44.

「回復薬も与えたからな。命に別状はないだろう」

「丁重に扱っていただきありがとうございます、グレイス様。彼女と私を蒸気自動車にまで乗せていただいて……」

「気にするな、アイン。馬車よりも衝撃が少ないからな。けが人への負担も少ないだろう」



 あの後俺達は馬車から回収できるものを回収して、当初目指している村へと向かっていた。幸い彼女の命に別状はなさそうだ。目が覚ました時のことを考えてアインにも一緒に乗ってもらっているのだ。



「彼女とは知り合いだったのか?」

「はい、私がドゥエルにいた時に、侍女として働いてもらっていました。こんな風に再会する何て……」



 アインが悔しそうに唇を噛む。薄々感じてはいたがやはり彼女は貴族の令嬢か何かだったのだろうか。彼女の事をもっと良く知れば『世界図書館』でわかるかもしれないが、冒険者の身元は探らないという暗黙の了解があるため調べたりはしない。害意は無いようだしな。



「他の死体を見た所、ドワーフの女性や、老人が多かったな……なんでこんなところに……」

「本来あの森はそんなに危険は無いんですよ。だから、よくウサギなどを狩りにいくんです。ストーンアルマジロなんて普段は鉱山からはでたりしないんです」

「となると鉱山で異常が起きてるって事か……もしかして、鉱山アリか?」

「でしょうね……おそらく増えた鉱山アリは我々人間や、ドワーフたち以外の他の魔物達にも影響を与えているようです。思った以上に自体は深刻かもしれません。やはり、ドワーフと人間の間に亀裂が入ったのが大きいですね」



 アインは辛そうに森の奥を見つめる。故郷を捨てたとはいえ、ボーマン同様に愛着は残っているのだろう。てか、今言ったことはどういうことだ?



「ドワーフと人間に亀裂? だって、ドゥエルは人とドワーフが互いに手を取り合っているんだろう? 何があったんだ?」

「そうですね……遠征の参考にはならないかもしれませんが、話しておいた方が良いかもしれないですね。ドウェルでは人間とドワーフはお互いに助け合って生きてきました。具体的に言うと、交渉事が苦手なドワーフが作った優れた品を人間が売ったり、食料と交換をしたりですね。そのおかげでドウェルは人間にはまねのできないほどのクオリティの武具や装飾品を貿易して富を得ました。これも、その一つですね」



 アインは胸元から綺麗な宝石のちりばめられたネックレスを取り出した。手を取り合っている人間とドワーフが掘られた、その精巧な彫刻は確かに人には難しいかもしれない。



「お互いの信頼の証と言うように、貴族や王族の次女や次男以下たちを人間とドワーフで交換に住まわせたりもしていたんです。種族が違いますからね。一緒に過ごさないと分かり合えないことが多いんですから……初めて、師匠の家に来た時に、お風呂上りに火酒を飲まされて倒れたのは今でも覚えています。彼らは水の代わりにお酒を飲むらしいですよ」



 懐かしそうに彼女はペンダントを見ながらつぶやく。その瞳は懐かし気だが、どこか悲しみに満ちている。



「そして、戦争になった時もドワーフと人はお互いに手を取り合っていました。土魔法が得意で力が強いドワーフたちが高性能なミスリルで作られた武具を身に着けて、それを数の多い人間達がサポートをする。それで勝ち続けてきたのですが……」

「俺達の国にやられたって言うわけか……」



 彼女が頷くのをみて、俺は申し訳ない気持ちになる。侵略したのはクソ親父だが、それでも俺はあいつの血を引いているのだ。他人事ではない。

 それにずっと搾取してきたのは俺達だしな……



「勘違いしないでください。私はあなた達の国を少ししか恨んでいませんよ。正当な戦いで勝ったんです。敗者から物資を奪う権利はありますからね」

「ちょっとは恨んでるんだな……」



 げんなりした様子で、俺がぼやくと、アインはクスリと笑った。



「そりゃあ、故郷を侵略されたんですからね。ですが、それよりも許せないのは今の人間の王でした。あなたたちの国に負けた王は、言われるがままに、貴重なミスリルやドワーフを譲ったのです。ドワーフたちが反対をしているのにも関わらず強引に……」

「それで、人間とドワーフの間に亀裂が入ったって言うわけか……」



 確かにドウェルとの戦争に勝った時期から、王宮にもドワーフがやってきたり、近衛兵の武器がミスリル製に変わっていった。そして、その中にはボーマンも含まれている。



「はい……力が弱くなったドゥエルが他の国にも侵略されなかったのはあなたがたの国の庇護下に入ったからでしょう。その点では人間の王の判断も正しかったかもしれません。ですが、その結果はドワーフとの仲が悪くなり、連携が取れなくなり、国内の防御力は低下しました……そして、それだけではなく、様々な人間やドワーフが失望して、国を旅立ったのです。中にはドラゴンをテイムする強力な力持つものや、優れた鍛冶師などもです……そして、そのうちの一人が私と師匠ですね」

「そうだったのか……でもさ、だったらどうして、うちの募集に来たんだ? ドウェルには見切りをつけたんだろう?」


 

 俺の言葉に、彼女は複雑な表情をしながら外を眺める。ボーマンが言っていたように故郷というものへの気持ちは割り切れないものがあるのだろう。



「それは……なんででしょうね。もしかしたら何かがわかってるかも何て淡い期待をしてしまったのかもしれません。森を抜けましたよ。村までもうすぐです」



 彼女の言葉通り、外を眺めると、まだ遠くだと言うのに巨大な鉱山が目に入る。頂上は雲がかかっており見えず、遠目にだが、建物らしきレンガ造りの何かがみえる。この距離からでもわかる圧倒的な質量に俺は不謹慎ながらも胸が躍る。

 そうして、俺達はドゥエルに到着したのだった。


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