第13話 商談2

すこし、時間を戻そう。


 俺は護衛のヴィグナを背後に立たせて、商会の応接間で改めて自己紹介を終わらせ、エドワードさんと向かい合ってソファーに座っていた。

 若い従業員が俺達の前にお茶を出すときに一つのアクシデントがおきた。おそらく無意識の一言だったのだろう。



「忌子……? なんでこんなところに……」



 俺が無遠慮な一言に眉をひそめた瞬間だった。



「クリス!! 失礼だろうが!! 彼女は私のお客様の護衛だぞ。グレイス様、ヴィグナ殿、うちの従業員が失礼を致しました」

「大変申し訳ありません、悪気があったわけではないんです。その初めて見たものですから……」



 エドワードさんはすさまじい勢いで、クリスと呼ばれた従業員を注意する。その言葉で自分が失言をしたということに、気づいたクリスは涙目で頭を下げてきた。

 彼女も本当に悪気はなかったのだろう、こうも真剣な顔で謝られると逆に怒れなくなるな……だが、それを決めるのは俺ではない。



「慣れているから気にしないで……でも、そうね。少しでも悪いと思うなら、グレイスの話を聞いてくれたら嬉しいわ」

「もちろんそのつもりです。今後部下の教育は徹底しておきます」

「それでは仕切り直しといきましょう。私が買っていただきたいのは火竜の鱗などの魔物の素材です」

「ほう……これは古火竜のものですね、流石グレイスさまです。良い部下をもってらっしゃる。我が街の騎士や冒険者たちが、お手上げだったというに……あなたの護衛は本当に優秀なようですね。これくらいでいかがでしょうか?」

「ふむ……」



 火竜といったのに即座に古火竜と見抜いた。目利きの腕前はなかなかのものだ。つまり、彼に認められた価値は本当に商品としての価値といえる。

 そう言って彼が示した金額は俺の想定していたものよりも高かった。もちろん、先ほどの無礼のお詫びというだけでもない。今後も付き合っていきたいという意思表示だろう。

 

 彼としても、俺達の……というよりもボーマンと俺の持つ戦力に目をつけてくれたのだろう。開拓が成功して俺が成り上がる可能性を見出してくれたのかもしれない。信頼……とまではいえないが彼となら商売を一緒にしてもいいと思えた。だから俺は次の段階の話をする事にした。



「あと……私の領土で作成したものです。こちらをエドワードさんの方で売れないかと……」

「ほう……これは馬鈴薯と金属ですか……あの土地は小麦は育ちにくそうですからね。失礼ですが、鑑定のスキルを使わせて頂いても?」

「もちろん、かまいませんよ、品質には自信がありますから」



 そう言って、俺は革袋からミスリル合金の棒と馬鈴薯を取り出す。どこでもとれるであろう馬鈴薯よりもボーマンがかかわっているであろう金属の針金に興味がいったのだろう。彼は眉をひそめてから「失礼」と言って金属の針金を手に取り、にこやかな顔で眺める。

 しかし、それも一瞬だった。徐々に彼の表情が困惑に染まる。



「は? これは、ミスリルが混じっている? この細さで!? ありえない…いや、ボーマン殿がいれば可能なのか? だがどうやって……グレイス様、これは……」



 彼はまるで初めて火を見るゴブリンのように困惑に満ちた表情でぶつぶつといいはじめ、冷や汗をたらしながらこちらを見つめる。

 想像以上の喰いつきだ。追撃するなら今だろう。



「うちのボーマンの作成したものです。鉄とミスリルを混ぜ合わせたもので、ミスリル同様魔力を纏う性質も持っている金属です。あと、この馬鈴薯も見て頂けますか?」

「まさか、この馬鈴薯にも何か……失礼します……」



 そう言うと彼は食い入るようにして馬鈴薯を手に取り右目を光らせる。金属の棒での反応はかなりよかった。あとは馬鈴薯が彼の鑑定にどううつるかだが……

 彼の表情がどんどん困惑に染まっていき……



「なんじゃこりゃーーーー!!」



 応接間に悲鳴が響いた。その反応を眺めながら俺は歓喜の笑みをうかべる。色んな品物を見ているであろうエドワードですらこの反応なのだ。これは売れる!



