幕間 カイル=ヴァーミリオン

「はっはっは、グレイスのやつやっぱりまだ生きてたか!!」



 カイルはアズール商会の使者がもってきた手紙を見ながら思わず高笑いを上げる。近衛騎士最強のヴィグナがいるのだ。彼としてはそれくらいは予想の範囲内だった。

 だからこそ、自分のネットワークを使ってグレイスが街に入ったら連絡がくるように指示をしておいたのだ。あいつが生きていた事は素直に嬉しい。だって……僕の手でつぶすことが出来るのだからね。カイルは唇をゆがめて笑った。



「はい、魔物の素材を売りに来たそうです。もちろん我がアズール商会はカイル様にのみ忠誠を誓っているので、適当にあしらいましたが……」

「ふん、アスガルドではろくに作物も育たないと聞くからね、冒険者のまねごとをするしかないんだろ。王族だと言うのに無様だよねぇ。それにしてもヴィグナがついていったのは予想外だったかな……」

「ヴィグナ……近衛騎士最強の女性でしたっけ」

「ああ、忌子特有の魔力は僕すらも凌駕するだろうさ。まあ、正々堂々戦えば僕は負けはしないと思うけどね。以前のあれは不意を打たれたからだし。今の僕には王国最速魔法と言われたファイアーアローがある。あいつが剣を構える前に焼き尽くしてみせるさ」



 アズール商会の使者はカイルの言葉に心の中で苦笑をする。近衛騎士のヴィグナに関しては、カイルが会うたびに話題にするので覚えてしまった。

 そして、彼がヴィグナと戦った時の事も覚えている。たまたま目撃していたのだが。グレイスの事をカイルが侮辱した時に近くにいたヴィグナがぶちぎれて、彼をボコしたのである。

 カイルは不意打ちだから無効と言っているが、はっきり言って話にならないほどの力量だった。そして、それ以来、カイルはヴィグナに執着をしているのだ。プライドの高いカイルの事だ、なんとしてでも彼女を見返してやりたいのだろう。



「それと……グレイス様が何やら不思議なものを市場に持ち込んだと報告があがっていますがご存じでしょうか?」

「ああ、魔力回復する馬鈴薯に、ミスリル合金だっけ? その馬鈴薯っていうやつは本当に魔力が回復をするのか? だって、馬鈴薯だろ? 僕も結構好きだけど、そんな効果があるようには思えないんだけど……」

「ええ……おそらく回復するにしても微量だろうと思われます。何らかの付加価値をつけるのはよくあることですからね」



 手紙を見ながら尋ねるカイルの質問にアズール商会の使者が答える。実のところ彼は嘘をついていない。魔力の回復する馬鈴薯に関しては、ルートが決まっており、彼の……アズール商会の関係者が手に入れたものは、馬鈴薯の中でも特別質が悪いものだったのだ。そして、それを食べた結果、彼らの中では商品価値が無しという判断になったのである。

 グレイスとエドワードの策略なのだが、そもそも作物を食べて魔力が回復すること自体が半信半疑だったため、みんながそれを信じたのだ。



「馬鈴薯はともかく、ミスリル合金とやらは興味があるね。武器や防具の材料にすれば強力なものができそうだ。だから……有用そうならば奪うとしようか。もちろん、父や兄には情報が回らないようにするんだよ。それともう一つ頼んだことは大丈夫かな?」

「はい、グレイス様の領土が過度に発展しそうならば妨害を致します」

「ああ、頼むよ、文句をいうやつがいれば、魔力回復ポーションを卸さないって言ってやればいいさ。あれはあの街の主産物だからね。君たちアズール商会しか作り方を知らないし、独占販売をしているんだ。それを盾にすれば誰も逆らえないさ」

「はい、カイル様がハリソン商会から権利を奪い、私達にくださったおかげで、我がアズール商会は盤石でございます」

「言い方が悪いなぁ、あれは小さい商会では扱えないだろうからね、君らの様な大きい商会を製造者に紹介して上げただけじゃないか。我が国が発展するための正当な手段だよ。ちょっと乱暴な手段は使ったけどね」

「そうでしたね、カイル様の素晴らしい判断に感謝をしております」



 使者がカイルに頭を下げると彼は満足そうに高笑いをあげる。



「はっはっはー、父上も兄上もわかっていないんだよ。これからの世界は力だけじゃだめだからね。力と頭、金で国を支配するんだ。力だけの兄じゃだめだ。頭だけのグレイスでもダメだ。力と頭の両方を兼ね備えている僕こそが王にふさわしいんだよ!! そう、この国の次期王になるのはこの僕だ!!」



 カイルは狂気じみたほどの自信に満ちた笑い声をあげながら、部屋から見える王都の景色を前に、まるで自分のものであるかのように腕を広げた。

  


「僕が王位継承を兄上と争うときはわかっているだろうね」

「もちろんでございます。カイル様を全面的に援助させていただきます。その代わりその際は……」

「わかっているとも、アズール商会を国の専属の商会にしよう。だからグレイスの件はくれぐれも頼むよ。王族たる僕の命令に逆らえる奴なんてあの街にはいないだろ?」

「はい、もちろんでございます」

「ああ、でも、場合によっては僕自らグレイスの妨害に行ってもいいな。そのついでに、ミスリル合金とやらを奪ってやったらどんな顔をするだろうね。何か言ってきても、どうせあいつの村はヴィグナくらいしかろくな戦力もないだろうしね、僕の私兵団を使えば一瞬だよ」


 

 使者にそう言うとカイルは満足そうに再び笑う。使者は彼の気がすむまで自慢話に付き合わされるのだった。

 彼らは知らないのだった、馬鈴薯で本当に魔力が回復することを……そして、ガラテアという戦力、世界図書館やソウズィの遺物によって彼の想像以上に村が発展をしていることを……


 そして、その事がカイルの計画に致命的なまでの歪みを生むことを……

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