第12話 商談

「うむ、大体これくらいでいかがですかな?」

「うーん……少し安すぎはしないか? これは俺の護衛が死に物狂いで倒した古火竜の鱗だぞ。竜の素材は相当レアもののはずだが……」

「おっしゃる通り、古火竜の鱗は確かにレアですが、その分加工も難しいのですよ、その手間賃を考えますとこれくらいになってしまいますな」

「なるほど……そういうのものなのか……ありがとう勉強になった」



 俺の言葉に目の前のでっぷり太った男は当然とばかりに答える。もちろん相場を調べてあるので、半額程度に買いたたかれているのは知っているんだがな。



 まあ、想定通りか……



 街について俺とヴィグナはこの街一番のアズール商会に来ていた。紹介状もなくいきなり来ても対応をしてもらえるのは腐っても王族だからだろう。

 だが、その後の対応は最低である。俺の相手をしているのは、下っ端の商人だし、こちらを無知な馬鹿王子だと侮っているのか、格安で買い叩こうとしやがった。俺が他の店に行けば気づくだろうにこんなことをするというのは俺と仲良くする気はないという意思表示だろう、もしかしたら、父かどちらかの兄達の派閥と懇意にしているのかもしれない。



「俺の立ち位置はこんなものか……やはり、城にいた時と変わらんな……」



 辺境に追放されたみそっかすの力のない世間知らずの馬鹿な王子、それが彼の評価だろう。だから俺もそうであるかのように演じさせてもらった。今はそれでいい……俺に関してはの扱いはそれでもいいのだ。だが一つだけ許せないことがあった。



「悪い、ヴィグナ……不快な思いをさせたな」

「何をいまさら言ってるのよ、私は忌み子だもの。こういうのには慣れているから大丈夫よ、それよりもいいの? それを売って軍資金にするんじゃなかったの?」



 アズール商会から出た俺は真っ先に謝る。だが、彼女は本当に興味のなさそうな顔で自分の水色の髪を撫でている。

 そう、俺が許せなかったのは護衛であるヴィグナへの対応だ。彼女にはお茶も出なかったし、変わった動物を見るような不快な視線で見つめやがった。



 忌み子というのは彼女のような特異な髪の毛の色をした人間のことを言う、俺の『世界図書館』によれば強力な魔力を持つ人間の特徴なのだが、その特異な外見から不当な差別をされることは多い。都市ではあまりなくなったものの、こういう辺境の街ではいまだにあるようだ。



「ああ、問題ないぞ、本命はこっちだからな。ボーマンが城に来る前に世話をしていた商会があってな、そこの紹介状を持っているんだよ」

「じゃあ、最初っからそこに話をすればいいじゃないのよ……」



 あきれた様子のヴィグナに俺はにやりと笑みを浮かべて答える



「そうもいかんさ、それでは、街一番のアズール商会の顔を潰すことになるし、今後一口かませろと横やりが入るかもしれない。俺達は今までにない新しい物を売るんだ。信頼できる相手以外には話したくない。その時に断る理由が必要だろ? おたくより高く買ってくれたんでこのお店と仲良くしますってな。あのブタ爺が吠え面かくのを見るのが楽しみだぜ。はっはっはー近いうちにクビなるかもしれんな」

「あんた……本当に性格が悪いわよね……」

「はっはっはー、最高の誉め言葉だな、それに、俺の大事な仲間に不快な思いをさせたやつをそのままにしておくはずがないだろうが」

「だから私は気にしてないって言うのに……でも、ありがとう」



 珍しく素直にお礼を言うヴィグナに少し驚きながら俺は本命の商会へと向かう。さーて、どんな感じかね。実のところ。ボーマンの紹介状があるからと言って、上手くいくかは読めないんだよな。



