34.勝利の後で

「ようやく帰れましたねマスター。皆さんの騒ぎ声が聞こえ、興奮と歓喜を……そして、心の奥にある悲しみはどんどん小さくなっているのを察知致しました。」

「そうか、とりあえずはみんな楽しんでくれているみたいだな。ガラテアもお疲れ様。みんなと騒いでいくか?」



 アズール商会での後始末を終えて、ようやく帰宅した俺がガラテアに村の様子を聞くとみんな悲しみを乗り越えて楽しんでくれているようで何よりだ。

 彼女も働き続きで疲れているかと思ったが、首を横に振る。



「いえ、私はノエルのサポートに入ります。おそらく休めていないと思いますので……グレイス様は彼女をねぎらってあげていただけませんか?」

「それはもちろんだが、ガラテアも休んでいいんだぞ。戦闘に俺の護衛と動きっぱなしだろう」

「ふふ、ありがとうございます。それではお言葉に甘えて明日はゆっくりと休ませていただきますね」



 そう言うと彼女は綺麗にお辞儀をして、急いで厨房の方へと向かっていった。彼女がいなければ今回の戦いは勝てなかっただろう。俺はその後ろ姿に感謝の気持ちを込めてお辞儀をする。

 そして、俺はみんなが騒いでいる広間にエドワードさんからもらったお土産の高級ワインを持って入る。



「みんなー、楽しんでいるかーー!!」

「ああ、グレイス様だ。おかえりなさい!!」

「グレイス様も騒ぎましょうよ、あ、無礼講ですよね、グレイス様って鼻から鉄の塊出せるって本当ですか?」



 広間に入った俺を温かい声が出迎えてくれる。皆は楽しそうにわいわいと騒ぎながら俺をねぎらってくれる。これが俺が守ったものだ。てか今言った言葉だれだよ、鼻からだせるわけねえだろ。俺は領主なんだぞ? 失礼すぎない? そんな事を思いながらもみんなの輪の中に俺も入るのだった。



 そして、しばらく騒いだ後、戦闘をしたり、アズール商会で交渉をしたりして疲れたこともあって、宴会から抜け出した俺は、客室へとつながる部屋に明かりがついていることに気づく。

 そこには酔いつぶれたニールと、それを一生懸命に看病をしているノエルがいた。ノエルの表情は呆れたような、でも、まんざらでもないようで、俺には見せない表情だ。これが家族に対する彼女の素なのだろう。



「ニールのやつ、完全に酔っ払っているな」

「あ、ご主人様!! すいません、こんなところで看病をしてしまって……すぐに兄をわたしの部屋に運びますので!!」



 俺が声をかけると彼女はしまったとばかりに先ほどの表情からいつもの笑顔に戻る。そして、あわててニールを持ち上げようとするが、流石に無理があるようで俺も手を貸す。



「気にしなくてもいいんだぞ、今日は無礼講だっていっただろ。でも……ここじゃ風邪をひくかもな。てかこいつ結構重いな!! 悪いそっちをもってくれ……かっこつけたが俺だけじゃだめみたいだわ」

「そんな……ああ……ありがとうございます。ご主人様」



 そうやって俺とノエルで左右の肩をかかえて運ぶ。意識がないと人ってこんなに重いんだなぁ……せっかくだし、俺はガラテアのアドバイス通りに彼女をねぎらう事にする。裏方として色々と頑張ってくれたみたいだしな。



「今日は色々食事の準備をしてくれてありがとう、疲れてないか? それにノエルもあっちで騒いでていいんだぞ」

「そんな……それが私の仕事ですから。それに……あっちはみんな酔っ払っていて相手をするのが面倒だったんですよ。気にしないでください」



 そう言って彼女は苦笑する。確かにこの村の最年少である彼女にはまだ酒は早いし、酔っぱらいの相手はまだまだ手を焼くのだろう。サラとかならあっさり受け流せるだろうが、ノエルにはまだ難しいと思う。



「でも……ノエルが無事でよかった。それもニールやみんなががんばってくれたおかげなんだ、だから今日くらいはこうなっちゃっても許してやってくれよっと」



 そう言いながら、俺は空いている客室の扉を開ける。今日はこいつはここに寝かせてやればいいだろう。そうすればノエルも看病しやすいだろうし……



「はい、お兄ちゃんがすごい頑張っていたってヴィグナさんも言ってました。でも……ご主人様もすごいがんばってくださったって言うのを知ってますよ」

「全然すごくないって……戦場では俺なんて何もできなかったよ。ヴィグナやガラテアについていくだけだったわ。領民にも犠牲者を出しちゃったし……本当ダメな領主だよなぁ」

