35.グレイスとヴィグナ

「それで……一体何をしたかったんだ?」



 あの後顔を真っ赤にしたヴィグナに追い出され(俺の部屋なのに…… 着替え終えた彼女に許可をもらって入室すると、さきほどまでの動揺が嘘であるかのようにいつも通り涼しい顔をしているヴィグナと向かい合っていた。

 いやいつも通りじゃねえわ。よく見ると耳元が真っ赤だし、必死に羞恥に耐えている顔だわ。これ……今いじったらマジで殺されそう。



「その……頑張ったグレイスに何かしてあげたいっていう気持ちと、領民を失って無茶苦茶へこんでいるくせに、平然としたフリをしているあんたを元気づけたいっていう気持ちが暴走したのよ、悪い?」

「逆ギレかよ!! 大体俺は別にへこんでなんか……」

「はいはい、強がらないの」



 俺が全てを言い終える前に彼女に抱きしめられて言葉を言えなくなる。顔を柔らかい感触が包み込み、鼻孔をヴィグナの甘い香りが支配する。何をするんだよ、これじゃあ、俺がまじでへこんでるみたいじゃんかよ。

 俺は必死に彼女を引き離そうとするが、微動だにしない。くそ、力が強すぎるぞ、この女!!



「強くあろうとするのは立派だと思うわ。だけど悲しい時は悲しいと言いなさい。辛いときは辛いと言いなさい。私はあんたの弱い部分も全部受け止めてあげる。だから、他の領民には見せなくても私にだけは見せて。私にだけは弱音を吐いて。だって私はあなたの幼馴染で、理解者で、恋人なのよ。私の知っているグレイス=ヴァーミリオンは実は気が弱いくせに、みんなの期待に答えようと頑張って……ちょっと間が抜けているところもあるけど、すごい優しくて、かっこつけたがりで、責任感が強い男だもの。そんなあんたが、領民を失って何とも思っていないなんて私は思わないわよ。だから……私にだけは本心を言って。それとも私がその程度で失望するとでも思っているのかしら?」

「ヴィグナ……」



 彼女は子供に言い聞かせるように優しく俺の耳元で囁いた。彼女の言葉が俺の心に染みわたり、その一言でこらえていた何かが決壊してしまった。



「俺のせいでさ四人も死んだんだ……俺がカイルや、アズール商会と戦うって言ったから死んだんだよ!! ハッシュはいつもおちゃらけていてムードメイカーだった。ベリルはガラテアにひとめぼれをしていて、いつも話しかけられるとすごいテンパってさ、みんなでからかっていたよな……アゾットの奴は大食いでさ、時々つまみ食いをしてはノエルに怒られていたよ……逃げ遅れたザッシュは俺が見回りをしていると、故郷の料理だって言って時々飯をふるまってくれたんだ……みんなこの村で生きていたんだ。だけど……もうその姿を見れないんだよ!! みんないい奴だった!! だけど俺のせいで死んだんだ!! なのに村のみんな俺は悪くないって言うんだ。グレイス様が領主でよかったって言ってくれるんだよ。俺の判断で死んだのにさぁぁぁぁぁ」

「そう………」



 俺は彼女の胸元で嗚咽を漏らす。彼女はそんなに俺を慰めるわけでもなく、責めるわけでもない。ただ話を聞いてくれている。ああ、なんとも情けない姿だろう。こんなんが領主だっていうんだから笑っちゃうぜ。そりゃあ、人が死ぬのは覚悟していたよ、だけど、実際知っている人が……領民が死んだのを見たら俺の心は後悔と罪悪感に押しつぶされそうになったのだ。

 だけど、みんながみんな俺は悪くないという。むしろ、この程度の被害で済んだのは俺のおかげだという。そりゃあ、嬉しいよ。『世界図書館』を使わなくてもわかる。みんなは本心でそう言ってくれているのだと……

 死んだ四人だって、戦いになると伝えた時に死は覚悟していただろう。だからこれは俺の心の問題だ。そして、これからもこういう風に人の生死にかかわる決断をする必要は出てくるだろう。

 それは領主としては避けられない道だ。だけど……辛いものは辛かったのだ。頭ではわかっていても辛いものは辛いのだ。



「頑張ったわね、グレイス。うん、本当に頑張った……だからいっぱい泣きなさい、いっぱい弱音を吐きなさい。ここには私とあなたしかいないわよ」



 ただ俺の話を聞いて、やさしく抱きしめてくれる彼女に俺はひたすら甘える。どれだけそうして、領主ではなくただのグレイス=ヴァーミリオンとして俺は彼女の胸元で延々と泣いたのだった。



「あー、その……ありがとう。助かった」

「そう、ならよかったわ」



 彼女の胸元で延々と泣き続けていた俺はようやくすっきりした顔を上げて彼女を見つめる。いつもとは違いどこか優しい目で見ている彼女は可愛らしいレースのついた寝間着をしている。そして、その胸元はやけに強調されていて……さきほどまであれに顔をうずめていたんだと思うと変な気分になってしまいそうだ。