「さっきに比べると小さいけど、結構立派な商会ね、ここに決めるの?」

「どうだろうな……候補ではあるがな……俺は一応は第三王子ではあるものの、王位継承権も絶望的な上に領地とは名ばかりのいわくつきの土地を持っているだけだ。先ほどの様に金に困っているだろうと舐められて素材を買い叩かれる可能性だってあるしな」



 彼らだって、商売だ。ボーマンの紹介状はあくまで、商談をするきっかけに過ぎないのはお互い様である。俺に利用価値がなければ適当にあしらわれるだろう。そして、俺とて無能と組む気はない。



「あっちもそうだが、俺も実際この商会がどうなのかは話さないとわからないからな。古火竜を倒すだけの戦力を持つ護衛と、ボーマンの存在、そして、俺が持ってきた商品に価値を見出すかだし、「これから発展するかもしれない隣の領主に今のうちに誠実に付き合っておこう」と考える程度の知恵がある商会と取り引きをしたい。だから……ここで失敗しても大丈夫なはずだ……次の商会へと行けばいい」

 


 俺は紹介状をもってハリソン商会への扉の目の前に立つ。さっきはヴィグナにあんなことを言ったが緊張してきたぁぁぁ。だって、俺は基本引きこもりだぞ!! 城でだって本ばかり読んだり、ボーマンの実験の邪魔をしていただけの男だぞ。本当にできるのか? いや、大丈夫だ……何度もシミュレートはしてきたはずだ。俺ならできる。



「いってぇ……」



 俺が扉の前でヘタレていると背中を思いっきり叩かれた。背後を振り向くとヴィグナが手を振りぬいた状態を隠そうともせずに俺を見つめている。



「おまえ、何を……」

「何をヘタレているのよ、私はあんたがやるときはやる男だって知ってるわ。何かあったら私がフォローしてあげるから安心しなさい」

「ああ、ありがとう……」



 俺はヴィグナの言葉に不思議と心が安らぐのを感じる。こいつの信頼に満ちた目を裏切ることはできないな……そう思うと不思議と震えは止まった。

 でも、こいつのフォローって暴力で全てを解決しそう。失敗はできねぇぇぇ。



「失礼します。グレイス・ヴァーミリオンと申します。このたび隣の領地アスガルドの領主に任命されました。うちの領で狩った魔物の鱗の買い取りをお願いしたいのですが、担当の方はいらっしゃいますでしょうか? これが紹介状になります」



 ハリソン商会の扉を開けると、そこは飾りこそないものの上質な素材を使われているとわかる家具で、統一された決して派手過ぎず、かといって安っぽくもない空間が広がっていた。

 調べた時の前評判ではこの街の中堅上位と聞いていたが、財政状況もそこそこなようだな。



「は、少々お待ちください。よければそこの椅子に掛けていてください。すぐに担当を呼んできます」

「ありがとうございます。約束も無しに来たので、タイミングがいいときで構いませんよ、お言葉に甘えさせていただきますね」



 俺は目が合った従業員に紹介状を渡して、笑みを浮かべながら感謝の言葉を伝えるとそのまま奥へと下がっていた。

 視線を感じたので振り向くと、ヴィグナが「だれだ、こいつ」みたいな目で俺を見ている。王子を舐めんな。一応社交術は習ってんだよ。あんまり使う機会なかったけど……てか、お前も顔はいいんだから、そんな顔してんじゃねーよ。



「グレイス・ヴァーミリオン様、ようこそお越しくださいました。このハリソン商会で商会長をしております、エドワード・ハリソンと申します。よろしくお願いいたします」



 そういって俺の方へとやってきたのは人のよさそうな笑みを浮かべた俺より年上の50歳くらいの金髪の男性だった。

 責任者である彼が来たということは、まずは第一段階は合格か。次は彼が真剣に話を聞いてくれるかである。

 俺とヴィグナは彼に連れられて応接間へと入る。



「なんじゃこりゃーーーー!!」



 そして、30分後エドワードさんの悲鳴とも何とも言えない叫び声が商会中に響くのだった。

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