35.

会議室で俺は退屈そうにしている三十歳後半くらいのドワーフのギムリと、熱心に話を聞いている眼鏡をかけた神経質そうな少女のアインと対峙していた。この二人は魔法が使えるドゥエル出身の冒険者だ。

 扉の外にはガラテアが待機しているので何かあってもすぐに対応はできるだろう。



「というわけで、この条件で最低半年はうちで働いてもらいたい。主な仕事は我が領土の衛兵に洞窟などの狭い空間での戦い方を教えるのと、領地内でのゴーレムや魔道具の運用だな。あとは、ドウェル遠征でのサポートだ」

「だとよ……どう思う? 俺は考えることが苦手だからな。判断は頼むぜ。アイン」



 説明を終えるとドワーフは眠気をこらえるようにあくびを噛み殺す。その代わりとばかりに少女が口を開く。

 


「任せてください、師匠。思ったよりも報酬額が良いですね。拘束時間こそ長いですが……確認ですが、ドウェルではあくまで案内だけで戦闘には最低限の参加で構わないんですよね?」

「ああ、もちろんだ。だが、戦闘で結果を出せばその分、報酬を追加で払う事も考えているよ」

「なるほど……師匠、この仕事は受けても問題はないと思いますよ。領主様は商人たちからの評判もいいですし……この感じなら道案内と言いつつも、なし崩し的に護衛を頼んだりはしないでしょう。それに、私達もドゥエルの様子は見ておきたかったですからね」

「ああ……納得してくれて何よりだ。今夜は君らの歓迎を名目に宴をやっている。二人は無料だから遠慮しないでうちの領地の料理や酒を楽しんでくれ」



 本人を前にずけずけと言うなぁ……冒険者ってみんなこんな感じなのだろうか?


「酒じゃと!! しかも、ただ酒か!! お前さん太っ腹じゃのう!!」



 俺の言葉にいち早く反応したのはギムリだった。彼はうれしそうに叫ぶとそのまま立ち上がった。ドワーフは酒が好きだからな。これで仕事に前向きになってもらえるなら万々歳だ。



「うおおおーー酒だぁぁぁぁ、アイン行くぞ」

「ちょっと、待ってください師匠。契約書がまだですし、パーティーまでは時間がありますよ?」

「契約書は後でも構わないぞ、ガラテア!! 二人を案内してあげてくれ」

「わかりました、マスター。お二人ともこちらです」



 俺が声を張り上げるとガラテアが待ってましたとばかりに扉を開けてお辞儀をする。そして、あわててギムリを追いかけようと立ち上がるアイン。

 そして、部屋から出る前にギムリが振り返り思いだしたように言った。



「そういや、ここにはドワーフのボーマンがいるんじゃよな? 今度酒を飲むタイミングを作ってくれなんか?」

「別に構わないが……ボーマンを知っているのか?」

「ああ、ちょっとした知り合いなんじゃ。楽しみにしておるぞ」



 そう言うと彼らはガラテアについていった。ドゥエルから周囲の国に移ってきているドワーフはあまりいないと聞く。思い出話に花でも咲かせるのだろうか?

 そう思っているとノックの音が響く。



「グレイス様そろそろ先生がいらっしゃるそうです。一緒にきていただけますか?」

「ああ、約束だしな。こちらの用事もちょうど終わった所だ。すぐに出る準備をする」



 そして、ノアの声に俺はもう一人の客の相手をするために外出の準備をするのだった。




「お初にお目にかかります。ノアの教師をやっていたイースと申します。今日はよろしくお願いいたします。我儘を言って案内を頼んでしまって申し訳ありません」

「俺がこのアスガルド領の領主グレイス=ヴァーミリオンです。よろしくお願いします!!」

「先生、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」



 町はずれで俺を待っていたのは50歳くらいの女性だ。身なりはきちんとしており、端から見ても育ちの良さがうかがえる。

 彼女は俺達に気づくと、笑みを浮かべて頭を下げる。そして、彼女の元に飛んできたノアのゴーレムの鳥を愛おしそうに撫でている。

 彼女にアスガルドに来てもらう条件の一つとして領主自ら案内をして欲しいといわれたのだ。



「ノアも慣れないところで苦労をしていると思いましたが、その様子ですと楽しそうにやっているようで何よりです。グレイス様はノアがゴーレムを作ることを快く認めてくださっているようですね」

「はい、彼女のゴーレムにはいつも助けられていますし、何より彼女が活き活きとしていますから」

「そうなんです、グレイス様はお優しんです。しかもゴーレムレースの企画とかも了承してくれたんですよ!! いつか、先生にも見ていただきたいです」

「へぇ……子供の頃にやってみたかったっていってましたもんね、その夢が叶うのを楽しみにしていますよ」



 いや、別にオッケーをした記憶はないんだけど……と思いつつ俺はイースさんを蒸気自動車の前に案内する。



「これは……ノアの言っていた蒸気自動車……ですか」

「はい、これがあれば馬がいなくても移動できます。運転には多少の慣れが必要ですが……」

「すごいんですよ、魔法がなくてもこんなに大きいものが動くんです」



 驚いているイースさんに俺とノアはちょっと得意げに説明をする。彼女を乗せて、俺はアスガルド領を一通り案内を回るのだ。

 彼女がなんで俺、自らの案内を望んだかはわからないが、アスガルドを好きになってくれるといいなと思う。

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