幕間 エドワード

商談を終えた私はとっておきのワインを取り出して飲んでいた。仕事も終わるしもういいだろう。今日は特別だ。



「御機嫌ですね、エドワード様」

「ああ、これを見たまえ、これは世界を変えるぞ」

「はぁ……」



 私は先ほどグレイス様が持ってきたミスリル合金の針金と馬鈴薯を指さす。しかし、話を振った部下のクリスは曖昧な笑みを浮かべるだけだ。

 まあ、無理もないだろう、外見だけでは金属の針金と、ただの馬鈴薯なのだから……鑑定眼を持つ私だからこそこの価値が理解できたのだ。



「先ほどのお客様はそんなにすごい方だったのですか? その……第三王子であるグレイス様は何もできない無能だからあの辺境に追放されたと聞いたのですが……」

「所詮噂は噂でしたね。まだまだ、青い所はありますが、駆け引きもできる。ボーマン殿が面倒をみてくれという言うだけのことはあって優秀な方ですね。おそらく私が選択肢を間違えていれば彼は早々に話を切り上げていたでしょう。そうでなければ、最初から魔物の素材だけではなく、彼が発明したという商品の話もしたはずです。ちゃんと駆け引きができるというのは一緒に商売をするにあたってとても大事な事ですからね」



 私は釈然としない表情をしているクリスに苦笑しながら答える。元々あの気難しいボーマン殿が紹介状を書くという時点で、期待値は高かった。

 そして、実際会って、私もその理由はわかった。彼は王族であるにも関わらず、私のような商人にも敬語を使い、敬意を払ってくれた。それはおそらく商会長である私が直接話をしたという事に対する誠意のようなものだっただろう。



「クリスも知っているとは思いますが、この国の貴族は……特に王族は武力が全てと考えています。彼らの大好きな戦争だって私たち商人が、必要なものを用意し、運んでいるから出来ているという事をろくに考えちゃいない。だから、私達商人に対しても横柄な態度をとるのが普通です。例えばあなたがグレイス様の部下に対して失礼な言葉を言った時点で、普通の貴族や王族だったらどうなったと思いますか?」

「それは……色々と酷い目に合っていたと思います……」



 私の言葉にクリスの顔色が悪くなる。悪気はないのはわかっているが失言をしたのは事実だ。少しは反省をしてもらわないと。彼女ならばこの経験を活かして成長してくれるだろう。



「だけど、彼は違いました。本当に彼が噂通りの愚か者ならば、護衛であるあの少女によって、私達は殺されていたか、失言を盾に理不尽な取引を要求してきた可能性だってあります。私達商人ではあの子の武力には勝てませんし、王族の権威は強力ですからね。多少強引な事をしても許されてしまう。しかし、彼はそうしなかった。私とあくまで対話で済まそうとしましたし、私が非礼を詫びたらそれで話は終わりとばかりに、商談に移った。そして何よりも……私を信頼したいと言ってくれた」



 私は彼の真摯な瞳を思い出す。私のどの行動が彼に琴線に触れたかはわからないが、彼に信頼するに値をすると思ってもらえたのだろう。

 そして、私もグレイスという青年の事が気に入ったのだ。第三王子は馬鹿王子と聞いていたが実際はどうだろう。あのボーマン殿にも好かれ、護衛のあの少女も自分の事を悪く言われた時は表情ひとつ変えなかったのに、主が、侮辱されたと見るや、すさまじい殺気を放ってきた。あれだけの忠誠心を高く持たれるなんてどうすればそうなるのか想像もつかない。



「確かに……第二王子のカイル様の時は酷かったですからね……」

「ええ……あれは悪夢でしたね。こちらの事情も考えずに自分の意見を押し通しましたからね……」



 私とクリスはカイル王子が来た時の事を思い出した。あの人は私の商会が自分と懇意にしているアズール商会とぶつかった時にしゃしゃり出てきて、理不尽な要求をしてきてこちらが引かざるを得ない状況にしたのだ。

 あちらに非があるにも関わらず話も聞いてもらえなかったのを思い出して私は思わず歯ぎしりをしてしまう。理不尽だとわかっていても王族には逆らえないのが現実だ。



「それで……これらはなんなんですか? 特にこの馬鈴薯は普通のものとなにが違うんでしょうか?」

「ああ、これを食べると魔力が回復するんですよ」

「え、それって高級ポーションと同じ効果があるってことですか?」

「はい、あの憎きアズール商会が独占している高級ポーションと同じように魔力が回復をします。しかも、味も相当いいみたいです。よかったら後で調理をしていただけませんか?」

「それは……これなら高級ポーションに勝てますね。あれは味が終わってますからね」

「はい、これが流通すれば魔力の回復方法が一変するかもしれませんね、そうすれば高級ポーションを独占し、理不尽な値段で私たちのような他の商会に卸しているアズール商会も大きな顔はしてはいられなくなるでしょう」



 私はクリスの言葉ににやりと笑いながらうなづいた。これは私の商会にとっても大きいチャンスだ。これを機に一気にこの街での商売を広げられるだろうし、憎きアズール商会に打撃を与える事ができるだろう。

 そして、私はそんなチャンスをくれたグレイス様についていくと決めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る