32.アズール商会の末路

「グレイス様、お待ちください!! 今は商会長は多忙でして……」

「何を言っているんだ? それは王族であるこの俺よりも優先するような事なのか? ずいぶん偉いんだなぁ」

「それは……その……」



 俺の言葉にアズール商会の衛兵は動きを止め、泣きそうな顔をして俺を通した。彼には悪いが今は余裕がないのだ。てか、こんなクソみたいな態度が許されるってやっぱり王族ってすげえよな。そんな風に思っていると、先ほどアズール商会の前で合流したエドワードさんと目が合い苦笑された。



「エドワードさん、そっちはお願いします。いくぞ、ガラテア」

「はい、お任せください、グレイス様。既に話は通してありますので、スムーズにいくかと」

「相手がどんな顔をするか楽しみですね、マスター」

「そうだな、たっぷり後悔をしてもらわないとな」



 意地の悪い事を嬉しそうに言うガラテアに笑みを返しながら、俺はエドワードさんと別れ、大きい荷物を持ったガラテアと一緒に案内が来るのも待たずに商会長室へ進む。そして、ノックもせずに乱暴に扉を開ける。

 そこには勝利の美酒だったつもりか、テーブルに高そうなワインを置いて、飲んでいるレイモンドがいた。彼は俺を見て呆気にとられた顔をしていたが、状況に気づいたのだろう。まるで幽霊でも見たかのように顔が真っ青になる。



「え、そんな……グ、グレイス様……なぜここに……それにその恰好は……」

「ああ、また挨拶に来たんだよ、汚い恰好で済まないな。誰かが雇った野盗に襲われてな」

「マスター、目の前の男から、かつてない恐怖と焦燥を感知致しました。今がチャンスです」



 俺はレイモンドの反応と、ガラテアの言葉ににやりと笑みを浮かべる。戦いが終わって着替えもせずに、馬車で急いで来た甲斐があったものだ。

 おそらくまだ敗北の報告すら受けていなかったのだろう。これでレイモンドに逃げられないで済む。明日になったら夜逃げをしている恐れもあったからな。



「そ、それで……グレイス様、今日は一体どういうご用事で……」

「わかっているんだろう、お前とカイルが俺の村を襲わせたんだろう? その件についてだよ」

「一体何の話を……」



 俺の問いに、顔を真っ青にしながらもしらを切るレイモンドの面の皮の厚さに少し呆れながら、お土産を渡すことにする。



「ガラテア!!」

「了解です、マスター」

「ひぃっ!!」



 俺の命令で彼女は麻袋からさるぐつわをはめられ、気を失っているシルバを取り出して、投げつけるようにテーブルに置いた。そして、それを見て悲鳴を上げたレイモンドの顔色がさらに青くなったのは気のせいではないだろう。



「こいつに見覚えがあるだろう、お前が俺の領地に送った裏切り者だよ、こいつの口からもお前の命令でうちに戻ったと聞いているし、こいつとお前らが接触をしたっていう証拠もつかんでいるんだ。観念するんだな」

「な……いや、グレイス様、それは違います。こいつが勝手にあなた様の領地に潜入するから金をくれと言ってきたのです。私は止めたのですが……」

「なるほどな……」



 レイモンドは冷や汗を垂らしながらも、そんな言い訳を並べる。さすがは商人という所か、よく口が回るものだ。その様子を冷たい目で見つめながら、俺はガラテアに追加のお土産を出すように目で合図をする。



「つまり、お前はこいつに直接命令をしていないと……?」

「はい、その通りでございます。そもそも私はあなたに敵対するつもりは……それは……まさか……」

「ああ、お前が親しくしていたカイルだよ。悪いな、ずいぶん小さくなってしまったよ」



 未だ、シラを切っていたレイモンドだがガラテアが取り出した氷づけにされた腕を見て再度表情が固まる。そう、これはヴィグナが切り落としたカイルの腕である。特徴的な指輪がそれを主張している。本当だったら本人を連れてくるのが一番だったんだけどな……



「ひぃ……カイル様はあなたの実の兄なのでしょう? それを……」

「弟の領土を襲うような兄は兄じゃねえよ、それより、お前がカイルと手を組んでいたことは調べがついているんだ。言ったよな、次に手を出したら容赦はしないって……動くなよ、俺は本気だぞ。それとも……お前もこうなりたいのか?」



 そう言って俺は懐から銃を出して、目の前のレイモンドに銃口を向ける。シルバからの報告でこれがどういうものか、知っているのだろう。彼の顔が恐怖にゆがむ。



「ち、ちがうんです、あれはカイル様に脅されて、仕方なく我々も力を貸しただけであって……命だけは……」

「カイルも切り捨てるのかよ……、まあ、いいさ。命だけは助けてやるよ。その代わり、この商会を俺の傘下に置かせてもらう。そして、お前の財産は没収だ。今回の賠償金代わりだな。あとは……どうしようかなぁ……」

