32.故郷
俺がドゥエルの援軍に行くと伝えて、ノアからいくつかの報告を受けて会議は終わった。その間にボーマンが険しい顔をしていたのは気のせいではないだろう。
ちょっとしたら、彼の元を訪ねてみるべきだろうか……それともそっとしておくべきだろうか……俺にとって故郷である王都は地獄だったから、今のボーマンの気持ちがいまいち想像つかないのだ。
「だけどさ……俺にとってボーマンは親みたいなもんなんだよな……」
俺は棚に飾ってあるボーマンと一緒に作ったボロボロのクワを見つめる。すっかり汚れてしまっているが、ここからアスガルドは始まったのだ。だから、俺は彼が苦しんでいるなら力になりたいと思う。
物思いにふけっているとノックの音が響く。
「グレイス様少しいいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
俺が返事をするとノアが綺麗な姿勢でお辞儀をして入ってきた。その手には大量の資料らしきものを持っている。
俺が不思議そうに思っていると彼女はそれを俺の机の上に広げる。
「しばらく、領地代行をさせていただき、気になった点と私がお力になれる事を提案させていただきに来ました。うふふ、なんかこういうの役に立っているって感じがして楽しいです」
「ずいぶんと熱心だな……なんだこのゴーレムレースって? そう言えば俺が帰ってきた時もなんかやってきたよな」
「はい!! それです。幸い私はゴーレムを作るのが得意じゃないですか!! それにアスガルドで発明されたミスリル合金で作られたゴーレムはとても適しているのですごいゴーレムが作れるんです。それを活かして、名物などを作ったらどうかと思いまして」
「それがゴーレムレースか……あれって、ノア以外にも動かせるのか?」
「はい、魔力がある人ならある程度訓練をすれば動かせるようにすることは可能です。それに、ゴーレムレースが有名になれば、我が領土の知名度は上がりますし、ゴーレムの注文も入るかもしれません。そうすれば産業にもなるかなと思いまして」
興奮した様子でノアは自分の考えを喋る。実現するには色々と課題はまだあるがこういう風に積極的に意見を言ってもらえるのは嬉しい。それに、今の彼女は最初にアスガルドに来た時とは全然違い、本当に楽しそうにゴーレムについて語っている。
その様子が嬉しくてつい笑みを浮かべると彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「すいません、つい熱くなってしまいましたね……その……詳しい事はそちらの資料に書いてあるので目を通してくださると嬉しいです」
「ああ、違うんだ。もっと話してくれ。たださ、ノアも変わったなって思ってさ……最初にアスガルドに来た時はゴーレム好きを隠していたからさ。それにアスガルドの事も大事に想ってくれている。それが嬉しくてさ」
「それは……グレイス様のおかげですよ」
そう言うと彼女はまっすぐに俺を見つめる。そして、先ほどとは違う種類の熱のこもった表情で口を開く。
「グレイス様は私の貴族令嬢には不要といわれていたこの力を認めてくれて……そして、この力をアスガルドで活かしてくれと言ってくれたじゃないですか。だから私は自分の力を……自分の好きなものを自由に使えるこのアスガルドが好きなんです。私にとってここは第二の故郷なんです」
そう言って少し恥ずかしそうにはにかんだ。
それにしても、第二の故郷か……彼女は実家でも可愛がられていたようだし、俺にはわからない感情がわかるかもしれない。
俺は意を決して聞いてみる。
「ノアは故郷を愛しているんだな……なあ、もしも、ノアの実家の領土やアスガルドが理不尽に荒らされたらどう思う?」
「私はゴーレムを大切に想っています……ですからあまり戦争の道具には使いたくないのですが……、その時は私のできる全てをもってして相手と戦うでしょうね」
「ノア……」
そう言った彼女は先ほどとはまるで別人のように険しい顔をしていた。その反応で彼女にとって故郷というものがどれだけ大事なものかわかった。
簡単なことじゃないか……俺にとって王都はあまりいい所ではなかった。だけどアスガルドは違う。もしも、ここがあらされたら俺は……
「悪い、ノア嫌な事を聞いたな……」
「いえ、気にしないでください。でも、グレイス様がこんな事を聞いてくるなんて珍しいですね。何かあったのですか?」
「ああ、後で話すよ。ちょっと用事を思い出した。ボーマンの所に行ってくる」
俺はノアに断りをいれて席を立つ。ボーマンは会議の時は険しい顔をしていた。しばらくは一人にしておいた方がいいと思ったが、違うよな……
辛いときは一緒にいるべきなんだよ。だって、俺もアスガルドが滅びそうになったら一人じゃとてもじゃないがいられないと思うから。
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