「そんなことありません!!」



 俺がベッドにニールを寝かしながら自虐的な笑みをうかべると、ノエルが珍しく声を荒げて否定した。そして、彼女はいつもとは違う真剣な目で俺を見つめる。



「ご主人様はダメな領主なんかじゃありません!! ご主人様は私の知っている限り、最高の領主様です!! だって、今にも飢え死にするところだった私達を受け入れてくださっただけでなく、温かいご飯を恵んでくださり、色々と仕事を教えてくれた上に今回は私達のために前線で戦ってくださいました。私たちが前に住んでいた村でこんなことがあったら、領主はすぐに逃げ出しましたよ。ご主人様が今回のために武器を作ってくださったり、色々と頑張ってくれたから、これだけの犠牲で済んだんです!! だから……冗談でもそんな事を言わないでください」

「ノエル……」



 真剣な目をして、そんなことをいってくる彼女に何て言えばいいかわからなくなる。彼女がこんな風に言うのを俺は初めて見た。いつもニコニコとしている優しい印象だったから……

 彼女は俺の事を本当に慕ってくれているのだろう。俺だって尊敬しているボーマンが自分の技術を卑下していたら、嫌な気持ちになるもんな。そして、それだけ彼女が領主としての俺を評価してくれているという事なのだ。



「悪かった。俺はグレイス=ヴァーミリオン。最高の領主だ」

「はい、そうです。ああ、でも、ご主人様が……グレイス様が前線に行った時だけは本当に心配したんですよ……無事で本当に良かったです。グレイス様に何かあったらと思うと私……」

「まあ、俺は弱いからな……その代わりヴィグナやガラテアが守ってくれるんだ。彼女たちがいる限り俺は絶対安全だよ」

「ですね……でも、心配なものは心配なんですよ。本当によかったです……」



 そう言うと彼女は涙を浮かべながら抱き着いてきた。彼女はずっと負傷者の治療などをしていたらしい。だからだろう、傷ついている仲間を見て、俺についても最悪な想像をしてしまったのかもしれない。



「心配してくれてありがとう、ノエル」



 俺は小さい彼女の頭を撫でながらお礼を言う。ずっと一緒に育ったヴィグナや、ボーマン、そして、俺をソウズィの後継者として認めてくれたガラテアでもない。

 難民としてここに来たノエルの言葉だからこそ……以前の俺を知らない彼女だからこそ、領主としての俺を公正に認めてくれているのだ。そう考えると彼女の尊敬の気持ちが俺の心にしみわたる。



 彼女は本気で最高の領主って言ってくれているんだ。だったらもっとがんばらないとな。



「失礼しました!! ご主人様に私……」

「心配するなって、今日は無礼講だからな。それに、ノエルはまだ子供なんだ、甘えたくなる時だってあるだろ」

「もう、私は子供じゃないですよ!!でも……覚えておいてくださいね、私はガラテア様や、ヴィグナ様の様に戦場ではお守りできません、その代わりご主人様が帰ってくる場所は守りますからね!!」

「ああ、ありがとう。ノエルにはいつも助けられているよ」



 そうして、彼女の頭を撫でて俺は部屋を出て行く。俺もさすがに疲労が限界だしな。ボーマンたちに挨拶もしたかったが、あいつらはもう工房にいっているらしい。実験に付き合う余力はないので、明日挨拶をしよう。

 ヴィグナは……サラとどっかいったらしいんだよなぁ。女子会だろうか。だったら放っておいた方が良いだろう。



「せっかくだし、寝る前に手に入れたソウズィの遺物でも見てみるかな」



 異界理解度があがればまた新しい知識が手に入るだろう。そうすれば……今度こそ犠牲者や負傷者を出さないで済むようになるかもしれない。もっと領民たちの生活を楽にできるかもしれない。

 そんな事を思いながら、自室の扉を開けて、俺は固まった。



「侵入者か……?」



 そう、ベッドがやたらとこんもりと盛り上がっているのだ。なにこれ、絶対誰か潜んでるじゃん。でも、侵入者だったらガラテアやヴィグナが気づかないはずがないんだよな。

 俺は念のためにふところの銃に手をかけながらベッドをまくり上げる。そこには信じられないものがいた。



「グレイスお疲れ様、その……可愛がってほしいぴょん」

「……」



 脳がその存在を認識することを拒否した。深呼吸をするが、やはり現実なようだ。



 俺のベッドの中には羞恥のためか顔を真っ赤にしているヴィグナがいた。しかもなぜかバニーガール姿の……

 疲れていたからだろう、つい思っていたことが口に出てしまう。



「何その恰好? どうした? 薬でもやってんのか? ごはぁ」

「やっぱり引かれたじゃないの、サラのばかぁぁ」



 俺の顔面に枕が直撃するのと、ヴィグナがさけぶのは同時だった。

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