「いやいや、おかしいでしょ、なんで馬鈴薯を食べるだけで魔力が回復するんだよ。私の鑑定スキルが狂ったのか? いやでも……」

「あなたの鑑定スキルは狂ってなんていませんよ、その馬鈴薯は特殊な方法で栽培したので魔力を回復させるんです。そして、私はこの二つをあなたの商店にのみ独占して売りたいのです」

 

 

 驚きのあまりか素らしき口調が出ているエドワードに、俺は待っていましたとばかりに商品を売り込む。その一言に彼は一瞬警戒心をあらわにしたがすぐに笑顔を取り繕った。



「うちに対して独占ですか……こちらとしては嬉しいですが、グレイス様の方にメリットが少ないのでは? その……こう言っては何ですが、これだけの商品です。他の商会にも営業すれば値段は競りあがりますし、規模が大きい商会は他にもありますよ……」



 彼が不審がるのもまあ、無理はない。もちろんタダではない。ここから色々と条件を付けさせてもらうからな。だが、自分でそういう事を言う点に彼は信用できると踏んだ。



「もちろん、条件が三つあります。一つは製造方法に関しては聞かないで頂きたいという事、二つ目はソウジィの遺品が市場に出たら私に優先的に回してほしいという事、三つ目は私の領地で住民を募集しているという事を宣伝して頂きたい。それらを約束してくださればこのミスリル合金と、馬鈴薯を定期的にエドワードさんの所にのみ納品することを誓いましょう」

「ソウジィの遺品を探している……まさか、あなたはソウジィ以外誰も使いこなせなかった遺品を使いこなしているんですか? それでこれらの品物を……」

「さあ、どうでしょうか?ご想像にお任せ致します」



 驚愕の声をあげているエドワードさんに俺は不敵な笑みを浮かべる。もちろん、はったりである。普通そう思うよな、勘違いなんだけど……

 ソウジィの遺品である炉を使っているのはボーマンだし、俺は『世界図書館』を使ってヒントをもらっているだけにすぎない。ソウジィの遺品が使えたら今頃無双して世界を征服してるわ。爆発する鉄の塊とかどうやって作るんだよ、まじで見当もつかないんだが……まあ、異世界の知識なんだろうが……



「失礼いたしました。製造方法に関しては聞かない約束でしたね。もう一つだけ聞かせてください、なぜうちを選んでくださったのでしょうか? 自分で言うのもなんですが我が商会は父の代からで歴史も浅いです。ボーマン殿からの紹介があるとはいえど、それだけで……」

「それだけではないですよ、あなたはまず、無能と言われている私が約束もなしに来たのに、わざわざ時間を作ってくれた。そして、俺の護衛のヴィグナを見ても顔色を変えなかったどころか、失言をした部下を叱ってくれた。それで信用できると思ったんです」

「それだけですか……」

「ええ、でも、俺にとってはそれが大事だったんです。俺は領主になって初めて商売をします。だから、商人の方が騙そうと思えばだますことは簡単でしょう。だからこそ、信頼できる相手じゃないと商売はできないと思ったんです。そして、俺の大事な護衛であるヴィグナの事を気を遣ってくださった。あなたなら信用できると思ったんです」



 俺はエドワードさんの質問に本音で答える。本当はアズール商会の時の様に、もっと駆け引きをした方がいいのかもしれない。だけど、信頼しようっていう相手を試すのは何か違うと思ったんだよな。もしもこれで利用されるだけだったら……その時はその時である。ソウジィの炉の事や俺の『世界図書館』の事は話していない。勉強代だと思って割り切ろう。


 それに……俺は、親父や、兄達に馬鹿にされ続けた俺とちゃんと話す時間を作ってくれたのが嬉しかったのだ。そんな風にしてくれたのは昔からの付き合いであるヴィグナやボーマン、最近だとガラテアぐらいだったから……



「はっはっはー、あなたは頭が良いようでお人よしですね。面白い人だ」

「な……」



 俺の言葉にエドワードがいきなり笑い出した。あれ、俺ってそんなに変な事を言ったのか? 困惑しながらヴィグナを見ると、剣に手をかけようとしたので慌ててやめさせる。

 こいつやべえな……マジで戦闘民族じゃねえかよ……いや、俺のために怒ってくれるのは嬉しいけどさ。



「失礼しました。その……信じていただけた理由があまりに予想外だったので……」

「そんなに変でしたか?」

「いえ、グレイス様が王族という事もあり、美味しい話を匂わせて、うちを利用するだけ利用して切り捨てるのかなと警戒していた私がバカだったなと、自分がおかしくなっただけです。お気になさらず。そう言う事でしたら私も信頼をさせて頂きましょう。あなたはご自分の部下を大事にするような方なようですし、そして……護衛の方もあなたのことを大事に思っているようですね」

「「なっ」」



 俺とヴィグナはエドワードさんの言葉に思わず声をあげてしまい、それがおかしかったのか、彼は再び笑い声をあげる。



「可能ならば私もその護衛のヴィグナさんのように大事に扱って頂けるようにがんばらせてもらおうと思います。それでは私の方もグレイス様と友好の証というわけではありませんが、何か入用なものがありましたら格安で用意をさせていただこうと思います。領主になったばかりで色々と入用でしょう」

「いいのですか? 悪いですが俺は遠慮をしませんよ」

「男に二言はありませんよ、それに……まだまだ、私が驚く商品をこれからも持ってきてくださると信じていますから」


 そう言うとエドワードさんはにやりと笑う。商魂たくましいが、この人とならやっていけそうだなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る