第7話 景義、流鏑馬を射ること

 翌日、人々は山をくだり、松並木の海岸に出た。


 照りつける日ざしのもと、白いぎぬに砂金をふりまいたかのように、海はゆたかにきらめきわたっていた。


 松並木の枝々には、まととなる笠が三つ、横並びに太縄で吊るされている。

 笠と笠のあいだは、広く間隔がとられている。

 三つの笠の前を馬で駆けぬけながら、的をひとつづつ順番に射ぬいてゆく趣向なのだ。


 場所を選んで鬼武がむしろを敷き、風に飛ばされぬよう置き石をして、あるじたちの座を作った。

 そこからは、三つの笠がてんでに潮風に揺られている様子が一望できた。

「風が強いのではないか。大丈夫か?」

 頼朝は心配顔である。


 やがて火照った馬の体臭が、松並木のむこうから潮風に乗って漂ってきた。

 葛羅丸かずらまるに口取りをさせて、赤味を帯びた燃えるような鹿毛かげ馬が、ゆったりと並足で近づいてくる。

 鞍上には、やや背筋の丸まった、景義の姿がある。

 かれは頼朝たちの前まで来ると、「ホッホッ」と楽しげに声を出し、その場で器用に馬を小回りさせた。


「おお、確かに。よく落ちもせずに乗っていられるものよ」

 感心する頼朝に、潮風に負けぬよう、景義は鍛え抜かれた大声を張りあげた。

「乗馬のままで、失礼いたしまする。景義は鞍の上で立つことが出来ぬゆえ、居鞍いぐらのままで矢を射させていただきます」

 頼朝はかるく手をふりあげ、了承を与えた。


 自分の背丈よりも長大な弓を受け取ると、景義はゆっくりと馬場元ばばもとの位置まで馬を導いた。

 伊豆山権現を背に、海にむかって矢を放つ格好になる。


 鞍上の老人は、口のなかで神仏の加護を祈った。

 そして静かに目を見開き、次の瞬間、鞭打つような鋭い声を張りあげた。


奥州おうしゅうの合戦に、出羽でわ国金沢の城を攻めたまいし時、十六歳にして戦の真先に駆け、鳥海とりのうみの三郎に右のまなこを射つけられながら、答の矢を射返してその敵を討ち取りし、鎌倉権五郎ごんごろう景正かげまさ末葉ばちよう、ふところ島景義、いざ参らん」


 右足で馬の腹を蹴る。

 それを合図に、馬は勢いよく飛び出した。

 最初のまとまで、あっという間だった。

 景義は顔の前で引き絞った矢を、ひょうふっと放った。


 一閃――

 笠は串刺しに貫かれ、ちぎれ飛んだ。


 馬はそのままの勢いで駆けつづけ、次の笠の前を通り過ぎようとする。

 そのわずかの隙に、早技で後ろ腰から矢を引き抜き、弓につがえ、くうに解き放つ。

 二番の笠、命中――


 速度は一気に増してゆく。

 人馬は渾然一体、蒼天にひらめく稲妻のごとく、海風のなかをあざやかに駆け抜けてゆく。

 その姿はまさに伊豆の天空をかけり飛ぶ、役行者えんのぎょうじゃそのもの――そして三番の笠、たがうことなく命中――

 炎のごとき駿馬しゅんめひづめをかきあげ、砂塵を巻きあげて高らかにいなないた。


天晴あっぱれ」

「すごい」

「お見事ッ」

 男たちは腹の底から快哉を叫んだ。

 於政おまんまでもがわれ知らず歓声をあげ、流鏑馬の興奮に、女童めのわらわのように目を輝かせている。

 頼朝も童心に戻って思わず立ちあがり、声をはりあげ、てのひらを打ちあわせた。


 追いつめられ、貧しい生活をいられ、哀しいこと、惨めなことの多いかれにとって、これはひさしぶりに胸のすくような見物みものであった。

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