18.グレイスの未来図

 じっとこちらを見つめるレメクさんの視線を感じながら、俺は喉の滑りをよくするために紅茶を口にする。



「俺は戦闘能力だけで全てが決まるこの国が苦手です。優れた鍛冶師でも、武器ばかりを作らされて、騎士や兵士などの戦闘力がある人間ばかりが優遇されてしまう……この国では人の価値は力や戦闘に役立つかだけが全てだ。そして、欲しいものは全て奪えばいいという考えです。俺はそんな国は間違っていると思います。そして、そんな国では活躍できなくても有能な人材はいるはずですし、様々な文化や文明を発展させることだって、大事なんです。奪うだけじゃない。育てることが大事だと思っています」



 そう言う俺の言葉をレメクさんは黙って聞いてくれている。これはクソ親父やクソ兄貴の生き方を否定する生き方だ。もしも告げ口をされたら俺は終わるだろう。だけど、俺は言葉を止める気はなかった。間違っていないと思うし、目の前のこの人は俺の本心を聞きたがっているとわかったからだ。

 


「現に俺は王都では何もできませんでしたが、ここでは様々な発明をして、領土を発展させることができました。そして、それは王都では武器だけを作っていたボーマンが、新しい金属や、様々な物を作ってくれたという事もありますし、俺についてきてくれたヴィグナがいたり、ここで出会ったガラテアや、この国では居場所のなかった難民たちが、俺を支えてくれたからです。そして、その人たちは俺の領土でそれぞれやりたいことをやって、一生懸命生きてくれています。俺は力だけを全てとする殺伐とした国ではなく、『みんなが笑顔なにぎやかな街』としてアスガルドを発展していこうと思っています」



 俺は王都にいたらこんなことはできなかった。こんな風に領主としてはやっていけなかっただろう。そして、それは他の人も同様だ。ボーマンは変わらず武器だけを作っていただろうし、ノエルやニールは農民として飢え死にしていたかもしれない。ガラテアはあのまま封印されっぱなしだっただろう。

 ヴィグナは……多分ずっと一緒にはいてくれただろうが、こんな風に恋人になっていたかはわからない。そう、このアスガルドで俺達は新しい生き方を手に入れようとしているのだ。



「つまり、今の王とは違う道へと行くと……戦闘力は不要だということでしょうか……?」



 レメクさんの言葉に俺は首を横に振る。俺は嫌いだがこの国のように戦闘力が第一というのもある意味では間違っていないのだ。現にこの国は戦闘力にのみ特化していても発展している。

 そして、国や領土である以上やはり戦闘力は大事だ。俺は先の戦いで、戦闘力の大事さもまた知っている。



「いえ、戦闘力だけでは間違っているというだけです。悲しい事ですが、目立てば悪意を持って攻めてくるものもいます。森や山にも魔物だっています。現に俺だって、最初にこのアスガルドに来た時にヴィグナや、ここで出会ったガラテアがいなかったら死んでいたでしょう。ただ、俺は攻めるための力じゃなくて、守るための力を必要だと思っています」

「なるほど……守るための力ですか……」

「はい、俺にとって領民や仲間は大切な存在です。そんな人々を守る力が必要だと思っています」

「あなたは自分の王道を見つけたのですね……」



 そう言うとレメクさんは俺の言葉を噛み締めるように言った。そう、俺はここにきて外の世界を知った。そして、手始めに農業をはじめ、ヴィグナやボーマン、そして、ガラテアと一緒に暮らして、他の生き方を……この街で何かを作り、生活を便利にして、この街を発展させるという生き方を見つけたのだ。



「一つ聞きたい。あなたの街では、戦闘力のない人間……例えば魔法の制御力は高いが戦う事が苦手な人間も、自分のやりたいように生きていくのを許されるのでしょうか?」

「もちろんです。そりゃあ、本当に適性が無かった場合はアドバイスはさせていただきますが、我が街では自由に仕事を選べますよ」

「そうですか……そうですね……あの子の顔を見ればわかります。ノアは今とても幸せそうです。あの子のゴーレムを見たでしょう? 王都にいた時はゴーレムを戦いに利用させられそうになって泣きながら帰ってきたのですよ……それ以来は私の補佐をさせていましたが……ここでならあの子は自分の人生を見つけられそうです。グレイス様……ノアをよろしくお願いいたします。その代わりですが、できるかぎり私の方でもアスガルドをサポートさせていただきます」