「それで……する?」

「え?」



 するって……訓練ですかね? などと言える雰囲気ではない。彼女は顔を耳まで赤くしながら少しふるえながらこちらを見つめている。

 俺だって、女性からそういうのを誘うのに勇気がいるって言う事はわかっている。だからちゃかしたりなんかはしない。



「その……今はなんかさ、俺が弱っているから多分、色々甘えちゃうと思うんだ。だからその……そういうのをするのは俺から誘いたい。ダメかな?」

「まあ、ならいいんだけど……」



 ヴィグナがちょっと残念そうな顔をしたのは気のせいだろうか。そのお詫びというわけではないけど俺は彼女をやさしく抱きしめて耳元で囁く。



「ありがとう、ヴィグナ……大好きだ」

「うん、私も大好きよ。私のグレイス……」



 そう言って彼女も俺を抱き返してくれる、そうすると、彼女のやわらかい胸の感触が余計強調され、さきほどから優しく可愛らしい彼女がすごい愛おしくなってくる。

 するとまあ、やはり変な気持ちになってくるわけで……そして、俺は情けなくも彼女に問う。



「あの、ヴィグナさん……かっこつけておいてあれですが、やっぱりしたいです……」

「あんたね……まあ、こういうのがあんたらしいわね……」



 そう言って彼女はクスリと笑うと、俺の唇に自分の唇を重ねて……







 翌朝俺は隣で寝ているヴィグナをおこさないようにして、乱雑に脱ぎ散らかされている服をハンガーにかける。彼女は今も寝ているようだ。

 昨日の事を思い出して思わずにやけてしまう。すっごい可愛かった……そんなことを思っていると服に何か固いものが入っているのに気づく。



「そういえばソウズィの遺物をもらったんだったな……」



 俺がもらった箱を開けるとなにやら不思議な形の金属のかけらが入っていた。また合金かな? と思って世界図書館を使用すると久々に声が響く。



『異世界の知識に触れました。知識の一部を解禁致します』



 聞きなれた声と共に知識が入ってくる。



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蒸気ポンプのかけら


 蒸気機関の力を利用したポンプ。蒸気の力を利用して人力では考えられないほどの力で吸い上げたりすることが可能。

 蒸気機関

 何らかの方法で発生した蒸気のによる圧力エネルギーを機械的仕事に変換する熱機関の一部

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 蒸気……? 蒸気の持つ熱エネルギーか……そういえば水の流れる力などを使うと、人では信じられない力で物をもちあげたりするとか、何かの本に書いてあったな。貴族の場合魔法でなんとかしてしまうから、あまり研究はされていないが……それと同じような動力の一種だろう。

 うちには魔法を使えるのはヴィグナしかいないのだ。魔法以外の動力を発見できるのはありがたい。あとでボーマンたちにも教えて色々と実験をしてみよう。



「ううん、グレイス……おはよう」

「ああ、おはよう。どうせ今日はみんな休むだろうし、まだ寝ていてもいいんじゃないか?」

「そういうわけにはいかないでしょう……ノエルとか来たらどうすんのよ。今何時かしら?」

「げ、もう十時かよ。あれ……そういえばまだ来ないな……」



 いつもだったらこの時間にはノエルか、ガラテアが朝ご飯ができたとくる時間なんだが……なんか無茶苦茶嫌な予感がするぞ。

 ヴィグナも同様だったのか、二人して急いで服を着替えて食堂へと向かう。



「おはよう、ノエル」

「あ……おはようございます。グレイス様、ヴィグナ様。すぐに朝食の準備を致しますね」



 そう言うと彼女は俺とヴィグナを交互に見て顔をまっかにしてさっさと厨房に戻ってしまった。そして、食堂にいるガラテアと目があると彼女はすごい楽しそうに声をかけてきた。



「さくばんはお楽しみでしたね、マスター、ヴィグナ様」

「ああ、いい宴会だったよな、なぁ、ヴィグナ」

「ええ、そうね……」



 俺達は冷や汗をかきながらも適当に答える。楽しみって宴会の事だよな……そうだといってくれぇぇぇぇ!!



「お二人の未来を祝福致します。ただ、ノエルの教育上悪いので今後は私がマスターをおこしにいきますね」

「ノエルみちゃったのかよぉぉぉぉぉ」

「うう……死にたい……」

「ふふふ、今日は赤飯ですね、マスター」



 ガラテアの言葉に俺とヴィグナはそろって羞恥に顔を覆うのだった。てか赤飯ってなんだよぉぉぉ。



『異界理解度が上がったので情報が解禁されました。赤飯とはおめでたい時に食される異世界の料理です』



 やかましいわ!! どうでもいいタイミングで異世界の情報を教える『世界図書館』につっこみをいれながら俺は頭をかかえるのだった。

 だけど、笑っているガラテアと、恥ずかしそうにこちらを見ているノエルを見て、この平和な日常を守れたのだと思うと俺の胸は不思議と軽くなった。


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領地情報


領民:24名


異界理解度 レベル4

(触れたものがどのようなものか、またどのように扱うか、及び、原材料に触れた際に中レベルならばどのように使用できるかを理解できる)



技術:異世界の鋳鉄技術

  :銃の存在認知→銃の基礎的な構造理解→簡易的な物ならば作成可能

  :ロボットの存在認知

  :肥料に関しての知識

  :アルミニウムに関しての知識→アルミニウムの作成及び加工の可能

  :合金の作り方

  :ミスリル合金→超ミスリル合金の作成可能

  :ゴムの作り方、加工方法

  :蒸気ポンプの存在認知

  :蒸気の存在を理解

   :赤飯の存在を理解

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