5.ヴィグナ

 彼の部屋から出た私は、顔を洗って平静を保とうとする。

 

しかし、私が彼からもらったネックレスを手に触れながら、鏡をみると顔を真っ赤にして、にやけた笑みをうかべている自分の顔がうつった。



「ああ、もう、明日からどんな顔をして会えばいいのよ!!」



 あいつの目の前で着飾って、一緒に踊って、綺麗だなんていってもらえた。こんな幸せな事はない。そういえば初めて会った時もあいつは私を綺麗って言ってくれたのよね。

 激しく鼓動をする自分の胸を押さえながら、とっくに気づいている自分の気持ちと共に私は過去を思い出す。




 私は孤児だった。両親の顔も名前も知らない。ある日孤児院の前に捨てられていたのだという。でも、今なら原因はわかる。それはこの髪の毛の色だろう。忌子特有の色鮮やかな水色の髪だ。

 これを見た両親は私が恐ろしくなって捨てたのだろう。人は自分とは異なるものに恐怖をする、実にわかりやすい。そして……それは孤児院でも一緒だった。孤児院のシスター達は私に必要以上に構わなかったし、同じ孤児院の子供たちも私に関わろうとする人間なんていなかった。

 だから、私はずっと一人のまま、死んでいくのだろうなと思っていたのだ。彼らに出会うまでは……



 私が初めて、グレイスとボーマンに出会ったのは、食品から武器までなんでもそろっているというお店でだった。毎月少しだけもらえるお小遣いをためて、クッキーを買う事だけが私の楽しみだった。

 いつもの様に不愛想な店主のお婆さんにお気に入りのクッキーをお願いをしていると、いきなり追い出され、私が買おうとしていた残り少ないクッキーを他の客に売ろうとしたのだ。

 今思えば忌子である私が貴族の目について問題を起こさないようにするためだったのだろう。だけど、そんな事もわからない私は店主のおばあさんに……そして、当時ボーマンと一緒にいたグレイスに嚙みついたのだ。



「あんたら何なのよ!! 私の方が先に買い物をしていたんだから、私に譲りなさいよね!!」

「何だ、お前は……というかその髪……」



 私が文句を言った相手はいきなり怒鳴られて不快そうな顔をして……その後に、私の髪の毛を珍しそうに眺めた。よくある事だ。そして、そのまま気持ち悪いものを見るような目で……



「すごい綺麗だな!! こんなきれいな髪は初めて見るぞ。羨ましいな。ああ、このクッキーが食べたいんだろ? よかったら一緒に食べようぜ。なあ、ボーマンいいだろ?」

「すまんのう、お嬢ちゃん、こいつは同世代の友人がいないんじゃよ、よかったら相手をしてくれないかのう。もちろん、クッキーはご馳走するぞ」

「え……ええ……まあ、ただでもらえるならいいけど……」



 そして、予想外の展開にキョトンとしている私はボーマンが、お婆さんから色々と話をしている間にグレイスとクッキーを食べながらお喋りをすることになったのだった。

 彼は貴族だけれど、言葉こそ偉そうだったけど、私を一人の人間として見て接してくれて楽しかった。平民の生活に興味を持ったのか彼がまた話したいと言ったので、私はクッキーをタダでもらえるならと了承した。

 そして、私は彼らと定期的に会うことになった。どうやら、ボーマンがおばあさんと話している間の話し相手にちょうどよかったらしい。

 

 そして、私としても、色々と物知りな彼の話を聞くのは楽しかった。そして、彼から私は忌子と呼ばれているが、実際は魔力が高いせいで髪の毛の色が特殊な色になっているという事も聞いたのだった。彼が私を恐れなかったのはそう言う事をしっていたからだろう。



「そんなに魔力が高いならどこかで、魔法を習えないかしらね。そうすれば私はすごい魔法が使えるようになるんでしょう?」



 それは軽い冗談のつもりだった。魔法は専門的な知識が必要なため、貴族や商人などお金持ちが学べる技術だ。だから、魔力を持っていても宝の持ち腐れになるのだとあきらめていた。だけど、彼は満面の笑みで答えるのだった。



「ああ、いいんじゃないか。その代わり、ヴィグナは便宜上俺の使用人になるけど大丈夫か?」

「は……え……は?」



 その時の私はすごい間の抜けた顔をしていたと思う。そして、私が混乱をしている間に孤児院に話をつけて、いつの間にか私を自分つきの使用人にしてしまったのだった。

 彼に連れられてから気づいたのだが、彼はこの国の第三王子らしい。部外者を城に入れる事を反対したものもいるようだが、彼の言葉とボーマンの「何かあったら儂が面倒を見る」と言う言葉によって許可が下りたそうだ。




 それから私は、城の魔法使いに魔法を習いながらグレイスの世話やダンス、ついでに剣の稽古の相手などもした。グレイスは体が弱いらしく、私に負けるたびに悔しそうな顔をした。そして、私は座学が苦手で彼に負けるたびに悔しい思いをしたのだった。

 そして、私は剣術と魔法の才能を認められ、騎士になるために訓練に参加をさせてもらい始めた。今思えば私が楽しそうに剣を振るったり、魔法を使ったりするのを見て、グレイスが推薦してくれたんだなと思う。