「なっ、そんな横暴が許されるはずが……」

「グレイス様、その条件で受けさせていただきます。そして、レイモンドは今回の件で投獄されるでしょう。証拠もこちらに用意してあります」



 そう言って話に割り込んできたのは、エドワードと一緒に開かれた扉から入ってきたもう一人の青年である。おそらく彼がエドワードが事前に話していたという相手だろう。



「お初にお目にかかります。アズール商会の副商会長のカイゼルと申します。この度はうちのレイモンドが、ご迷惑をお掛けいたしました。今回の件は全てレイモンドと一部の商人による独断でございます。彼がカイル様とあなた様の領地を侵略しようとした証拠も全てそろえてあります。私達アズール商会は今後はグレイス様に忠誠を誓わせていただきます。その証明としてレイモンドの罷免及び、賠償金を払う事を約束させていただきます」

「カイゼル……貴様!!」

「動くなと言ったろ?」

「ひぃ……」


 

 乾いた音と共に銃弾がカイゼルに飛びかかろうとしたレイモンドの頬をかすめる。そして、彼は悲鳴を上げそのまましりもちをついて押し黙る。どうやらショックで腰を抜かして気絶をしてしまったようだ。いや、それだけではない。股間の部分が湿っている……驚きのあまり漏らしてしまったのだろう。



「やっべ……やりすぎちゃったかな……」



 予想以上の効果に俺がちょっと引いていると、カイゼルはおろかエドワードさんまでも引き攣った笑みを浮かべている。想定外だぁぁぁぁ。ここまで脅すつもりはなかったんだが……

 だが、これははチャンスだな。俺は思考を切り替え作戦をガンガン行こうぜに変更する。



「俺は自分に歯向かうものに容赦はしない。カイルもいないんだ、俺を敵に回したらどうなるかわかるよな、カイゼルとやら」

「もちろんでございます!! 私共は元々カイル王子と手を組むのも、今回の襲撃も反対をしていたのです。今回のアスガルド領への侵略に関わったものは全員処罰を与えますし、グレイス様に忠誠を誓います!! ですので、なにとぞご慈悲を……」


 

 なるべく、意地の悪い笑みを浮かべて彼を見つめると、涙目になりながらカイゼルが答える。実際は嘘半分、真実半分といったところだろう。

 彼はレイモンド派とは仲が悪かったようだし、俺の領土を攻めるのも賛成はしていなかったのだろう。だが、本当に反対していたかまではわからない。まあ、今後は利用させてもらう事でチャラにするかどうか決めるとしよう。



「グレイス様は味方にはお優しい方ですよ、ご安心ください」

「ああ……もちろん、逆らいなんかしないさ……」



 エドワードさんの言葉にカイゼルが無様な姿をさらしているレイモンドを見つめながら冷や汗を垂らしながら答える。

 どうやら、さんざん人を切り捨てていたレイモンドだが、ついに今度は切り捨てられる側にまわったようだ。実はエドワードさんに頼んで、反レイモンド派の人間と接触をしてもらっていたのだ。元々レイモンドの弱みを探していた彼らは俺達が勝った事を利用しレイモンドを追放することにしたようだ。

  

 もちろん、彼らは忠誠を誓うなどと言っているが、信じるつもりはない。だが、アズール商会のような大きな商会がいきなりつぶれれば色々と支障がおきるだろうし、贔屓にしている貴族達からの反発もあるだろうから、うかつに潰すことは得策とはいえないのだ。まあ、賠償金もくれるようだし、責任者も追放できた。それに今後はこちらの有利なように取引ができそうだ。ここら辺が潮時だろう。

 それに……カイルの加護もなくなり、俺達から技術も得ることができないアズール商会の未来はどのみち暗いだろう。 



「わかった、細かい話はまた後日するとしようか。お前らの誠意に期待しているよ。エドワードさん、あとの交渉はお願いできますか? 俺は一旦領地に戻ります」

「はい、あとはお任せください。賠償金や処罰など色々と進めておきましょう。後日資料をまとめて伺います」

「グレイス様、少々お待ちを」



 踵を返して出口に向かおうとすると俺はカイゼルに引き留められた。散々脅したこともあり話しかけられるとは思わなかった、何か交渉する気なのだろうか? 



「グレイス様はソウズィの遺物をお探しと聞いております。お詫びにはならないと思いますが、私のコレクションに有りましたので、これをお納めくださいませ」



 そう言うとカイゼルは頑丈そうな箱を俺に差し出した。ソウズィの遺物は高価で、貴重なものだ。エドワードさんに頼んでも中々手に入らなかったくらいである。

 それを何の条件もなくこんなにあっさりと渡してくるとは……こいつは、商会のためにと私財を投げうったのだ……俺は彼の評価を少し変える。思ったよりもマシな人間なのかもしれない。



「ああ、ありがとう、遠慮なくいただく。いくぞ、ガラテア」

「はい、マスター」



 そうして、俺は彼から箱を受け取りガラテアと領地へと戻るのだった。

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