 レメクさんは辛いことを思い出すようにそう言った。そりゃあそうだよな……ノアは容姿端麗で、頭の回転もいい。そして、あのゴーレムだって、戦いには利用すればガラテアほどではないが、活躍しそうだ。

 そんな彼女がずっと父のサポートをしていたという点で気づくべきだったのだ。もしかしたら、彼女はアスガルドの……俺の噂を聞いて、藁にもすがるつもりでここに来たのかもしれない。だったら俺は……彼女の元婚約者とし……現友人として、彼女の力になってやりたいと思う。

 そして、彼女や領民を守るのには悔しいが俺だけの力では足りない。今の俺達では絶対的な数には勝てないだろう。いや、ガラテアがいれば最悪俺と数人の命は守れるだろうがそれじゃあ意味がないのだ。俺はアスガルドを守りたいのだ。



「もちろん、ノアの事は俺が幸せにさせていただきます。その代わりといってはあなたの派閥に俺を入れていただくことは可能でしょうか?」

「ええ、もちろんです。他の貴族の説得に多少時間はかかるかもしれませんが……」

「かまいません。あと手土産としてこれを受け取ってはいただけないでしょうか? ガラテア!! 例の物を」



 俺の言葉にノックの音がして、少しの間が空いてガラテアが木箱を持ってくる。そしてレメクさんにお辞儀をして、木箱を開けて見せる。



「これは……鉄の筒……? まさか、噂に聞く新しい武器ですか!?」

「はい、これを俺が派閥に入る手土産として受け取っていただきたい。設計図も入っています。そして、あなたの信用のできる方々に配っていただきたい」



 驚愕の表情で銃を触っているレメクさんに俺は言った。カイルとの戦いで銃の存在は知れ渡った。いずれ市場に出るのは避けられないだろう。だったら今のうちに交渉材料として使った方がいいと判断したのだ。

 もちろん、これで戦闘が激化する可能性も考えている。だけど、俺の手はもう汚れている。ボーマンに武器を作らせたときにそんな覚悟はできているのだ。



「わかりました。これをみせれば派閥のものも納得するでしょう。では改めてお願いいたします。グレイス=ヴァーミリオン様」

「ええ、よろしくお願いいたします。レメク=カシウスさん。ですが今の俺はアスガルドの領主です。グレイスとお呼びください」



 そうして、俺とレメクさんと握手を交わす。もちろん、その時に『世界図書館』を使う事を忘れない。

----------------------------------------------------------------------


貴族

レメク=カシウス

年齢:43歳

得意分野:交渉術、カリスマ

スキル:軍神の指揮

情報:昔は戦場で部隊を率いて戦っていた。既に出世欲などはなく、ガラではないが周りに言われて派閥のリーダーをしている。今の人生の生きがいは、娘や息子の幸せ。心配だったノアも幸せになりそうで安心している。

--------------------------------------------------------------------------



 よかった……本当にノアの事を大事に想っていてくれる人の様だ。俺への敵意ももちろんないので安心である。


「では……私もグレイス様自慢の大浴場を楽しんできます。また細かいことなど色々と話し合いましょう。あと……ノアの事をくれぐれも頼みます」



 そう言うと彼は笑顔浮かべて部屋をでる。最後まで見送って俺は脱力して椅子に座る。



「緊張したぁぁぁぁぁぁ、でもこれで俺も後ろ盾ができたぞ!! よかったぁぁぁぁぁ」

「お疲れ様です。マスター。紅茶をどうぞ」



 素を出した俺に微笑みながらガラテアが紅茶をついでくれる。あの人がもっとこっちを利用する感じだったり、ノアを返せ!! とか言ってきたらこんな風にはならなかっただろう。



「うふふ、グレイス様はあの人に気に入られたようですね。娘さんをよろしくと言われていましたし……これは責任を取らなければいけないかもですね」

「ああ、いい人だったからな……ん? 責任ってなんだ?」

「いえ、その……娘を頼むってなんか、結婚相手に娘を託す父親の様な言葉だなと思っただけですよ」

「あはは、そんなまさか……」



 違うよな? 俺は視線でガラテアに問うが彼女はニコニコとほほ笑むだけだった。そんな風にパーティーは大成功で終わったのだが、近いうちに届く手紙によって俺に新しい問題がおきるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る