうというわけでは……!」

「違う! 黙らぬかこのたわけ! 木の上に何か潜んでおるぞ!!」

「な、なんだと?! だったら早く言いなさいッ!! 今もしかして嫌われたのかと思ったじゃないかっ!!」

 と、長々喋りつつも、銃太郎は瑠璃の目線を追って、とある栗の大木を睨み上げた。

 大きく広がる枝葉の陰影と、揺れる木漏れ日の合間に、確かに何かの気配がある。

 さては化け猫かと息を呑んだが、その正体を見んと目を凝らし、銃太郎は腰の刀の鯉口を切る。

「ど、どうじゃ、化け猫がおるのか? どうなのじゃ!?」

 流石の瑠璃も、得体の知れないものには恐怖を覚えるらしい。銃太郎の腕を掴んだその手の力が、ぐっと強くなった。

「心配要らん。私がついている」

 瑠璃をその背に隠すように、銃太郎が一歩踏み出した時──。

「ギョルルルルーーーー」

 不気味な唸り声が辺りに響いた。

「! やはり化け猫!! 瑠璃、私の背を離れるんじゃないぞ」

 言って、銃太郎が身構えたと同時。

 栗の枝が大きく揺れた。

「来るか!」

 銃太郎が咄嗟に刀身を引き抜くと、木の上からも何かがぼたりと地上に降りた。

「──!?」

 というか、落ちた。

 何だか城中でも良く見る、立派な仕立ての裃が、栗の葉と毛虫をくっ付けてもがいている。

「う、ううむ痛たたたた……腰打ったっ!」

 それは、猫とは似ても似つかぬ、

「ご、ご家老様……」

「丹波殿!?」

 で、あった。

 二人が仰天して声を上げると、丹波も首を捻ってこちらを見る。

「!? じ、銃太郎!? っと、ブワー!? 瑠璃様ではござらんか!! このようなところで一体何をッ!?」

 ぎょっとして跳ね起きる丹波の手に、何か尾のようなものが握られているのを逸早く目に留めたのは、瑠璃であった。

「丹波殿! そ、その、それは何を持っておるのじゃ!?」

 すると丹波は漸く思い出したという風に、手にした尾を持ち上げる。

「ギョルー。ギョルー。ギョルルルー」

「おお、こやつめ、私が通りかかった途端も、上から小石をぶつけてきましてのう。余りにも腹が立ったもので、とっちめてやろうかと……」

 思い切り毛を逆立てるその動物は、猫……と呼ぶには少々体躯が大きい。山猫と言ったほうが良いだろう。

 太く膨らんだ尾を丹波にぎっちりと捕まえられ、宙吊り状態の山猫は、低く唸りながらぐねぐねと暴れまわる。

「……ギョルギョル申しておるな」

「ああ、大谷殿の鳴き声と同じだ」

 銃太郎と瑠璃は、互いに顔を見合わせた。

 そして二人ともがぐるりと背後の芋虫──否、大谷鳴海に目を向ける。

 作田の山まで引き摺られてきた為、衣装も身体もかなり傷め付けられている。しかしそれでも鳴海そのものは今も元気にぐねぐねギョルギョルしていた。

 丹波が捕らえた山猫そっくりの暴れ方である。

「時に瑠璃様。斯様な場所で、一体何の遊びをなさっておいでか……」

 気まずそうに尋ねる丹波の視線は、やっぱり鳴海に向かっていた。

「いやいや丹波殿。遊んでいるのではない。鳴海もこう見えて、只今真剣に戦うておるのじゃ」

 そうして銃太郎がことの次第を説明すれば、丹波もようやっと鳴海の異常を理解してくれた。

 寧ろ鳴海は普段から異常事態発生中だ、とか何とか溢しながらも、丹波は顎に手を添えて荒縄の鳴海をじろじろと観察する。

 

 

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