10.ポンプ

「これは……」

「ああ、グレイス様、お疲れ様です。私の作成したゴーレムのゴレちゃんです。可愛らしいでしょう? うふふ、これまでとは違う金属の光沢をもったゴーレム……まるで宝石の様に美しいです……」



 そう言うと彼女はどこか恍惚とした表情でゴーレムを撫でまわす。宝石って……俺にはただの金属のゴーレムにしか見えないんだが……てか、このゴーレムは超ミスリル合金でできているのか?



「うふふ、やはりここに来た甲斐がありましたよ!! これまでは鉄などでは魔力が干渉しにくかったり、ミスリルでは重過ぎるという理由で、ストーンゴーレムやウッドゴーレムが主流でしたが、ボーマン様が作成した従来のミスリルよりも軽い超ミスリル合金を使用すればより魔力が伝わりやすく強力なゴーレムを作成することが出来ました!! 見てください。この力!! この美しさ!! 私的には従来のゴーレムの1.5倍の力に、2倍以上の強度、そしてなによりも、美しさが圧倒的に100倍ほど勝っています!!」

「あ、そうなんだ……」


  

 かつてないほどの早口で語り始めるノアに若干引きながらもうなづく。まあなにはともあれ楽しそうでよかった。

 ゴーレムはやたらと機敏にでかいレンガなどを運び始める。確かに彼女の言うように通常のゴーレムよりも強力そうである。これがあれば戦いに……と考えて思考をストップする。ノアはゴーレムに愛着を持っている。戦に使うのは抵抗があるだろうそう思っていると、笑みを浮かべたノアと目が合った。



「どうですか、重労働などの効率も上がりますよ。とはいえ命令は私しかできないのですが……」

「ああ、ありがとう。助かるよ」

「それに……領民を守るのにも役に立ちますからね」

「ノア……いいのか? 戦争に使うかもって事だぞ。壊れるかもしれないんだぞ。こういう重労働では役に立つし無理に戦わせなくてもいいんだぞ」



 俺がびっくりして、聞き返すとノアはわかっているとばかりにほほ笑んだ。そしてゴーレムを撫でながらも優しく俺を見つめる。



「私だってそれくらいわかりますよ。でも、領民の命の方が大事でしょう。ゴレちゃんも誰かを守るためにその命を失うなら本望だと思います。それに、私もこのアスガルドの領民になったんです。できることはしますよ」

「ありがとう。正直助かる……その、もう領民を失いたくはないからな」



 俺の言葉にノアはどこか眩しそうに目をつむっていった。そのまなざしはかつての子供の頃に話した時と不思議と重なる。



「やっぱり……変わっていませんね、グレイス君。あなたは優しくて気を遣える方ですもんね。だから私はゲオルグ様や、カイル様のお友達ではなくあなたのお友達になりたいってお父様にお願いしたんですよ」

「え?」

「ご主人様ーー早くこっちを見てください。私とボーマン様で作成したポンプですよーーー」



 俺が彼女の予想外の言葉に聞き返したが、彼女は微笑みを浮かべて手を振るとそのままゴーレムに命令を下す。俺は怪訝な顔をしながらも、珍しく興奮気味のノエルの元へと進むのだった。


 そこには金属製の重りに小型の筒状の金属がいくつかついた巨大な天秤のような不思議なものが置いてあった。この筒はなんだろうか?



『シリンダー。気体や液体などの流体を内部に納める筒状の部品に使用されます』



 世界図書館から返答が来る。なるほど……気体や液体を閉じ込めておく装置なのか……ということは……



「なるほど、このシリンダーに蒸気を閉じ込めておくのか」

「流石です、ご主人様!! そうなんです。このシリンダーの下に火の魔法を入れたマジックストーンでシリンダー内の水を温めて蒸気を発生させます。そして、重りによってシリンダーの蓋が傾かせて上昇させます。するとシリンダー内が蒸気で満たされるんです。そして……ボーマンさんお願いします!!」

「ほいよっ!!」



 その言葉と共にボーマンが蛇口をひねるとシリンダー内に水が入っていくようだ。そして、しばらくするとシリンダーの方の蓋が何かに押されて、水を汲み出した。



「うおおおお、水が噴き出てきた!!」

「シリンダー内に水を噴射させることで内部の蒸気が凝縮し、その内部を真空状態にして、大気圧で押され下降し、水を汲み出すんです!! ようは井戸のポンプなどを動かすのを人工的な力ではなく、蒸気の力でやってみたいんです。設置は大変ですが、これなら鉱山の地下水も汲み出すのが少しは楽にできると思いますよ!!」



 やっべぇ……説明を聞いても全然わからないんだが……まあ、後で詳しいマニュアルを作ってもらおう……そう思いながら、俺はノエルの頭を撫でる。すると彼女は幸せそうな顔をして目を瞑った。



「よくやってくれたな、ノエル。おかげで我が領土もさらに発展しそうだよ」

「本当ですか? 私も役に立ててますか?」

「当たり前だろ、そもそも家事をやってもらっているだけでも大助かりなのに、こんな発明までしてくれるなんて本当に感謝しかないぞ」

「よかったです……私はヴィグナ様やガラテア様みたいに戦ったりはできませんから……ああ、すいません、完成したと思ったら眠くなってしまいました」

「わかった、ゆっくり休め、よかったら送っていくぞ」

「いえ、他にも発明を見てほしがっているかたがいるので、そちらを見て行ってください。それでは……ふぁーあ。失礼しましたーー」



 そう言って彼女は可愛らしくあくびをした後に顔を真っ赤にして走り出してしまった。別にあくびくらい気にしないんだが……彼女の背中を見ているとボーマンが声をかけてくる。



「あの子はあの子なりに一生懸命なんじゃろうな。この前の襲撃でなにもでできなかったことを気にしてたんじゃろう」

「何を言っているんだ。ノエルは十分やってくれているっての。ガラテアがやばすぎるだけだぞ」

「そうじゃな。じゃが、あの子はガラテアしか知らんからのう。何かしらの成果をあげたかったんじゃろうな。ふふん、みんなに慕われているじゃないかのう、グレイスよ」

「あー、今度ノエルをたっぷり褒めておくよ。ボーマンもありがとう。気を遣ってノエルを工房に連れて行ったな」



 俺の言葉に彼はにやりと笑う。そもそもボーマンが助手を取ることは滅多にない。強引にノエルを連れて行ったのは彼女が気にしていたことに気づいていたからだろう。

 俺は全然気づけなかった……まだまだ未熟だ……



「どうかのう、ただ賢そうな子じゃから何かヒントをくれるかもと思っただけじゃよ。ほら、今度はアグニが呼んでおるぞ。行ってやれ。もてる男はつらそうじゃのう」

「男にもててもうれしくなんだけどな……」

「ふむ、女にはもてたいと……ヴィグナに言っておくかのう」

「お前、本当にシャレにならないからやめろよ!!」



 そんな事をいいながらボーマンは俺をアグニの方へとおしやった。そして、今度はアグニのほうへといくのだった。


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