恋愛恐怖症の恋

@Kirisaki-eri

恋する花

私が告白した人は恋愛恐怖症だった。いや、正確には違うらしい。人から愛されること自体が怖いのだ。と、震えながら彼は語った。私は激しい後悔に襲われた。頭の中で何度も謝っていた。それを察したのだろうか。彼は覚悟したように口を結び、震える手を抑えながらポツポツと自分の過去を語り出した。


これは彼の昔話。7年ほど前のことらしい。

彼の名前は双葉くんという。当時は中学生で、本人は割と一般的な中学生で普通に女性が好きで恋愛をしてみたいとこの時はまだ思っていたらしい。双葉くんはこの頃から病的なほど人に優しく誰かが傷つくくらいならば自分が傷ついて苦しんでる方が幸せだと思っているような子だったそうだ。そんな優しい性格は誰にもわかるくらい全面に押し出されていて、そんな人を放っておくことはなく男女問わず人気があったらしい。でも、告白されたのは2回だけ。しかし、その2回が大きな問題だった。と、双葉くんは寂しそうな顔で語った。

双葉くんは優しさ故に1人目に告白された時に即決しないで保留にした。慎重に考えて決断しようと考えてた。そのまま答えを出せれば良かったのだが、双葉くんが告白されたことを知ってか知らずか答えを出す前に2人目に告白された。それは双葉くんにとっては…いや、初めから告白された時点で最悪だったのだ。たとえ1人でも振れば、その人の勇気を否定したことになる。それは双葉くんにとっては許せない事だった。傷つける行為だと分かっていた。では、2人に告白されたら?2人に告白されたら、仮に片方と付き合ったとして片方は振られる。両方と付き合わなくても両方振られる。2人と付き合えば二股としていずれ傷つけることになる。きっと、2人とも二股は嫌だろう。そう分かっていたから、双葉くんは悩んだ。三日三晩ずっと悩み続けて、天秤にかけた。1人を幸せにする代わりに誰か1人を犠牲にするか。どちらも幸せにしないで平等にするか。この問題に答えなんてあったのだろうか?双葉くんは2人を幸せにする方法があったのだろうか?私はないと思う。でも、告白してきた子も傷つくことは覚悟していたと思う。それでも勇気を持って告白したんだ。と、思う。でも、双葉くんはそこまで考えつかなかった。結果として双葉くんは2人を振った。多分どちらを選んでも後悔していたと思う。そう呟いた。そして、双葉くんは2人を傷つけたことを激しく後悔し自責し愛されることを恐れた。そして、引きこもった。

…以上が双葉くんの昔話だ。


「…莉花さん」

双葉くんは笑顔を張りつけたまま口を開いた。

「ありがとうございます。ボクを好きになってくれて。」

振られるような空気が漂い、私は喉が詰まるような不快感を覚える。

「思えば、ボクが莉花さんと仲良くできたのも運命的ですよね。引きこもっていたボクがケガをして入院しなきゃいけなくなってたまたま二人部屋しかなくて同室になったのが莉花さんだった。仲良くなったきっかけは莉花さんが差し入れを分けてくれたのが始まりでしたよね。」

双葉くんは優しそうに笑い、空を見上げる。春風で空がピンクに染まっているようだった。私はなにか言わないと耐えられなくて口を開いた

「う、うん…会社の人がくれた差し入れのフルーツ盛り合わせにアレルギーの桃が入ってて、食べられなかったから双葉くんに声をかけたんだよね。食べる?って」

双葉くんは相変わらず空を見たまま、どこか重い空気を払拭するように笑っていた

「そうです。人に優しくされたのは7年ぶりでした。ケガをして元気がなかったのを慰めてくれてるのかななんて考えてました。」

「それで、双葉くんがお礼ってブドウをくれたんだよね。」

私は涙がこぼれそうになるのを必死に抑えるために目に力を込める。

「ボクはどうしてもお返しがしたくて仕方なくて必死に考えましたよ。そしたら、隣でブドウはすごく嬉しそうに食べてましたから、好きなんだろうなあって思ってプレゼントしたんですよね」

好きって言葉にドキッと胸が反応する。でもすぐに胸が辛くなる。胸が締め付けられるって表現は本当に上手いと思う。

「それで、仲良くなったボクたちは退院までずっと喋ってましたよね。看護婦さんに怒られたりもしましたっけ、もう少し静かにって」

「そうそう、あの時は怖かったなあ」

「ふふっ、莉花さんは泣きそうでしたもんね。それで、退院日が偶然一緒だったのもあってすぐに映画館に二人で行きましたよね。」

その時の光景が頭に浮かぶ。まだ泣いてないはずなのに脳内に映し出されたスクリーンは少しボケていた。

「双葉くんが私に選ばせてくれて、私が『黒猫VS柴犬』っていうホラー映画を選んだら双葉くんったらずっと怖がって私の腕に抱きついてたよね。」

バツが悪そうに双葉くんは目をそらす

「だって、怖かったんだもん…自分でも思ってましたよ。恥ずかしいことだって…」

あの時の双葉くんを思い出しポロッと一言こぼれてしまった

「あの時の双葉くん可愛かったなあ…」

…と。

「…」

「…」

私たちの間に沈黙が流れる。どのくらい黙っていただろうか。私は耐えかねて口を開いた。

「あの…ごめんね?変なこと言っちゃって」

すると双葉くんは少し考えて言いづらそうにして

「こんなことを言うのは申し訳ないんですが…」

私は続きが聞きたくなくて口を挟んだ

「いいの!私は傷つかないから!ごめんね?…じゃあね」

「まってください!」

双葉くんは逃げ帰ろうとする私の手を掴んだ。

「ボクはもう誰も傷つけたくない。もう人の勇気を踏みにじりたくない!でもこれ以上人から愛されたくない。だから…その…結婚しよう!そうすれば莉花さん以外から愛される可能性は減るし!それに…」

双葉くんはモジモジしながら、プロポーズに驚いて思考停止してる私の手を握った。

「あの時とは違って、ボクはボクの意思で君を好きになった。告白されたから好きになったんじゃなくて…莉花さんだから好きになったんだ」

思考がやっと追いついてきた私は涙を拭って小悪魔みたいに笑った

「んー、どうしよっかな。一緒に幸せになってくれるなら…いいよ」

いきなり結婚なんてのが馬鹿げてると分かってる。私たちは入院中の3ヶ月と退院後の1ヶ月しか会ってから時間が経ってない。でも、分かるんだ。双葉くんは私を幸せにしてくれるって。根拠は説明できない。それでも私の胸のドキドキが、強く主張してるんだ。双葉くんなら大丈夫って。

「不肖、花守 双葉。畢生、貴女を幸せにすると誓います。」

膝をついて双葉くんは私の左手の薬指にエアーの指輪をはめてくれた。左手には指輪はなかったけど。私はその指に指輪の、幸せの重みを感じていた

今は初春、花がこれから咲こうとしている。ここにはどんな花が咲くのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛恐怖症の恋 @Kirisaki-eri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