 そんな騒がしくも、楽しい日常がいつまでも続くと思っていた。だけど、その日常は予想外な事で崩れ去った。

 それは私が本格的に騎士になるための特訓を受け始めた時の事だった。彼と会う頻度は減ったけれど、彼の力になれるならと思うと不思議と頑張れた。



「悪い……ヴィグナ……俺はダメみたいだ。俺の『世界図書館』は戦闘には使えないみたいだ……とんだ外れスキルだって父や兄達に馬鹿にされたよ」



 根拠のない自信を振り回しいつも偉そうだけど、優しい彼はいつもとちがい弱々しくそう言った。私に力の無い笑みを浮かべてそう言ったのだ。



「そんなことないわよ、あんたならそのスキルでも活用できるわ。私は信じているもの……」




 彼を抱きしめながら咄嗟に出た慰めの言葉はそんなありきたりな言葉だった。

 彼が手に入れた力は戦闘には不向きな力だったのだ。だけど話を聞くと後方支援や情報収集にはすごい有用そうな力だった。だけど、この国ではその力は認められるものではなかった。王はもっとも強い人間がなるものだ。それがこの国の伝統だったのだ。


 それから彼の扱いは一変した。結局彼の誕生日パーティーが開かれることなく、一緒に練習をしたダンスは無駄になった。彼の元へおとずれるものもほとんどいなくなり、彼が話すのは私やボーマンぐらいになった。

 

 そして……騎士として、頭角を現し始めた私をグレイスから、自分の派閥に引き抜こうとする人間が現れる始末だった。おそらくボーマンもそうだったのだろうなと思う。

 そんな状況の彼を心配して、私は騎士の仕事を休んで、彼と私を引き合わせてくれたクッキーを持って彼に会いに行ったことがある。

 彼は本に埋もれていて、声をかけると元気そうに言った。



「あら、元気そうじゃない。ずいぶんと勉強熱心なのね」

「ああ、俺の武器は知識だからな、有用な知識を得て、この国の役に立てれば、父や兄も無視はできないだろうよ。うはははは、グレイス=ヴァーミリオンがこの国を変えてみせるぞ」

「あんたは本当にすごいわね……」



 それは私の本音だった。私は本当は知っている。彼がどれだけ、苦しんでいたかを……外れスキルだということでこれまでの生活が一変したのに、努力を続けるという事がどれだけすごいのかという事を……

 私が彼を尊敬の目線で見つめていると、少し照れくさそうに言ったのだ。



「そりゃあ、お前ができるって信じてくれているんだ、やらないであきらめるわけにはいかないだろ」

「本当に馬鹿ね……ごめんなさい、ちょっと用事を思い出したわ」



 彼の言葉に私は胸が熱くなるのを感じだ。私の慰めともいえない言葉を彼は真剣に受け取ってくれたのだ。それが嬉しくて私は胸が高鳴るのを感じた。ああ、そうだ、彼はいつでも私の言葉をちゃんと聞いてくれて……そして、私の前でカッコつける奴なのである。

 そして……私はそんな彼が大好きなのだ。きっかけは覚えていない。ずっといっしょにいて……私が困ったらこっそりといつも助けてくれて……私を人間扱いをしてくれて……そんな彼を好きにならないはずがないのだ。


 もちろん、私と彼では身分が違いすぎる。結ばれることはないだろう。だからこの好意を彼に悟られるわけにはいかない。だから私はわざときつく当たる。

 だけど……せめて、彼の役には立ちたいと思う。私はそれ以後血反吐を吐くほど努力をして魔法や剣術を学んだ。グレイスに武力がない? だったら簡単な話だ。私が彼の武力になればいい。そうすれば彼の城での権力も上がるだろう。

 そして、私はいつの間にか近衛兵に選ばれて、そのなかでも最強と呼ばれる様になった。他からの引き抜きもより強くなったが全て無視をした。私はグレイスの剣なのだから……

 

 そして……彼が辺境に追放されると聞いた時に私は一瞬の迷いもなく彼についていく事を選んだのだった。





 あの時のダンスの練習がこんなところで役に立つなんてね……昔を思い出しながら私は一人で笑う。もちろん、今回の意図はわかっている。

 今回のパーティーはグレイス=ヴァーミリオンと言う男のお披露目会だ。私はソウズィの遺物の後継者である彼を目立たせるためのアクセサリーのようなものにすぎない。だけど、それでいい。エドワードさんには利用するようで申し訳ないと謝られたが、正直気にしてはいない。



「だって、彼と踊れたんですもの……」



 まるで昔夢見た王子様とお姫様のようだった。グレイスのやつかっこよかったなぁ……やっぱりあのバカは、きちんとした服装を着ているとすごくしっくりくるのだ。

 私は着替えながら、大切に置いてあるミスリルの剣を眺める。これは私とグレイスの絆だ。近衛騎士の最強に選ばれた時に授かったミスリルの剣である。私が彼のために努力して認められた証明なのだ。これを見ると思い出とか、やる気が湧いてくるのだ。

 そりゃあ、ガラテアよりは弱いかもしれないけれど、私はずっと彼を守り続けていたのだ。そしてパーティーにもつれてきてもらった。これって信頼されているって事でいいのよね。



 そんな事を思いながら、着替え終わった私はエドワードさんに今日の護衛をどうすべきか聞きに行く。彼を信用しないわけではないが、やはり他人に護衛を任せる気にはなれない。せめて部屋を隣にしてもらおう。そう思ってノックをする前に誰かとの話し声が聞こえる。



「くれぐれも言いますがヴィグナ殿にはばれないように……」

「ええ、グレイス様だけを連れて行きましょう」

「ふふ、グレイス様がどんな顔をするか楽しみですぞ」



 私は胸の中の何かが一瞬で冷えるのを感じた。彼らは何を企んでいるのだ? そして、気配を消して私はグレイスの部屋を見張る事にするのだった。

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