6.案内
ふーん、それでノア様が住むことになったのね」
午前中の業務を終えて、俺はヴィグナにノアの件を話していた。いや、別にやましい事はないんだけどさ、やっぱり変な勘違いをしないで欲しいからさ。話しておきたいじゃん。てか、当たり前だけどヴィグナもノアには様をつけるようだ。俺は呼び捨てなのにな!!
「それで、彼女の適性も見つつ、村を案内しようと思うんだけど、ヴィグナも来るか?」
「いえ、私はいいわ。ニールたちをしごかなきゃいけないし……でも、そうね……ちょっと動かないで」
「ん? なにを……うおおおお」
ヴィグナが俺の服のボタンを取ると、首筋の下の方に唇をつけてむっちゃ吸い付いてきやがった。何を考えているんだよ、こいつぅぅぅぅ。そして、彼女の唇が離れると同時に唾液が蠱惑的に輝く。
彼女は満足そうにうなづくとハンカチで俺の首筋と自分の唇についた唾液を拭きとった。
「これでいいわね。じゃあ、私は行くわ」
そう言うと彼女は満足そうに部屋を出て行く。鏡をみると服を着ていればわからないが、少し襟を乱すと見える絶妙な位置にキスマークを残していきやがった。あいつ絶対俺が違うやつと結婚したらキレるだろ……
「まあ、愛されてるしまんざらでもない自分がいるんだよなぁ……」
などと思いながら俺は自室を出て、ノアの元へと向かう。誰も使っていなかった書斎が彼女の仕事部屋である。
ノックをして入った部屋は自分で掃除をしたのか、部屋にはほこり一つなく、机の上は整理整頓されている書類の束が並べられている。
そして、椅子では彼女がペンをさらさらとすさまじい早さで書類を処理していた。窓からさす光に包まれながら真剣な顔で書類と向き合っている姿は元の顏が良いからか、なんとも理知的で美しい。
一瞬見惚れていると、こちらに気づいたノアが穏やかな笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
「グレイス様、お疲れ様です」
「お疲れ様、ノア。仕事は順調か? わからないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
「ありがとうございます。こんなものでいかがでしょうか?」
そう言って彼女が俺に見せてきた内容は完璧だった。主に帳簿の作成だったり、領内でおきたことをまとめてもらっていたのだが、正直俺がやるよりも全然わかりやすいし、仕事も早い。
そう言えば彼女は昔から、頭の回転が早かったんという事を思い出す。いや、マジでこんなに有能ならなんでこんなところに来たんだよ……これだけのルックスなら、結婚相手だって選び放題だろうし、結婚に興味が無く優秀なら、もっとマシな所があるだろうに……俺は彼女にすこし警戒心を抱く。
ちょっと試してみるか……彼女が何が狙いかを見定めるとしよう。
「すごいな、ノアは……予想以上に仕事が早く進んでいるし、良かったら、村を案内するよ。これから住むところを知っておいて損はないだろ?」
「はい、では、お言葉に甘えて」
そうやって和やかな笑みを浮かべて答えるノアが何を考えているか俺にはやはりわからなかった。そして、俺はこっそりとガラテアに一つ頼みごとをして屋敷を後にするのだった。
「これが我が領土の名産の馬鈴薯だ。おーい、ジョニー仕事は順調か?」
「おお、グレイス様!! もちろんですよ。ほら、新しい肥料のおかげでまた、魔力が回復する馬鈴薯ができましたよ!! これで、またエドワード商会も喜ぶでしょうね。あれ、そちらの女性は……」
ジョニーのいう新しい肥料というのはガラテアが倒した火竜である。古火竜ほどではないが魔力が回復するとヴィグナからも報告があったなと思いだす。
まあ、魔力の回復する馬鈴薯に関してはもう秘密でもなんでもないからな。彼女の前で話しても問題はないだろう。
「ああ、彼女はノア=カシウス、今度うちに移民してきた女性だ。貴族なんで失礼の無いようにな、うかつなことを言ったら打ち首だぜ」
「え……カシウスってまさか……」
「グレイス様……ここへは私は移民としてきたんですよ。ノア=カシウスではなく、ただのノアと扱ってくださいな」
俺の言葉に緊張が走ったジョニーだったが、ノアが微笑むととたんににやけた。ちょろい男だぜ。
「ですが……魔力が回復する馬鈴薯ですか……噂には聞いていたのですが、本当なんですか? 本来ですと、その……まずいポーションを飲むんですが……」
「ああ、じゃあ、後で魔法を使った時に食べてみようか。じゃあ、ジョニー引き続きたのむぞ」
「もちろんです!! ノアさんもまた来てくださいね!!」
俺はデレデレと笑っているジョニーに苦笑しながら、ノアを見る。うーん、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていてよくわからないな……
俺が遠目で人影がちらっと見えた部分を見つめたがガラテアが×としているのが見えた。外れのようだ。
馬鈴薯には興味がないか……となるとあとは銃か? まさかガラテアに興味があるなんてことはないよな……
そんなことを思いながら俺は案内を続けるのだった。
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